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スチールプリンセス  作者: 千石 一朗
2/5

第一章 鋼鉄の姫君

続きです。

長くて読みにくいです。

すいません。

 「何故、こんなことに…」

 ラゥリンは自分の不運を鈍いながら呟いた。

 目の前では赤毛の女剣士と黒衣の魔法使いが対峙していた。回りは全て焼け焦げて、もともとそこにあった飲食店は跡形もない。

 剣士と魔法使い、燃え盛る炎。まるで舞台の一幕のようである。

 黒衣の魔法使いは紅蓮の炎を纏った右手を掲げる。その右手を降り下ろすと幾つもの炎の矢が降り注いだ。

「ラゥリン、回復!早く!」

 後ろからパティが指示を出す。あまりのことに呆然としていたラゥリンだったが、この状況には動くしかない。

 同じく魔法使いであるパティは吹雪を作り出し、炎の矢を吹き飛ばす。ラゥリンは女剣士に駆け寄ると傷と疲労を癒す魔法をかけた。

「何でこんなことに…」

 ぶつぶつとぼやきながら魔法をかける。ラゥリンの生命樹魔法を受け、剣士の傷が塞がっていった。

「分かるぞ、その気持ち」

 女剣士が口を開いた。しかし、その目は魔法使い決して放さない。

 数人の男たちが剣を振り上げ斬り込んできた。黒衣の魔法使いの部下たちである。

「せい!」

 気合いをとともに女剣士が横凪ぎに剣を振るう。その一閃で男たちは吹き飛ばされた。

(何者なんだ?この女…)

 前衛に剣士、後衛に魔法使い。

敵味方、両方ともパーティーとして成立していた。しかし、あまりにも多勢に無勢である。

 なのになんだ。この女はさっきから一体何人の戦士を倒しているんだ?

 黒衣の魔法使いがフードを脱ぐ。長い黒髪の妖艶な美女だった。その女が苛立ちながら、長い髪をかき上げる。

「あんたもしつこいね。こんな連中助けたって、何にもならないだろうに。」

 女剣士は微動だにしない。冷静な女剣士に更に苛立ちを強め魔法使いは続ける。 

「いくらなんでも多勢に無勢だと思わないのかい?」

 敵である魔法使いがラゥリンの気持ちを完全に代弁していた。

「何故、こんなことに…」

 女剣士が呟いた。

「この勇敢な神官戦士の少年がそう言った。私もまったく同じ思いだ。」

 ラゥリンは激しく頷いた。この女剣士もようやく分かってくれた。何故こんな大事にならなくてはいけなかったのか。彼はただ…。

「何故こんなことに…何故、このような罪の無い少女が来店を拒否されねばならないのだ‼」

 女剣士の言葉に魔法使いは絶句した。ラゥリンもパティも一緒に絶句した。女剣士はなおも続ける。

「多勢に無勢と言ったな?自らの行いに非があれば、どんな相手にもこの頭を垂れて見せよう。しかし!自らの行いに義があるならば、たとえ百万人といえども、吾は行かん‼」

 びしりとポーズを決める剣士にラゥリンは再び呟いた。

「何故、こんなことに…」

 彼はただ…昼飯を食べたかっただけなのに…。



 昼食のため店に入ろうとしたラゥリンとパティは、突然、店員に止められた。

「なに?」

 パティは店員を見上げた。感情をあまり表に出さないパティは短く店員を質した。店員は、まるで汚いものでも見るようにこちらを見下ろしている。その目にはっきりと侮蔑の念が感じとれた。

 それを見てパティの大きな瞳もみるみる冷たくなる。

「ここはお前のような奴が来て良い所じゃない」

 店員は看板を指差す。その看板にはこう書いてあった。


 犬とカーラの入店を禁ずる。


 カーラとは少数民族マハカーラの蔑称である。特定の国を持たないマハカーラは世界中の国々で移民として暮らしていた。そんな彼らを露骨に蔑む人達もいたのである。パティの浅黒い肌はカーラの証であった。

