手紙
「サラ! サラ、いる?」
ソフィは妹・サラの部屋の扉を勢いよく開けた。
「いるわよ。どうしたの、お姉さま。そんなに大きな声を出して」
椅子に腰かけて手に持ったなにかを読んでいたサラが顔を上げた。
白金色の髪がふわりと揺れ、ソフィよりも少しだけ濃い紫の瞳は神秘的な輝きを秘めている。
小さな顔と、華奢な手足、触れると折れてしまいそうな、儚げな少女だ。
――少なくとも、見た目は。
「また届いたのよ、手紙が! わたし宛てよ!? 信じられないわ」
ソフィは握り締めた手紙を突きつけるようにサラへと差し出した。
「あら、信じられないなんてことはないわ。お姉さまはとても可愛らしいもの。ただ、ちょっと婚期を逃してしまっただけなのよ」
「そうなのよね……。もう十七歳になってしまったし、ここ数年、男性から手紙が届くことなんてなかったし。だから、驚いているんじゃない」
「驚く必要なんてないわ。愛嬌があって、性格がよくて、特技だってある。そんなお姉さまに求婚する人がいないなんて、それこそ信じられないことだわ」
「ありがとう。でも、いいのよソフィ、なぐさめてくれなくても。わたしには琥珀細工師としてひとり立ちするっていう夢があるもの。……あら? サラ、それは?」
そこまで話してから、サラはようやくソフィが手にしている物に注意を向けた。
「男性からの手紙よ。でも、どれもこれも同じような内容でうんざりしていたところなの」
ソフィは持っていた手紙をテーブルの上に置いた。
そこには、幾枚もの手紙が開かれた状態で無造作に重ねられている。
「贅沢ねぇ。いい人はいないの? いつだったか話してくれた銀髪の騎士さまとはどうなの?」
「銀髪の騎士さま? ああ、あれは彼が勝手に勘違いしていただけよ。そんなの、もうずっと昔のことじゃない」
そうだったかしら、とソフィは首をかしげる。
ほんの数ヶ月ほど前のことだったような気がするのだけれど。
「それに、わたし、とても気になっている方がいるの」
「え!?」
初耳だった。サラはかなり理想が高い。
自分の価値を充分にわかっているから、その辺に溢れている貧乏騎士ではサラの目には適わない。
そんなサラの心を見事射止めた男性がいたとは。
「三ヶ月前の晩餐会よ。彫刻のように整った顔に、胡桃色の髪と淡い緑の瞳。一瞬だったけれど、確かに目が合ったのよ。でも、わたしが他の方のお相手をしているあいだに姿を消してしまって……。まるで幻のようだったわ」
頬をうっすらと染めながらサラが語る。
「そ、それで?」
「それ以来、招待された晩餐会にはできるだけ参加するようにしているし、ちょっとしたパーティにも可能なかぎり出席して、なんとかもう一度どこかでお会いできればと思っているんだけれど、全部駄目。でも、諦めるのはまだ早いわ。そうよね、お姉さま!」
いきなり立ち上がったサラがソフィの両肩を掴んでがくがくと揺らした。
「そ、そうね。ええ、そうよ。……だからサラ、揺らさないで、酔いそう……」
「そうよね! ええ、お姉さま、わたし、がんばるわ!」
サラはソフィを揺するのをやめると、両手を握りしめて宙を見上げている。
外見から受ける印象とは異なり、実はサラはとてもたくましい。
そんなサラを見て、ソフィはため息をついた。
この調子では、自分の相談などできそうにない。
けれどいつもどこかつまらなさそうな顔をしているサラの生き生きとした姿を見て、ソフィは嬉しくなる。
「がんばって。あなたならきっと全てが上手くいくわ」
ソフィはそんな言葉を残して、サラの部屋をあとにした。