琥珀細工と金の拍車
礼拝室で祈りを捧げていたソフィは、キィという扉の開く音にゆっくりと振り向いた。
そこには、ひとりの若い騎士の姿があった。
腰には立派な剣が下げられており、その柄の根元には、きらりと光る石がはめ込まれている。
よく見ると少々いびつなその琥珀細工は、昨日ソフィが作り上げたばかりのものだ。
「ジャン……」
ソフィは騎士の名を呼んだ。
「ここにいたんだな、ソフィ」
まだ幾分幼さが残っているものの、随分と精悍な印象が増した顔。
耳に心地よい低音の声。
既にその身長はソフィを追いこし、今では相手を見上げるのはソフィのほうになってしまった。
ハルバーヌ家の兄弟の一騎打ちから二年、今日、ジャンの騎士叙任式が執り行われたのだ。
若干十五歳。騎士叙任式を迎える者の平均年齢が二十歳なのだから、異例のことだ。
真新しい金の拍車をつけたジャンが、ゆっくりとソフィに歩み寄る。
「おめでとう、ジャン」
「ありがとう。待たせたな」
ソフィは笑顔で、首を横に振った。
この二年間、ジャンがどんな思いで訓練に励んでいたかを、ソフィは誰よりも知っている。
そして血の滲むような努力をしていたことも。
二年など、ソフィにとってはあっという間だった。
それはおそらくジャンにとっても同じだろう。
ジャンがソフィに向けて手を差し出した。
ソフィはゆっくりと右手を持ち上げる。
二年前に重傷を負った右手は、機能を回復するための訓練を続けたおかげか、今では日常生活を送るのには支障がないほどに回復していた。
細工などの繊細な作業を以前のようにこなせるようになるには、まだまだ時間がかかりそうではあるけれど、ソフィは諦めていなかった。
最近では、また以前のようにラシェヌ親方の工房に通っている。
思うように手が動かないのはもどかしいけれど、琥珀に触れられることが純粋に嬉しかった。
いつか、もっと素敵な琥珀細工を作り、柄飾りとしてジャンに渡す。
それが今のソフィの夢だった。
ジャンの手のひらに、ソフィは持ち上げた右手をそっと重ねた。
その手をジャンがしっかりと握る。
「さあ、行こう」
ふたりは手をつなぎ、礼拝室をあとにする。
窓から差し込む琥珀色の光が、並んで歩くふたりをあたたかく包んでいた。