「ちょっと、あんた。彼女が何したって言うんだ」

 連れのラゥリンが抗議する。が、パティは「やめて、ラゥリン」と制した。その声には何の感情も込められていないように聞こえた。しかし、ラゥリンを掴んで放さないその手には、痛いほどに力が込められていた。

 彼女の悔しさが伝わってくる。ラゥリンは悔しさに歯を鳴らした。

 カーラである彼女にとってこんなことは珍しいことではない。いちいちもめたりはしない。しかしその度に彼女の心はどうしようもなく冷たく凍えるのである。

 店員は尚も続ける。

「この女が何をしたって?何にもしてないぜ。カーラは何もせずに国にたかる寄生虫だ。寄生虫なら寄生虫らしく裏に回って残飯でもたかるんだな」

 男は口汚く罵った。パティの目がいっそう冷たく凍える。そんなパティを見てラゥリンの胸がヒヤリとした。

「この野郎‼」

 ラゥリンがパティの手を振りほどき、殴りかかろうとした。その時だった。



「早く案内せよ!」

 ビリビリと耳をつんざく凛とした声が響いた。その場にいた全員が固まった。振り向くと赤毛の女剣士が店に入ろうとしている。女性としてはやや長身、背に自分の身長程もある長剣を背負っている。姿勢の良い凛とした佇まいに、店員もラゥリン達も圧倒された。

「は、はい。すぐに」

 男は女剣士を案内しようと「こちらに」と声をかける。しかし、女剣士は動かない。「あの…」と困惑する男に女剣士は言った。

「この少女も私の連れだ。」

「いや、え、だって…」

 女剣士はついさっきここに来たばかりだ。連れのわけがない。男は困惑する。いつもクールなパティもこれには目を丸くした。ラゥリンも驚きのあまり先程までの怒りがどこかに行ってしまった。

「聞こえなかったのか。早く案内せよ!」

 剣士の言葉が響き渡る。騒ぎを聞き付けた店主が奥から現れた。強面の男たちをゾロゾロ連れている。店の回りにも騒ぎを聞き付けた仲間なのだろう、30人はいるだろうか。それを見て男に余裕が戻った。

「……」

 反対に女剣士は口を閉ざした。形勢逆転である。

「今なら許してやらんこともないぜ。」

 圧倒的優位に立つと、この女剣士が相当の上物であることに気付いた。背も高く、肌も美しい。今日は楽しい午後になりそうだ。男は怯えた女剣士に手を伸ばした。次の瞬間、男の首が半回転する。遅れて頬に燃えるような痛みを覚える。更に遅れて強烈な平手打ちをされたことに気付いた。

