第二章 天狼のシリウス①
途中です。
続きはまた今度
新月の街は漆黒に染まり、月の無い空は星々が瞬いている。今夜は星がやけに眩しい。
シリウスは高台からトリスタン王国の居城である『バーゼルガングリア』を見上げていた。今から忍び込もうとするこの城は、堅固さに於いて世界でも屈指の大城である。闇に紛れての侵入を考えていたのに、雲ひとつ無い。シリウスは星空を見上げてためいきをついた。
「もう辞めちゃおうかな」
頭をかいて気の抜けた声でぼやく。
「そうだ、やめた方がいい」
傍らでラゥリンが騒ぎだす。
「いきなり城に忍び込むって、なにを考えてるんだ。」
必死に止めるラゥリンの隣でパティは冷静だった。
「本当に行くつもり?」
「あの城に『白聖書』が有るんだろ?」
『白聖書』は伝説上の書物である。それが『バーゼルガングリア』に有ることを調べてきたのはパティだった。もっとも、二百年前の記録に書かれていたのだが。
「可能性があるだけよ。」
その声にはいかなる感情も窺えなかった。この少女が微笑めばどれほど可憐であろう。シリウスは苦笑した。
「可能性があるなら盗むさ。」
「可能性だけで命を懸ける奴があるか!」
ラゥリンが叫ぶ。シリウスは口許を吊り上げて笑うと応えた。
「ここにいる」
「シリウス…!」
止めるラゥリンを残しシリウスは駆け出すと地面を蹴り空を舞った。
『ガルウィング』。空を舞う世界樹魔法だ。
すぐにラゥリン達の姿は見えなる。満天の星空にひときわ大きな星が輝いた。天上に於いて最も強く光輝くその星はシリウスと同じ名を持つ天狼星だった。
星の光を避けるように影に紛れると、シリウスは城の外壁にへばりついた。見張りの兵士が巡回していたが、シリウスを見つけられるほど目の良い手練れはいなかった。
城の見取り図は頭に叩き込んでいた。目標の物置部屋に窓から侵入すると何食わぬ顔で廊下を歩き出した。天上の高い美しい廊下には豪華な調度品が飾られていた。が、狙いは『白聖書』ただひとつである。目標の西宮まで迷わず歩く。
「おい、貴様!」
二人組の騎士に声をかけられた。
「は!」
シリウスは慌てるそぶりもなく胸にてを当てる騎士流の敬礼する。
「見ない顔だな。所属を言え。」
年配の騎士が質す。シリウスは騎士用の礼服を着ていた。変装は彼の特技だった。
「は!昨日、辺境警備の任を解かれ別名有るまで城内預かりとなっております。」
もちろんデタラメだ。嘘は変装よりも得意である。
「そうか。ご苦労。」
「は!失礼します!」
最後は緊張したふりをしてわざと声をあげる。そして足早に去ろうとした。それを見た瞬間だった。
「待て!」
もう一人の騎士が鋭く呼び止めた。黒髪の鎧も漆黒の騎士だ。
「貴様、なぜ気配を消す?それに足音が無さすぎる。」
シリウスは男に背を向けたまま素早く男を値踏みした。野性味のある鋭い眼光、腰に下げた二本差し、どれも騎士らしくない。
「そうか。鉄騎士団の副団長が『黒騎士』とあだ名されていたな」
シリウスは納得したように呟くと、わざとらしく肩を落とした。騎士はこちらを見据えたまま微動だにしない。壮年の騎士も口をつぐみ、静止した二人を交互に見ていた。
「あんた、ベル・マジャンディだな」
その瞬間、ベルは腰の剣を抜刀する。シリウスはしゃがんでかわすと、一瞬前まで首があったところを斬撃が通りすぎた。
(過激なやつだな)
シリウスはそのまま駆け出す。ベルは追いすがるが、逃げ足でシリウスに敵うものなどいない。
「待て!」
と、言われて待つわけがない。シリウスは手近な窓を破り飛び出した。ベルが窓から顔を出すと、闇夜に紛れ最早なんの気配も感じられなかった。
騒ぎを聞き兵士達が集まって来た。ベルは「今さら」と舌打ちをする。早足で歩きながら兵士達に侵入者への警戒と要人の警護を命じた。
「副団長の初太刀を交わすとは、何者です?」
追いすがる壮年の騎士にベルは応えた。
「おそらくは、『天狼』。」
この堅牢な城に忍び込み、鉄騎士団の副団長の斬撃をかわすとなれば間違いない。
あれが『天狼』。
世間を騒がす大泥棒。それも貴族や大富豪専門の盗賊である。
そんな彼は民衆からはやけに人気があった。世を乱す犯罪者の彼が何故か慕われる。いつの世も民衆はトリックスターを求めたがるものだ。神話にある『反逆の使徒』もまた、何故か愛される。
(愚かなことだ)
それは体制への不満の現れである。巨大な統治者への、か弱き民達の叫びである。
ベルはそれが気に入らなかった。現実に民を守っているのは我々騎士団である。それが彼の職務であり、誇りであった。
お疲れさまでした。
またお願いします。