第二章 天狼のシリウス②
お久しぶりです。
宜しくお願いします。
ミネルヴァは中庭で剣を振るっていた。夕食後の稽古は彼女の日課であった。ミネルヴァは既に一流の剣士と言えたが、慢心することなく稽古に励んでいた。それは鉄騎士団団長としての責任であったり、皇女であることへの反発でもあったのだが、それ以前に彼女は単純に剣が好きだった。剣を振るっている時だけ、皇女としてのしがらみを忘れ、彼女は自由であった。
不意に、背後に気配を感じた。ミネルヴァは素早く振り向くと剣を構えた。
背後に立っていたのはベルだった。お供の壮年の騎士が腰を抜かしたのに対し、ベルは眉一つ動かすことなくこちらに最敬礼をした。
「なんだ、お前か」
ミネルヴァは剣を納める。
「賊が侵入しました。」
儀礼もそこそこに本題を切り出す。続いて壮年の騎士が捲し立てた。変装した賊をベルが見抜いたこと。その剣撃を賊がかわし闇夜に消えたこと。
それならばもう城からは逃げていまい。賊がベルの剣をかわしたというのは驚いたが、逃げてしまったのではやることはない。
「現在、当直の騎士と兵士達が捜索をしております。王宮殿は閉鎖。姫様も王宮殿へお急ぎください。」
ベルの対応は完璧である。副団長の報告に「ご苦労」とだけ言うのが団長の仕事である。ベルを見ていると自分がお飾りの団長であることを認めざるを得なかった。
「何か問題でも?」
不服そうなミネルヴァをベルは質した。
「いや、ご苦労だった。」
それ以外に言うこともなく、ミネルヴァは王宮殿へと歩き出した。ついてくるベルを手で退ける。ベルは無表情のまま一礼して姿を消した。影のような男だな、とミネルヴァは苦笑した。
このトリスタン王国の祖である聖祖トリスタンの血を引き、剣聖ウェイン・トリスタン唯一の娘であるミネルヴァは剣の腕が凄ぶる立った。鉄騎士団でも彼女に勝てる者は片手はいまい。
その数少ない騎士達の筆頭にベルはいた。トリスタン王族とはいえ末席も末席。名門とは程遠いマジャンディ家の養子である。聖祖トリスタンの血もついではいまい。お情けで入れて貰った騎士団で腕一つで副団長まで登り詰めた傑物であった。
翻って自分は、これ以上ない家柄に産まれ労せずして団長である。それを内心では恥じていた。だから少しでも功績を上げたい。先日のスラムでの一件もそのためだった。
私室の前には侍女が二人直立不動で待っている。二人は何も言わず扉を開けるとミネルヴァもまた何も言わず部屋に入る。侍女は着替えを手伝ったりはしない。トリスタン王家は王族とは言え武門の家系であるせいだった。皇女とは言え自分の身の回りのことは自分でやるのである。
遠くでは騎士達の喧騒が聞こえる。賊を探しているのだろう。恨めしげに窓を覗き、夜空を眺めると小さな流れ星が弧を描いた。その先に西宮が見える。
(あれは?)
西宮の塔の壁に人影が見えた。目の良いミネルヴァたから見えた。ほんの一瞬だったが、間違いはない。あれは賊だ。
ミネルヴァの胸が高鳴った。ベルの初太刀をかわすほどの手練れである。剣士として興味がないわけがなかった。
考えるより先に窓から飛び出すと駆け出した。そして高揚する気持ちのままに馳せた。彼女は剣を振るっている時だけ彼女は皇女ではなく、一介の騎士でいられた。今はミネルヴァ皇女殿下ではない。ミネルヴァ騎士団長閣下であった。
読みにくくてすいません