「え、え…」

 鼻血をおさえながら女剣士を見上げた。

「圧倒的に優位でなければ、女一人取り押さえられんのか」

 もう一度、平手打ちを見舞う。男は突っ伏した。それを見て周りの男たちの怒号が飛ぶ。皆、口々に罵ってくる。

「黙れ‼」

 女剣士の一喝に男たちは口をつぐんだ。

「自分より弱い者にしか強くなれない。そういうのを『匹夫の勇』というのだ。」

「お、俺達が臆病者だと!?」

 一人が怒鳴る、が、剣士の一瞥で押し黙った。女剣士はふんと鼻をならす。

「真の勇者ならば、相手がどんな強大であれ、自分を貫いて見せよ!」

 女剣士は叫びながらも、ただ一点だけを見ていた。強面の男たちの奥で静観しているフードの人物だ。

「貴様に言っているのだ。」

 一番奥で静観していた黒衣の女に向かって言った。フードで顔を隠しているが、その姿態からまだ若い女であることが分かる。

「貴様が大将なのだろう?」

 黒衣の女は面倒くさそうに立ち上がる。

「ここいら一帯はあたしのシマなんだよ。気に入らないなら」

 黒衣の女が右手を掲げる。その手のひらが燃え上がる。フードの奥から覗く唇が怪しく歪む。この女、魔法使いだ。

 それを見て剣士も笑った。

「いいだろう。義を見て成さざるは勇無き也!その勝負、乗った!」

 その言葉を口火に男たちが襲いかかった。パティとラゥリンはしかなく参戦する。

 黒衣の魔法使いが火球を飛ばすのをパティは氷つかせた。ラゥリンも短槍で応戦する。

「やるではないか」

 女剣士は楽しそうに叫ぶと、長剣を振るう。一降りごと4、5人が吹き飛ぶ。ラゥリンは苦笑いすると、「どうも」と呟いた。

「ラゥリン‼」

 パティが叫ぶ。黒衣の魔法使いの両手が燃え上がる。かなり強力な魔法を使おうとしている。

「あれは、ファイアストームか」

 初めて見るであろう巨大魔法に女剣士感心したように呟いた。

 実際はそれどころじゃない。止めなければ死ぬ。

 剣士は魔法使いに近づこうとするが、ザコに阻まれままならない。一体何人いるんだ。

「あなた、ラゥリンを10秒守って‼」

「応!」

 パティの言葉に女剣士は躊躇いもなく動いた。回転斬りで近づく敵を蹴散らす。誰もラゥリンに近寄れない。ラゥリンは完全に無防備のまま瞑想に入る。

「燃えちまいな!」

 魔法使いが歓喜の声とともにファイアストームを繰り出した。パティたちの回りに炎の竜巻が巻き上がる。このままでは焼け死ぬ。

「ティフェレト!」

 ラゥリンの神聖語とともに光の結界が三人を包む。対魔法防御結界だ。この少年は生命樹魔法を操る神官戦士だったのだ。ファイアストームが周囲を焼き尽くすが、結界内は安全だった。数秒の後、炎の竜巻は通りすぎるが、三人に怪我はなかった。

「ヤバかった…。」

 あと1秒遅れていたら死んでいた。背中にかいた大量の汗は強力な結界を幾層も張った疲労のせいだけではなかった。そんなラゥリンの肩を女剣士が叩く。

「お前たちが神官と魔法使いとはな。礼を言う。私はついている。」

 女剣士が笑う。

(いや、俺は全然ついていない。)

 ラゥリンはぐったりしながら呟いた。

「何故、こんなことに…」



 時間にして数十分の戦いだったが、辺り一面焼け野原だった。先程まで入ろうとしていた店は燃えてしまって跡形もない。店主とおぼしき男が涙目で立ち尽くしていた。ラゥリンはちょっとだけ同情した。

