空を駆ける英雄
~強欲の塔 最上階~
隊長を倒した私は最上階へと到着した。
義翼の状態は元に戻ったけど、刀の色は変わっていない……紅と蒼の双刀のまま。
振ってみても炎や氷は出ない、どうやら一時的なパワーアップだったみたいだね。
さて、最上階の様子は……
「何これ、今度は真っ暗? 」
今度は全てが黒……私だけ色がついているような感じ、義翼で宙に静止している状態だけど本当に飛んでいるのか分からなくなりそうだよ。周囲を見渡しても何も感じない、声を出そうとした時近くで火が灯った。
『フフフ……おめでとう、ナナシ』
どこからともなくラディギーザの声が聞こえてくる。同時に次々と火が灯っていき、部屋の全貌が目に見えた。床の黒い石レンガは1つ1つ微妙に色が違うらしく、全体を使って彼女の紋章を描いていた。天井からは真紅の垂れ幕が複数……コッチの絵はいまいち分からない、どことなく不気味さを感じる。
『素敵なダンスホールでしょう? 貴女と踊るために造ったの』
「なんで……なんで約束を守らなかった! ラディギーザッ! 」
『ラディって呼んでって言ってるのに、まったく……約束も何も私は自分の身を守っただけよ? 自由にしたら襲われた、残った彼とは少しだけお話してみた。ただそれだけの事、お父さんが生きているだけでもありがたく思いなさいな』
指を鳴らすと天井から巨大な鳥籠が降りてくる。中には装置の様なモノに貼り付けにされている父さんがいた。頬はやつれ、着ていた衣服もボロボロの状態……首元、手足には透明なチューブが突き刺さっていた。
「と、父さんッ!! 」
「ゥゥ……な、ナナシ…………? 」
『そもそも、魔人が人間との約束を守るわけないじゃないの。……でもナナシ、貴女は別よ』
装置が作動し始めた、赤黒い液体が父さんに注入され始める。
目を見開き、拘束されながら暴れていた。次第に肌は変色し、生気が失われ青白くなってしまう。
「ウウッ?! グガッ、グゥワァァァァアァアアァアァッ!!! 」
「や、やめてッ! 父さんに何を―――」
『返してあげる、もぉ~っと素敵な姿で……ね? 』
腕のや胴体の筋肉が肥大化し、人としてのバランスは完全に崩れていた。
身体はゴリラと呼ばれる動物に近い形状まで変化すると、鳥籠から解放される。
ズシンと重い音が響き渡る……私はすぐに父さんの元へと降り立った。
「ねぇ……嘘、だよね? 」
『ナ―――』
「父さ―――」
『ナナシイイイイィィィィィィィアアアアアアアッ! 』
ギラリと紅い瞳が輝くと、私の名を叫びながら腕を振るってきた。
反応が追いつかず攻撃は直撃……斜め上空へ吹き飛ばされ柱へめり込んでしまう。
「ガハッ……!? 」
『もう駄目じゃないの、自分の子を壊すつもり? 』
『グルルル……』
「ウウッ……父、さんッ! 」
義翼を起動させ、何とか柱から脱出……多少フラつく様な状態だったけど武器を抜いて急降下。
二刀を上段に構えてラディギーザへ斬りかかった。
『無駄よ無駄、ギガント』
『ガッ! 』
彼女を庇うように腕を交差させ、父さんは目の前に立ちはだかる。
私は躊躇してしまった……身体が一瞬固まり、斬り込みが甘くなってしまう。
数センチめり込んだところで刃は止まる、そして抜けなくなった。
筋肉を縮めて押さえつけているみたい。
『捕らえなさい、折っちゃ駄目よ? 』
『……ガゥ! 』
「キャァッ?! は、離して! 父さん!! 」
そう言うともう片方の腕で両腕を掴み、拘束してくる。
掴まれた際の痛みで、武器も手を離れてしまう……ラディギーザは次の指示を出した。
『まずはその不格好な翼を取ってしまいましょう』
『ウ……』
しかし父さん……いや、ギガントは何故か指示には従わない。
手を伸ばすも触れる事に躊躇しているようだ。
『早くなさい。その翼を、取るのよ! 』
「やめて……お願いだから、父さん」
『ウウウッ!! 』
手を向けて強めの口調で命令を出すとギガントは私の背に手を掛けた。
背中には義翼の制御ユニットが装着されており、それは翼の展開や出力調整などを行う……言わば義翼の核である。身体を流れる魔力とリンクしている為、着脱時は痛みを伴う事がある。
負担を減らす為に本来は別の装置を使って取り外すのだが、此処にはそのようなモノはない。
