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独軍国の栄光  作者: 加藤 西
大戦の幕開け
8/12

独軍国演説

 「そうか。ランドルフは仕留め損なったか。」

高橋大将が隣で参謀総長から報告を受けているのを聞きながら、神少将は旗艦成田の第一甲板からカッターに降りた。

その顔は、昨晩よりも幾分か赤みが差していて、興奮していることが分かる。

神少将が縄梯子を下まで降りると、カッターで待ち構えていた右肩に狙撃銃を掛けた男が乗船を手伝った。

彼は、神少将の右腕である角石守大佐だ。

「閣下、足元に気をつけて下さい。揺れます。」

「何、大陸で何度も経験している。大丈夫だ。」

彼の助けを得ながら神少将がカッターに乗ったことを確認すると、甲板に居た高橋大将は手馴れた手つきで縄梯子を降り、あっという間にカッターの神少将の隣に乗り込んだ。

「発進させろ。」

高橋大将は、神少将をしっかりとカッターに座らせると、操縦を務めている水兵にそう命令を下した。

水兵がしばらく機械をいじくると、モーターが回り始め、カッターは静かに成田から離れていった。

船から離れ、誰にも聞かれない状況になると、神少将と高橋大将の密談が始まった。

「まずは第一歩だ。」

「兵達は良くやってくれた。だが、すべきことは山ほどある。全てはこれからだ。」

「既に仏印とインドネシアの列強植民地は決起に成功して我々の手の内だ。それに、豪州進攻作戦では植民地軍の破壊工作に乗じた攻撃でダーウィンと周辺地域の制圧を完了した。予定通り、ダーウィンを橋頭堡として南下を開始する。恐らく、2週間もあればアーネムランド全域を制圧できるはずだ。そうなれば、ボルネオ島だけではなく、もうひとつの鉱物資源採掘場を得られる。しかもより広大な物をだ。鉄礬土、鉄、それに……」

最後に高橋大将は1つの単語を呟いたが、その一瞬は呟きだったこととエンジンの駆動音が激しくなったことが重なって聞き取れなかった。

しかし、その呟きも直ぐにまた元の声の大きさに戻った。

「だが、俺には分からんな。火もなくただの石ころが爆発するとはな。昔は火の無いとこに煙立たずと良く言ったものだが、近頃はそうでは無いらしいな。電気で湯が沸くなぞ、火打石で火を付けていた俺の少年時代には考えられん事だったが、科学とやらは偉大だな。凡人の2歩も3歩も先を行く。」

科学を感心するように頷く高橋大将を尻目に、神少将は苦々しそうに呟く。

「下らんよ。その偉大な科学が人類を滅ぼし掛けた。科学なんぞ宛にはならん。」

「それにしても、一体何に使うつもりだ?俺は全く聞かされておらんが、作ったところで格納庫の肥やしにしてしまっては技術者達が腐るぞ。」

神少将は言うか言うまいか考えるようにしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「…………俺の生きている内か……それとも死んだ後かは分からんが、計画の最終段階で必ず使う時が来る。その時までは眠らせておく方が得策だ。」

