素性
「あ、あなたは!」
ソフィも驚きに思わず声を上げる。
現れたのは、祝宴のときに庭で出会った少年だった。
濃い翠色の目をみはり、足を止める。
急いでいたのか、栗色の髪が少し乱れている。
「ふたりとも知り合いか?」
テオが目を丸くして、ふたりを交互に見やる。
「テオ兄さま、彼は?」
「テオさま、こちらは?」
ソフィと少年の問いが重なる。
テオが面白いことを見つけた、という風ににやりと笑った。
「これは騎士見習いのジャン。ハルバーヌ家の次男だよ。こっちは俺の妹のソフィ」
「妹っ!?」
「ハルバーヌ家!?」
またしてもふたりは同時に声を上げていた。
「ソフィさま!? まさか。あの日、ソフィさまは大広間にいるって言ったじゃないか」
「えぇ!? あなたが探していたのはわたしだったの!? わたし、てっきりサラのことだと思っていたわ。だって『美しいと名高い』なんて聞いたら、誰だってサラのことだと思うわよ」
そんなふたりの会話を聞きながら、テオがなるほどね、と嬉しそうにうなずく。
「ジャン、ソフィが美しいっていうのは、どうせクルトから聞いたんだろ?」
「はい、そうです」
「残念だが、巷で美しいと評判なのは末の妹のほうなんだ。俺はソフィも愛嬌があって可愛いと思うけどな。ソフィのことを美しい、と主張しているのはクルトくらいのもんだ」
「それじゃあ、この人が兄上の?」
「そう。今ソフィが握っているのがまさに、おまえの兄クルトから送られた手紙だ」
ジャンは口をわずかに開いたまま、まじまじとソフィを見る。
「まさか。テオさま、冗談はやめてください。ソフィさまには妹君がいらっしゃると聞きました。失礼ですけど、この方がソフィさまだとしたら、サラさまのほうが年長に見えますが……」
ジャンが納得しかねるといった風に、テオに告げる。
「童顔だってよく言われるの」
昔から、ソフィとサラは年の上下を間違われることがよくあった。
「それにあのとき、琥珀細工師の修行中だって言ってたはずだ。俺に嘘をついたのか?」
「嘘じゃないわ。わたしの夢は琥珀細工師になることだし、修行中というのも本当よ」
「城主の娘なのに?」
「継ぐのは長兄のアモリー兄さまだもの。わたしはいつか、立派な琥珀細工師になって、ひとり立ちするのが夢なの」
「ちょっと変わった子なんだ。驚かせて悪かったな。そんなことより、ふたりはいったいいつどこで会ったんだ?」
テオに訊かれて、ソフィとジャンのふたりは顔を見合わせた。
「テオ兄さまの騎士叙任の祝宴のときよ。工房に用があって、城を抜け出そうとしてたの」
「俺は、兄上のお相手がどんな方なのかひと目見たいと思って、小姓のふりをして入り込んだんです。そのときはまだテオさまのもとで騎士見習いができるとは思っていなかったので……」
ふたりは正直に話した。
それを聞きながら、テオが愉快そうな表情を浮かべ、腕を組む。
「ふたりともなかなかやるな。でもソフィ、俺の記憶が正しければ、祝宴の日、おまえが姿を消したのは日暮れ間近だったんじゃないか?」
ソフィはぎくりとする。
気づかれていたとは知らなかった。
「そ、そうだったかしら……」
「てっきり部屋に戻るんだと思っていたんだが……。日暮れ間近に街に行くなんて危険すぎる。帰りは真っ暗だっただろ? 最近、街で女性のひとり歩きを狙う卑劣な連中が頻発していると聞いている。夜道をひとりで歩くような真似はもう二度とするなよ」
テオが表情を一転させ、しかつめらしい顔でソフィに言った。
その後、ジャンへと向き直る。
「ジャン。これからも俺のもとで騎士見習いとして修行をしたいのなら、それにふさわしい行動をするよう心がけてくれないと困るぞ」
普段の面白いこと好きな性格はともかく、テオの言っていることは至極まっとうだ。
ふたりはその言葉に、揃ってうなずいたのだった。