ギガントが力を込めると私の身体の激痛が奔った。
「ガッ……ァァァアアアアアアッ?! 」
『う~ん……♪ 良い声が出せるじゃないの、もっと聞かせて頂戴』
更にギガントへ指示を出す。
無理やり制御ユニットを取り外された私は暫く痛みに悶える事になった……この感覚はあの時と似ている。
遥か過去の記憶、ラディギーザから翼を奪われた光景がフラッシュバックしていた。
「ッ……痛い、痛いよぉ……父さん…………」
『ホラ何をやってるの、もっと私に聞かせなさい……ギガント? 』
『ウ……グゥ―――――――――ッ!! 』
手を解放され、その場に落ちた私は這いずりながらなんとか距離を取る。
突然苦しみだすギガント……声にならないような悲鳴が響き渡らせ、大きく後退した。
ぼやける視線の先には丸太のような太い腕に蒼い炎と真紅の氷が発生していた。
そこは刀がめり込んでいた場所……ギガントは原因を取り除くために刀へ手を伸ばす。
しかし炎と氷の勢いはさらに増し手を寄せ付けなかった……その様子を見たラディギーザは自らギガントの腕を斬り落とした。その衝撃で刀は抜け、私の目の前に落ちてきた。
※※※
『全く世話が焼けるね、ナナシ』
顔を上げた先には地面に突き刺さった二振りの刀と、その間に仁王立ちをしている少女だった。
ローブの上に軽装の防具を身に纏い、背中には見事な純白の翼を広げていた。
髪色こそ金色だが、振り向いた際に見えたその顔は……なんだろうコレ、幻?
「私と……そっくり? 」
『や、さっきぶり。どうやら魔人の持ってるアタシの翼と君の魔力が共鳴しているみたい、おかげで具現化出来たよ』
「それよりも……早く、父さんをッ」
『あぁ大丈夫、この場は時間が止まってるから。まずはその痛みを何とかしてあげる』
彼女が手を向けると痛みはスッと引いていく、多少の怠さはあったけど同様にすぐになくなり立てるようになった。周囲を確認すると淡い光の壁みたいなもので覆われているみたい。外の様子はグニャグニャと歪んで見えるけど、動いている様子はない。
『まずは自己紹介だね……名前が無いからこういうしかないんだけど、私は【無名しの英雄】。それと刀の名前は蒼いのが【蒼炎】、紅いのは【紅氷】だからね。まずは君のお父さんだけど既に手遅れ。身体へ魔人の血が入ってしまったあの状態、助ける術はないよ』
「そんなッ?! ……でもその、刀の力でなら―――」
『いいや、無理。確かに2本とも浄化する力はあるけど元に戻すまでは無理だ、できても意識を一時的に戻すくらいだろうね。一応言っておくけど、再び堕ちていく苦しさを感じさせるよりも、そのまま死なせてあげた方がマシだと思うよ? 』
「ッ」
『君が辛いのは分かる、でもコレばかりはどうにもできない。覚悟を決めて……ああそれともう一つ』
「……義翼の事? 」
『その通り、君はどうせ翼が無いから前のように戦えないとか思っているだろうけどソレは間違いだからね? 』
英雄はそのまま話を続ける、義翼はあくまでリハビリ……自身が飛んでいたという感覚を取り戻すためのモノと言っていた。正直訳が分からなかった、じゃあ何のためにその背中の羽根があるのかと言うと―――
『コレは背中から放出していた魔力が羽の形に固まって出来たもの。肌と繋がっているから取れる時はもちろん痛いんだけど。刀で言うと鞘みたいなもんさ、本物の翼を保護するためのね』
羽ばたかせると純白の翼は散っていき、金色に輝く透き通った翼が現れた。
『そもそも、なんで魔人が君を500年もほっといていたと思う? 』
「え、それは転生して―――」
『ぶっぶ~、違うよ。君の事なんてとっくの昔に見つけていたのさ、理由は彼女の背中にある』
「まさか……同じように羽を? 」
答えると彼女はニカリと笑う。どうやら正解だったみたい、英雄は翼を奪われた痛みを堪えながら魔力の翼を展開して背中へ決死の一撃を喰らわせたとの事。翼を失ったラディギーザもすぐに魔界に戻り、奪った翼を自身に取り込もうとした……しかし正反対の魔力が馴染むのには時間が掛かり、それはもちろん傷の治癒にまで影響を与えていた。
『つまりアイツもまだ完全に回復したわけじゃないって事、血濡れの翼は自分の血が―――』