「………そうか。どうやら、俺の目の黒い内は見ずに済みそうだな。」

しばらく話し合いが続いている内にカッターがようやく桟橋に到着した。

神少将と高橋大将は話を終わらせると、水兵に礼を言ってから陸に上がった。

桟橋には神少将の懐刀である安岡大佐が立っており、その背後には道の両端にずらりと絶え間なく武装した兵が並んでいた。

その背格好はまちまちで、どう考えても民族も掲げていた旗も違っていることは直ぐに分かる。

「総帥陛下並びに海軍元帥閣下に敬礼っ!!」

安岡大佐が叫ぶと、前にならえで並んでいた兵達は一斉に道路の真ん中に体を向け、構え筒の姿勢を取った。

その景色は壮観で、数種の民族と部隊で統率された軍隊が纏まっている姿がそこにはあった。

神少将は彼等に対して敬礼を返しながら桟橋を出ると、予定よりも時間を掛けて目的地に到着した。

そこは、背面にオーエンスタンリー山脈を一望出来る広大な広場だった。

市街地の外れにあるこの広場は普段、ジャングルから採ってきた木材を保管することに使われているのだが、今はさっぱりとした空き地になっている。

そして、その広場の奥には背後に5メートルはある巨大な旗を立てた演説台が建てられていた。

旗は黒が基調で、その中心に白い線が直径2メートルの円を描いていおり、円の中には「独」という漢字がこれまたでかでかと入っていた。

また、演説台には、このご時世ではまだ珍しいマイクロフォンと録音機が置かれており、さらには付近に最新型の撮影機までもが設置されていた。

神少将は、高橋大将と共に演説台に登ると、高橋大将を自分よりも2歩後ろに立たせ、自分はマイクロフォンの前に立つった。

西から昇る太陽がパプア湾を照らし始め、辺りに黄金の光を届ける。

空には海で反射した太陽光によって僅かに残る雲が茜色に染まって幻想的な風景を生み出している。

神少将がそれらに目を極めていると、その間に桟橋からここまでの道のりに並んでいた兵達が広場に整列していった。

神少将は全員が広場に並んだことを確認すると、襟元を正して裏方に居る記録及び、放送担当に演説を始める合図を送った。

これから神少将は、世界中に計画の意義を示すのだ。



 紘鳥艦内の食堂では、航空隊の面々が勢揃いしていた。

航空自らが挙げた大戦果を祝うために、戦闘が終わった午前3時辺りからどんちゃん騒ぎを続けていたのだ。

そのため、机から床まで至る所に空の一升瓶がごろごろと散らばっていて、足の踏み場に困るほどだった。

しかし、酔って頭を冷やしている者が居ても、夜間戦闘と飲酒の睡魔に敗れて寝ている者は誰一人として居なかった。

それも全て、これから始まる放送の為である。

「うう………頭が痛い。雨、酒をくれないか。」

二日酔いでじんじんと痛む頭を擦りながら左隣に立っている雨に話し掛けると、右隣で水を飲んでいた学が肩を竦めて、

「兵長、呂律が悪過ぎて何を言ってんのかさっぱりわからねえぞ。」

「うるせぇっ!………文句あるかぁ…………うぅ………頭に響く………」

「お前、本当に酔ってるな。袋は要るか?………おい、雨。酒なんか持ってくるな。水だ、水持ってこい。酔いを醒ますにゃそれが一番だ。」

せっかく雨が隣の机から持ってきてくれた中身の入っている一升瓶を奪い取ると、自分が飲んでいたやかんの水を茶碗に汲んで寄越してきた。

「おい、酒じゃねえぞ。」

思わずそれを突っぱねると、いきなりバシンという衝撃が後頭部に走った。

「いいから飲め。また酒なんか飲んだら余計酷くなるぞ。」

学がそう言ったのを聞いて、ようやく学に叩かれたのだと気付いた。

「良いじゃねえか。なあ、雨。」

酒の勢いからか何故かそれが悔しくなって、反対側に居る雨に話し掛けたが、雨にも素っ気なく否定されてしまった。

「そうかい、分かったよ。飲めばいいんだろ。」

「全く、兵長は酒癖が悪いよな。頼むから暴れるのだけは止めてくれよ。」

いじけて茶碗の中の水を飲んでいる中、学のその言葉だけが鮮明に耳に聞こえた。

丁度、茶碗の水を飲み終わった頃合いに、今まで電波が届かなくてうんともすんとも言わなかった上座の方に置いてあるラジオがポーンと鳴って、7時の時報を告げた。

そして、それを皮切りにラジオからジーとかザーとか雑音が鳴り始めた。

動いていなかった機械が急に変な音をたてるというのは不気味だが、前もって決められていた通り、席から立ち上がろうとした。

けれども、酔いのせいかふらふらしていて足になかなか力が入らない。

両掌を机に押し当てて、それを支えに踏ん張るが、どうもガクガクと震えてしまって頼りない。

「何やってるんだよ。早くたて。」

学に手を貸してもらってようやく立ち上がることができた。

今日は本当に酔ってるな。

先程よりは吐き気はしなくなったが、頭の痛みがその分だけ強くなってしまっていた。

頭を押さえていると、どこから持ってきたのか雨が手に収まる位の長方形の箱を見せてきた。

「正露丸要りますか?」

「それは船酔い、こっちは酒酔いだ。効くわけがないだろう。」

そんなことも分かんないのか?

頭が余計に痛くなりそうな呆けをやられたので、つい語尾を荒げてしまったが、雨は気にする様子もなく不思議そうに首を傾げた。

「どうしてです?箱に飲み過ぎの時にと書いていますよ。」

「そんな馬鹿な。」

驚いて雨から正露丸の箱を受け取り、少しぼやける目をこすりつつ側面に書かれている注意書をよく見てみると、確かに使用方法の欄の3番目に酒の飲み過ぎ云々と書かれていた。