「ずいぶん、大事になっちまったね」

 黒衣の魔法使いは忌々しげに長い黒髪をかきあげた。真っ白の顔に薄青い唇が浮かび上がる。

「そうだな。ちと暴れすぎたか」

 女剣士が応える。遠くから馬の蹄の音がする。城から騎士団が向かっているのだろう。これだけ暴れれば当たり前だ。

 黒衣の魔法使いは舌打ちすると、女剣士を睨み付ける。喧嘩は御法度だ。まして、剣士と魔法使いが戦えば戦争と変わらない。騎士団に捕まる前にこの場から立ち去らなくては。

「もういくよ。あんた、名は?」

 答えようとした女剣士の口を誰かが塞いだ。

 同時に頭の上から男の声がする。まだ若い、自分とそう変わらない年のおとこ

「この街で名を名乗る奴は馬鹿だぜ。そうだろ?ベンネット・ローランド。」

 口を塞いだのは背の高い男だった。女剣士は驚いた。

 この私の後ろをとった。

 それも全く気配を感じさせずに。

「シリウス!」

 ラゥリンが嬉しそうに駆け寄る。

「馬鹿、俺の話を聞いて無かったのか?」

 さっそく、名前がばれてしまったシリウスは苦笑いでベンネットに顔を向ける。

「知っているよ、あんた天狼のシリウスだろ?」

「スラムの女王ベンネット・ローランド。お互い賞金首だ。ここはズラかろう」

 馬の蹄が近い。ベンネットは女剣士を一瞥すると「次は燃やす」と呟き、炎の向こうに消えた。



 ベンネットが消えたことを確認すると、女剣士はシリウスの手に噛みついた。

「痛え!」

「無礼者、婦女子の口を手で塞ぐやつが有るか!」

「歯形をつける婦女子が有るか!」

 いや、その前に普通の婦女子は長剣を振り回してこんな大立ち回りはしない。

 むす、と黙る女剣士にラゥリンは頭を下げた。

「あんた、パティの為にありがとう。」

「うむ、気にすることはない。義を見て成さざる勇なきなりだ。」

 この一本気。もはや清々しい。

「さあ、俺達も行くぜ」

 シリウスは促す。女剣士も今度は名乗らなかった。立ち去ろうとするシリウスとラゥリンだったが、パティが動かなかった。

「パティ」

 ラゥリンが、声をかけるが、パティはじっと女剣士を見つめていた。

「?」

 女剣士も不思議そうに首をかしげる。その時。

「…ありがとう」

 小さく呟くと、くるりと背を向け駆け出した。

 ラゥリンとシリウスは笑いながらその背を追う。

 女剣士はそんな三人を見送った。自然と笑みがこぼれた。



 背後で馬がいなないた。城から騎士団が到着したのだ。

「遅かったな。ベル」

 下馬する若い騎士に女剣士が声をかける。ベルと呼ばれた騎士は周りを見渡す。焼け野原に倒れる男たち。まるで戦場だ。ベルはため息をついた。

「ずいぶんと無茶をされましたな。姫様。」

 ベルは女剣士を姫様と呼んだ。女剣士はその呼び名が気に入らないようで顔をしかめる。

「うむ。ここいら一帯、マフィアの巣窟と聞いていたが、ずいぶん好戦的な連中だな。まさか、大勢で襲ってくるとはな」

 ベルが一言二言指示を出すと大勢の兵士たちが倒れた男たちを捕らえ出した。大半が女剣士に倒されて動けないのですぐに全員が捕縛されていった。

「これだけの人数と、魔法使い相手に、よくご無事でいられましたな」

 皮肉だった。ベルはそうと分かるように不機嫌に言った。

「何が言いたい?」

 ベルは女剣士に向き直ると改めて質した。

「ご自分のお立場をどうお考えですか?姫様。」

「姫様はやめろと言っているだろう。」

 ベルの右の眉がぴくんと動いた。

「ではこうお呼びいたしましょう。ミネルヴァ皇女殿下。」

 女剣士、ミネルヴァは観念したように口をつぐむ。

「姫様、貴女が城外の者からなんと呼ばれているかご存知ですか。」

 ミネルヴァはなおも口をつぐむ。

「姫様!」

「そうだ。私はこの国の皇女だ。だが、今の立場はこの騎士団の団長である。ただ一介の剣士でもある。剣士は義を以て上とす。そして…」

 ミネルヴァはベルに改めて向き直り笑った。

「義を見て成さざる勇なきなり、だ」

 ミネルヴァはそれだけ言うとベルを置いて歩き出す。凛と歩くミネルヴァに兵士たちはみな、道を空けた。

 その姿は気高く美しく、伝説にある戦の女神のようであった。



 剣の王国トリスタン。

 世界最強の騎士団、『鉄騎士団』を有し、剣士の義を重んじる武人の国である。

 その皇女ミネルヴァ・トリスタンはトリスタン一刀流の剣士であり、鉄騎士団の団長でもある。

 武勇に秀でた美しいプリンセスは国の内外より、こう呼ばれていた。

 『鋼鉄の姫君』と。

次回も宜しくお願いします。

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