言葉の途中で光の空間にひびが入る、外からギガントが攻撃しているようだ。
『時間だねぇ……まぁ言いたい事は大体言えたさ。後は頼むよ、ナナシ』
※※※
ギガントは何度も光の球体を殴る。拳の皮がめくれ、肉がむき出しとなっても殴り続ける。
どれ程の時間を掛けていたのかまでは不明だが、ラディギーザの様子は不機嫌そのものであった。
眉間にしわを寄せ、ギガントの後方で脚を組みながら後ろで宙に座っていた。
『その忌まわしいモノを早く砕きなさい! 』
『ガァァァアアアッ!! 』
ギガントはさらに腕の振りを早める、すると球体にヒビが入り始めた。
徐々に広がっていき、最大の力を込めた振り下ろしで割れると思った矢先――
『ウゴ? ……ギャァァァァァッ?! 』
ギガントは悲鳴を上げた、振り上げによってむき出しであった胴体には一筋の線が入り、蒼炎が溢れていた。
巨体が倒れると同時に球体の光は弾けた……そこから現れたのは二振りの刀を握るナナシ。義翼の制御ユニットがあった背中には新たな翼が……根本付近は金色あったがそれは羽先に行くほど透き通っていく。羽ばたかせると魔力の粒子が舞っていた。
『貴女ナナシ、よね? どうしたのその翼はまるで……ッ?! 』
不用意にも近づくラディギーザ。触ろうと伸ばした瞬間、その右腕は斬り落とされ紅い氷に覆われた。
私も怯んだ隙を見逃さない、無言のまま流れるような動きでもう片方の刀を突き出した。
『いきなり酷いじゃない、ナナシ』
突きによる攻撃は避けられ、大きく後退されてしまう。
『グ、ウウゥッ?! ふぅ……』
傷口を氷で覆うまではいかなかった……彼女は少し苦悶の表情を浮かべたと思うとその腕を再生させる。
宇宙人みたいなことするんだね、魔人って。
「ラディ……ここで終わらせるよ、こう呼ぶのも最初で最後」
『あらぁ……最後何て言わなくていいのよ。でもよかったのかしら? せっかくお父さんと再会できたのに殺してしまって』
「二度と戻せないと知ってて言ってるんでしょ、もうアンタの言葉に耳を貸さない」
私は武器を構えてラディギーザと対峙する。
彼女も軽くため息をつくと翼をを羽ばたかせ、臨戦態勢をとった。
『良いわぁ……じゃあ最後は私が相手になってあげる、その綺麗な眼を取ったらお父さんと同じように魔人にしてあげましょうか? 安心して、印をつけた方は残してあげるからァッ! 』
何処からともなく音楽が聞こえてきた、私も詳しくないから分からないけど昔の偉人が作った音楽と似てる……たぶんだけどね。手を広げると同時にラディギーザの前に魔法陣が複数出現する。
『さあ踊って頂戴!! 』
魔法陣から針の様な形状の魔力弾が連射された。規則性はないが魔法陣の向きは全て私に向いている……蛇が這うように着弾してくる。私も翼を羽ばたかせ空を駆けた。
隙間を縫うように接近と後退を繰り返す……このままじゃいずれ此方が押し負けてしまいそうだった。
私は軌道を変えラディギーザの元へ直進、迫る魔力弾は二本の刀で無力化……徐々にその距離は詰まっていく。
「そこぉっ! 」
紅氷で一閃するも、斬り裂いたのは魔力弾を射出していた魔法陣3つ……ラディギーザの姿はその場から消え去っていた。周囲を警戒するも感じられるのはほんの微かな気配のみだったが、適当に散りばめられた魔法陣の所為で上手く感じ取れなかった。
すると唐突に身体が動かなくなり、縄で縛られている感覚だけどそのようなモノは見当たらない。
『フフフ……いただきまぁす』
「ィイッ?! 」
後ろから現れたラディギーザに抱き着かれる。
首元を噛まれるとチクリと痛みが奔り、彼女は私の血を吸い始めた。
流石に身の危険を感じた……全力で魔力放出して無理やり引きはがす。
『もう、あと少し味わいたかったのに……』
舌なめずりをしながらこちらを見つめてくる……不快に感じた視線を逸らす為に蒼炎を振るって炎を奔らせた。しかし単調な攻撃はヒラリと舞うような動きで回避されてしまう。彼女は魔法陣を通ると再び姿を消してしまった。不気味な笑い声が周囲に響き渡る、私に集中させないつもりみたいだね。
「消えたって事は出口があるはずだよね? よし……」
私は刀を収めると目を閉じた。
