負傷
次の瞬間、ジャンは踏み込んでいた。
ひとりの剣を弾き飛ばし、石突きで男の鳩尾を突く。
流れるようなジャンの動きにためらいは一切なかった。
男は腹を押さえ、その場にうずくまる。
続いてジャンは斬りかかってきた残りの男の剣を柄の部分で受け止めた。
しかし力比べではジャンのほうが不利だ。
ぎりぎりと押し返され、ジャンが低く唸る。
ソフィはジャンの無事を祈りながら、その様子を見守っていた。
と、路上に仰向けに倒れていた男がぴくりと動くのが目に入った。
最初に倒された男だ。
ソフィがあっと思ったときには、男は跳ねるように起き上がり、素早く剣を抜いていた。
男の剣を受け止めているジャンは、まだ気づいていない。
「駄目っ!」
叫ぶと同時に、ソフィはジャンを庇うように、剣を振り上げた男の前に立ちはだかる。
「ソフィ、なにやってる! 避けろっ!」
それに気づいたジャンが自分の相手を渾身の力で押し返すのと、男の剣がソフィに振り下ろされるのはほぼ同時だった。
ソフィは迫る剣先を見て、思わず目を閉じる。
風を斬る音が、すぐ傍で聞こえた。
直後、右腕を激しい熱が襲った。
その衝撃と痛みに、ソフィはその場に膝から崩れ落ちる。
「ソフィ!」
次の瞬間、ジャンは雄叫びを上げ、男に突進していた。
目にも止まらぬ速さでふたりの男を殴り倒す。槍が武芸大会用の穂先の丸いものでなければ、男たちは命を落としていただろう。
「ソフィ! 大丈夫か? すぐに止血するからな」
ジャンが自分の服の袖を破って、その布で傷の止血をする。
ソフィはされるままで、その様子を見ていた。傷は右腕の内側、手首に近い位置にあった。
傷は決して浅くない。出血も多い。
でも、不思議なほど痛みはなかった。それよりも心配なのは――。
「ジャンは? ジャンは怪我してない?」
「馬鹿かおまえ。俺のことなんかより、自分のことを心配しろよ。俺は、傷ひとつ負ってない」
「よかった……」
ソフィがほう、と息を吐く。
「ちっともよくない。なんで飛び出したりしたんだ!」
「だって、ジャンが危ないって思ったら、体が勝手に……」
ジャンが布をきつく縛った途端、右手首に激痛が襲った。
それをきっかけに、傷がずきずきと痛み始める。
麻痺していた感覚が戻ってきたのかもしれない。
「痛むか? 痛いよな。すぐに医者のところに連れて行ってやる。一番近い医者はどこだ?」
「この道を戻って、二本目の通りを右……」
「わかった。少しだけ辛抱しろ」
ジャンがソフィを背負う。
ソフィも小柄なので、なんとかジャンにも背負うことができた。
「ありがとう」
ソフィはジャンの背に体を預け、その耳もとでそっと呟いた。
それを最後に、彼女の意識は深い、深い場所へと沈んでゆくのだった。