祈り
ソフィとサラの乗った馬車は、森の中を進んでいた。
テオから、クルトとジャンが一騎打ちをすることになったことを知らされたとき、ソフィはなんとかやめさせられないのかとテオに訊いた。
けれどテオは『これは男の勝負だからね、俺としては止めるわけにはいかないんだ』などと言ってまったくとりあってくれなかったのだ。
ソフィはジャンにもやめるようにと頼んだけれど、彼は首を横に振るだけだった。
そうこうしているうちに、当日がやってきてしまったのだ。
「ひとりの女性のために、兄弟で一騎打ちだなんて! 素敵ね、お姉さま」
「ちっとも素敵なんかじゃないわ。わたしはお嫁にいくって決めていたのに、ジャンが横槍をいれてきたのよ」
「さすが槍の名手ね」
「サラ、上手いこと言っている場合じゃないのよ」
「いいじゃないの。『騎士見習い君』が勝つ確率はほとんどないんでしょ? だったらお姉さまのお望みどおり、お嫁にいけるじゃない」
「そうだけど……だからこそ、こんなことをする必要はないって言ってるの」
「テオ兄さまが絡んでるんだもの、諦めるしかないわよ」
面白いこと好きなテオが、今更一騎打ちを中止にするとは考えられないとサラは言っているのだ。
ソフィもテオの性格はよくわかっているので、嘆息するしかなかった。
(無意味な一騎打ちなんてして、大怪我を負ったらどうするのよ)
ソフィはジャンのことを心配するあまり、呼吸が苦しくなってしまう。
そんなソフィの心配をよそに馬車は快調に走り続けていたが、やがてゆっくりと速度を落とし始めた。
馬車が停まったのは、森を抜けた場所に広がる草原だった。
「来たな。ソフィたちはあそこに用意してある椅子に座ってくれ。ルールを聞きたいか?」
馬車から降りたふたりのもとに、テオが笑顔で近寄ってくる。
「待って、テオ兄さま。やっぱり……」
「ふたりはもう定位置で準備をしている。中止にはできない」
ソフィの言葉を遮り、先手を打ってテオが告げる。
「ねえ、テオ兄さま、ルールはどうなっているの?」
サラが興味津々といったふうに訊ねる。
「そこに一本のロープが左右に張ってあるだろ? ここがロープの真ん中くらいの位置になるんだが……。このロープに沿って、右からクルトが、左からジャンが馬を走らせてくる。すれ違うときに、相手に有効打を与えられたほうが勝ちだ」
ソフィはテオの視線の先を見た。
ロープをたどってゆくと、確かに鎧を着込み馬に乗ったひとの姿が両側に見える。
ただしかなり距離が離れているので、詳しい様子まではわからない。
近くても、甲冑のせいで表情などは見えなかっただろうけれど。
「おい、やっぱりやるのか?」
遅れて現れたのは、三人の兄であるアモリーだった。
テオに頼み込まれ、ソフィたちを馬車に乗せてここまで連れてきたのはこの兄だ。
「やる。兄上には、俺の向かい側で審判をしてもらうからな。しっかり見てろよ」
テオが腰に手を当てて言う。
「ハルバーヌ家とランドル家の兄弟が揃いも揃って、いったいなにをやっているんだろうなぁ」
アモリーが呆れたように呟いた。
アモリーはハルバーヌ家の兄弟の中で一番の常識人だけれど、弟妹にとても甘いところが少々問題だった。
「ほら、ソフィたちは早く座れ」
テオはソフィたちを急かして、ロープが正面に見える位置に用意された椅子に座らせた。
槍が弾かれたり、折れたときのことを考えてか、距離はしっかりととってある。
ふたりが座るのを確認してから、テオが指笛を鳴らした。
アモリーが慌ててロープの向こう側へ駆けてゆく。
所定の位置に着いたアモリーがうなずくのを確認してから、テオが振り返ってソフィたちを見た。
「次に俺が笛を吹いたら開始だ」
ソフィの心臓が早鐘を打つ。
ここまできたら、ソフィにできるのは神に祈ることだけだった。
(どうか、ジャンが大怪我をしませんように)
ソフィは胸の前で両手を組み合わせた。