視覚を閉ざしたことでより相手の気配や魔力を感じられるようになった……たしかに数は多いけど濃い場所は2点のみ。恐らく片方は見動きを取れなくするために使われているモノだと思う。
ラディギーザに動きがあった……速度が違う接近してくる気配が2つ。
1つはひも状のモノ、そしてもう片方は人型。ひも状の魔力は蛇のように蜷局を巻いてこちらの様子を伺っている……人型は私の真後ろにいた
「今度こそッ!! 」
蒼炎で目の前を薙ぎ、回転を利用して紅氷は真後ろに投げた。
斬り裂かれた魔力は姿を現し悲鳴を上げる、それは蛇の姿をしていた。
そして後方からも悲鳴は聞こえてくる、刀はラディギーザの脚部に突き刺さり下半身を氷で包まれていた。
『何故……! 私の位置をどうやって?! 』
「教えないよ、そうやって相手を見くびっていたからそんな目に合うのさ」
氷は徐々に彼女の身体を覆っていく、私が目の前に来た時には下半身は完全に覆われていたよ。
止めに蒼炎を振りかぶった時……身体に鈍痛が伝わってきた。
ラディギーザはその氷を利用して攻撃をしてきた、身をひるがえして氷塊でのアッパーカット……態勢の崩れた隙を狙って手を伸ばしてくる。
狙いは私の頭部、いや目だった。
「グアアアゥゥッ?! 」
『あぁ……左目に当たっちゃったみたいね。まぁ良いわ、また印をあげる楽しみが―――』
「か、片目くらい……アアアッ! 」
自ら頭を動かしてラディギーザの手を引き抜く、その際に片目を失ってしまったが狙いは定まっていた。
入隊を決めたあの日から片目で生活してきた……距離感何て今更だよ。
翼による加速で真上を取り、蒼炎を振り下ろす。
『なッ?! 羽を―――』
続けざまに急旋回し真後ろから紅氷での一閃……今度は手ごたえがちゃんとあったよ。
古傷を確実に捕らえると氷の浸食は一気に進んだ。
『嘘……こんなの嘘よ!! 』
「嘘じゃない! これで、終わりだッ!! 」
最後は脳天への踵落としで落下に拍車をかける。
勢いが増した氷塊は地面と接触し、粉々に砕け散った……
※※※
私はフラフラと降下していた、さすがに血もかなり流しちゃったし痛みも酷い。
意識を保っているのが不思議なくらいだよ、たぶんこの力が収まった瞬間には死んじゃうかも。
『フフフ……負けちゃった、かぁ』
「まだ生きてるの? 魔人ってしぶといんだね」
砕け散ったはずのラディギーザは頭部のみとなっていた。
しかし既に戦意は喪失しているらしく、止めを刺そうとすると……
『待ちなさいな、もう再生もできない。ただ死んでいくだけ……本当よ』
「……」
私はそのまま背を向けて壁に向かって刀を振るう。
出口が見つけるのが面倒くさくて穴を開けちゃった。
「私はアンタと同じ場所では死にたくない、そのまま一人で―――」
『最後にもう一度……貴方の目を見せてくれない? 』
「はぁ……これで―――ムグゥ?! 」
そう、これで振り向いたのが最大の失敗だった。
どうやって移動したのか不明だが顔は目の前まで接近していた。
もう完全にホラーだよ……生首が飛んでくるなんて。
数秒唇を重ねると再び地面に落ちてしまった
『フフフ……ご馳走様』
「やっぱり止めを……! 」
『じゃあね、ナナシ。私は本当に貴女の事愛してたのよ? 』
「いったい何を、説明してから逝きなさいよッ!! 」
気怠さも消え、何故か左目も見えるようになっていた。
ラディギーザは笑いながら消えていく……最後の最後まで振り回されたよ。
※※※
その後本部への報告は1週間程かかってようやく信じて貰えた、回収していた制御ユニットの映像が決定打になったみたい。この任務で唯一生き残った私は体中を検査される事にもなった。現状で唯一の先祖返りをした天人だもの、血液や肌の一部、魔力の翼や武器……隅々まで調べられたよ。
そして琥珀色へ変わった左目も……人間のモノと変わりはないらしい、それを聞いたこともあって最後にあった事は説明してないよ? もっと面倒くさい事になりそうだもの。
普段通りの日常に戻るまではかなり時間がかかった、コレはこれで思い出の1つとして覚えている。
そして一連の騒ぎがあった日から5年後の現在。
もう二度と他の人が同じ目に合わない様に今も魔人を狩り続けている。
受け継いだ英雄の力、そしてこの翼と共に空を駆ける。
いつか、人々が安心して眠れる日が来るまで……