命令
ジャンは眠るソフィの傍にひざまづき、じっとその寝顔を見つめていた。
顔色が悪く見えるのは、弱い灯りのせいだけではない。
額に滲む汗。苦しそうな呼吸。
ジャンは傍に用意してあった布でその額の汗をそっと拭き取った。
『元通り動くようになる可能性は低いでしょう』と医者は冷淡に宣告した。
そして『切り落とさずに済んだことを喜ぶべきだ』とも。
医者の言葉を思い出し、ジャンは唇を強く噛み締めた。
じわりと血の味が口の中に広がる。
(喜べるわけがない!)
ジャンはソフィが琥珀細工師になるためにがんばっていたことを知っている。
厳しい修業を続けてきたことも。
それが無駄になってしまったのだ。
この怪我のせいで。
ジャンのせいで。
そのことを思う度に、心臓が潰れてしまいそうなほど苦しくなる。
ジャンはソフィの額を拭いた布をぎゅっと握り締め、うつむいた。
「……ジャン」
背後から投げかけられた声に、ジャンは肩を震わせた。
さきほどまで、部屋には誰もいなかったはずだ。
室内に人が入ってきたことに気づかないなんて、普通では有りえないことだった。
「少し休め。ジャンに倒れられたら、俺が困る」
声の主はテオだった。
「申し訳ありませんでした」
ジャンはテオのほうに向き直ると、床に膝をつき、深々と頭を下げ謝罪する。
「おまえに謝られるのは、これで何度目だろうな。まあ、俺も、何度でも言うが、ソフィの怪我はジャンのせいじゃない。むしろ俺たちはソフィを助けてくれたことに感謝しているんだ」
「ですが……」
ソフィが重傷を負ってから二日が経過していたが、ソフィは未だ目覚めず高熱が続いている。
「仕方ないな。本当はこういうのは嫌なんだが……。ジャン、今夜は自室に戻って休め。これは俺からの命令だ」
テオがジャンを睥睨して告げた。
ジャンは息をのむ。
命令されてしまえば、主人に逆らうことなどできはしない。
「返事はどうした? ジャン」
「……わかりました」
テオはジャンの肩をぽん、と叩いた。
その手が暖かくて、優しくて、ジャンは益々胸が苦しくなるのだった。




