出会い
ランドット城では祝宴が開かれていた。
城主の息子であるテオの騎士叙任祝いの宴で、城内は祝福のために訪れた客でにぎわっている。
そんな華やかな城の一角。
きれいに整えられた中庭を、ひとりの少女が身を屈めてこそこそと歩いていた。
城に招かれた客と比べるとひどく質素な、町娘のような服装をしている。
ゆるく波打つ淡い金色の髪は背中でひとつに束ねられ、薄紫の瞳はきょろきょろと周囲を用心深く見渡している。
「なにをしている!」
鋭い声に、少女はその小柄な体をびくりと震わせた。
そっと声の聞こえたほうへ視線を向けると、そこには小柄な少年が立っている。
歳は十を少し過ぎたくらい。
栗色の髪はきれいに整えられ、深い翠の瞳が少女を見据えている。
「えっ!? えっと……街に行こうと思って」
「もうすぐ日が暮れるのに? それに、門はそっちじゃないぞ?」
「こっちの裏門から出ようかなーなんて」
少女は誤魔化すように笑って、屈めていた腰を伸ばした。
すると、少年が少女を少し見上げるかたちになる。
少年は少女よりも身長が低かった。
「怪しいな」
「ちっとも怪しくなんてないわよ。わたしは琥珀細工師のラシェヌ親方のところで修業しているの。これから親方のところに行くのよ」
少女は胸を張って答えた。
「琥珀細工師だって? おまえが? あれはとても難しい仕事なんだぞ。修業は厳しいし、その期間は他の職種と比べてもかなり長いと聞く。嘘をつくのならもう少しましな嘘をつけよ」
「難しいからこそ毎日修業しているし、試したいことを思いついたら、こうして日が暮れてからでも工房に行ってやってみようと思ったりもするわけ。全部本当のことよ。それより、あなたのほうこそ怪しいわ。こんなところでなにをしているの? 招待客じゃないみたいだけど」
少年の服装もまた、着飾ったものではない。
しかし質のよい生地を使っていることから、貴族階級に属する者だとわかる。
「俺? 俺は……まあ、ちょっとした用があって……」
「ちょっとした用ってなに?」
「人探しだ。怪しい者じゃないから、安心しろ」
堂々と言う少年の姿に、少女はくすりと笑う。
こんな人気のないところにいる自分たちは、傍から見ればどちらも怪しく見えるに違いない。
それなのに互いに怪しくないと主張している。
けれど、怪しい人物を見かけて誰何した上、なんの芸もなく自分は怪しくないと真っ直ぐな目で主張する少年は、確かに危険人物には見えなかった。
少女はこの少年に好意を抱いた。
「誰を探してるの? 協力してあげようか? 誰かとはぐれたの?」
このくらいの年ごろの男の子だったら、誰かの小姓としてついてきた可能性が高い。
「そうじゃないんだ。ただ、ランドット家の……美しいと名高いかの方をひと目見たいと……」
「ああ!」
そこまで聞いただけで、少女には少年が言っている人物の見当がついた。
城主の次女サラのことだろう。
歳は十四。美しく聡明な少女で、今日訪れた客の中に彼女目当ての若者は多いはずだ。
どこかでこの少年もそんな噂を耳にしたのかもしれない。
少女は振り返り、城のにぎやかな方角を指差した。
「彼女ならまだ大広間にいたわよ。男性がたくさん集まっているからすぐにわかるわ」
「あっちか。ありがとう」
少年が少女の指の先を目で辿ってから礼を言う。
「どういたしまして。あ、でも、わたしがこんなところにいたってことは内緒にしておいてね!」
「宴の場に乗り込むつもりはないから安心しろよ」
「よかった。じゃあね!」
少女は少年に軽く手を振ってから、裏門へ向かって走り出した。