「感染病から酔い止めやら腹痛まで何でもございだな。臭いだけの効果はあるってことか。…………済まないな雨。俺が間違ってた。」

「そうです。兵長が間違えていたんですよ。学習してください。」

「分かった分かった。」

早速、箱を引っくり返すと、中に入っていた小さな薬瓶がころんと机の上に転がりでた。

持っていた箱を机の上に捨てて、机の上を転がっていく薬瓶を拾うと、その口を捻った。

何とも言えないくさい臭いが漂ってくる。

思わず顔をしかめた。

「この臭いさえどうにかなればいいんだけどな。」

「そんなこと気にすんなよ。」

ぼやきながら黒い丸薬を一粒手のひらにのせると、急いで瓶の蓋を閉めて箱の中に仕舞い直した。

臭いで迷惑が掛かっていないか周りを見回して確認してから、さっと口に入れて飲み下す。

味なんて気にしたくもない。

後はじきに良くなるだろうと思い、ピシッと直立したところでようやく演説が始まった。

『私は、独軍国総帥神少将である。』

雑音が混じりながらも、神少将の声は鋭く通っている。

『今、世界は一部の者達によって、崩壊の危機に瀕している。』

静かでありながらもその声からは、重く心に響く何かを感じる。

『過去40年、我々は第三次、そして第四次の2度に渡る大きく、悲惨な戦争を経験した。この2つの大戦は、民が望まぬして起き、三億という途方もない犠牲を出し、数多くの民族を滅ぼして終結した。何故、民が望まぬして戦争が起きたか。その影には資本主義、独占資本の存在がある。人類の9割と、その文明を破壊し尽くした終末戦争から三百年、僅かに残された文明を独占した者達は、死の商人として国家に共生することでその勢力を拡大させた。その中、欧州で起きたのが産業の機械化である。これによって、欧州経済は使役する者と使役される者、すなわち金持ちと労働者に二分された。資本主義の始まりである。無論、金持ちとなったのは国家に寄生し、富を築いた死の商人と、その共存関係にある地位を持つ者達であった。この産業の機械化によって権力を持つ者と持たざる者の格差は広がり、それは貧富の差に繋がるのである。劣悪な環境、長時間に及ぶ重労働に労働者が苦しむのに対して、金持ち共は、労働者が働けば働くほど利益を搾取し、その富を奪ってきたのだ。社会保障など存在せず、ろくに生活することのできない賃金しか労働者は得られず、1パーセントの金持ちが95パーセントの富を有する時代となったのだ。そして、金持ち共は時の権力者と締結して「働けばいつかは報われる」などと嘯き、これらの行為をひた隠しにして来た。その結果、生産物の余剰が起き、デフレーションが欧州経済に蔓延し、労働者の大量失業を招くことになった。失業者対策、余剰物資の処分、デフレーションの建て直し。これに対し、政治家達は何をしたか?全てを片付けることに加え、より良い利潤を求めて亜細亜にその矛先を向けたのだ。これが、第三次大戦が引き起こされた原因である。四年も続いたこの戦争は欧州経済に戦争需要を恵み、労働者の失業率は過去最低にまで下がった。しかし、それは亜細亜民族の犠牲の上に立ったものであり、大戦が終結すると直ぐに破局を迎えることになる。』



 『第三次大戦が終結すると共に好景気は消滅し、全世界に不況の嵐が吹き荒れることになる。白人の労働者よりも低賃金で働かせることの出来る植民地に企業が挙って工場を建て始めたことで、欧州に産業の空洞化が起こり………』

「俺の親父が叔父のつてを頼ってアメリカに一家移住したのも大体この時期だったな。4か5の時だったはずだ。」

「この時期はゴールドラッシュでアメリカかアフリカかで一山当てようと言ったキャッチフレーズが横行しましたからね。自分も幼かったですが、よく覚えています。」

「そうなのか。」

軍医の反対を押しきって艦橋に戻ってきていたフライターは丁度、ラジオから流れてきたこの演説を聞いていた。

無論、先程相槌を打ったのは、エドワード大佐だ。

「俺の親父は、ゴールドラッシュで西海岸が賑わっている間に土地を買い占めて大儲けしたんだが、エドワード、お前の所はどうだったんだ?」

フライターが話題を振ると、肩を竦めて、

「可もなく不可もなくと言ったところです。ゴールドラッシュだかオイルダラーか知りませんが、あるかどうか、有ったとしてもどれ程の量か分からない物に人生を掛けるのは馬鹿か一攫千金を狙う身も心も貧乏な人ですよ。金なんて需要は有っても売りたい人は山ほど居ますからね。掘り出した所で買い叩かれるのが落ちだったでしょう。まあ、私の家はゴールドラッシュに乗じた貿易で相当に儲けさせてもらったそうですが。」

言うまでもないだろうが、アメリカ軍の士官の大半は貴族、資産家、地主で占められている。

その最たる理由は、士官学校の授業料の高さである。

全課程を修了するまでに掛かる授業料は、海軍の場合1万ドルだ。

平均年収が500ドルで、その日の暮らしもままにならない労働者階級には到底払えたものではない。

大独逸帝国の様に国が負担するならまだしも、我が国では援助金など一切出さない。

劣悪な環境で生まれた日陰者に金を掛けるくらいなら、金を持ってくる上、やる気のある金持ちの息子達を育てる方が合衆国の為になると考えているからだ。

やくざに金を掛けて教育をしなければならないほど合衆国は落ちぶれてはいない。

だが、偏見が相当に含まれているにせよ、この演説はかなりまずい。

世界経済は、恐慌を乗り越えたとは言え、未だに第四次大戦後の不況の荒波に揉まれている。

我々が、マリアナに進出することになった要因にも、一重に不景気の打破が挙げられる。

最近、国内で広がる孤立主義と、賃上げのストライキが活発になってきているのだ。

その理由としては、人々の生活に余裕が出てきた事が挙げられる。

戦後直ぐの大恐慌においては、人々が手に職を求めてさまよっていた時代だったため、余程の低賃金でもさしたる動乱は起きなかった。

しかし、経済が安定に向かえば、人民が豊かな生活を求めるようになるのは当たり前だろう。

すると、人々の目は政治に向くことになる。

これは、権力を持つ者に取って山場だ。

どの時代においても、議会制民主主義を唱える国家では、大事に直面している際に政変が起きるという事はまずない。

大体、一段落着いて無能でも対処できる程に事態が終息した頃に起きる。

何故か。

人々は余裕が出来始めると、どうして苦しい生活を送るはめになったのか、つまり、原因と憎悪の矛先を向ける相手を欲するようになる。

これらの矛先を国家の最高権力者に向けさせるのは、野党だ。

マスコミにキャンペーンを張らせるのだ。

別に細やかな事でも良い。

選挙で裏金を使ったか。

最早、選挙で裏金を使うなど暗黙の了解だが、政治不安が起きている時には意外とこれが効く。

全体像が分からないにしても、一部情報を流せば後はマスコミが勝手にスキャンダルとして騒ぎ立ててくれる。

後は、スキャンダルの火が消える前に段々とペースを早めて不祥事をばらしていくことだ。

それと共に、最高権力者の人格非難を行う。

「こうこうこういう人格の人物だったから、今回の災厄を阻止できなかった」と言うような、どうしようもないもしもの話を語って人民の支持を削いでいく。

ある程度削いだ所で、期待の新人だとか希望の星だとか言って最高権力者と性格が真反対になるように演技を仕込んだ男を対抗馬に出し、最高権力者から離れていった人心を対抗馬にあつめさせる。

最高権力者がこれに慌てて何かしらの政策を打ち出そうとすれば占めた物だ。

なんと言っても相手が自分で自分の首をしめてくれたのだ。

根回ししてぶち壊せば良い。

これで、政治生命は終わりだ。

例え、何もしなかったとしてもいずれ政権の座から叩き落とされる。

どのみち、生け贄の羊のように為政者は一心に国民の憎悪を背負うことになり、ひっそりと消えることになる。

俺からしてみれば、誰がアメリカの大統領になろうと関係のないことだが、今の大統領はハワイに多額の軍事費を割いてくれている。

政変が起きてしまえば、それが削減されてしまうかもしれない。

それどころか、孤立主義が盛り上がっている今だ。

ハワイを土民に返還して共同自治、なんてことになる可能性もある。

いや、それならまだ良いが、これから一動乱有るというのに政治家の内輪揉めのせいで軍事行動に支障をきたすことになれば、対応が後手に回ってしまう。

本当にまずい時期に起きてしまった災厄だ。

あくまで他人事の様に思いつつ、フライターは黙って演説に耳を傾けることに専念した。

『……第三次大戦の恐慌の煽りを受けた欧州列強は、印度、豪州だけでは市場が足りないと、8年後、再びその矛先を亜細亜へ向けたのである。当時、亡き国王の跡継ぎを巡る親王と大臣の争いに、義勇兵という形で参戦した欧州列強及び日米の連合国は、大臣側に着いた。それに対し、中国王朝と大露帝国は、親王側に着き、王国軍として戦った。これが、第四次大戦の発端となったベトナム戦役の始まりである……』



 ニューギニアから遥か遠く離れた欧州においても、各放送局を経由しない電波塔を用いたゲリラ放送として一斉に放送された。

欧州のほとんどの国では、午後の昼飯時だったこともあり、人々の多くがラジオの前に集まって、この謎とも言える放送を聴取することとなった。

そしてまた、大独逸帝国の帝都ベルリンの一角において、この放送を聴いている男が居た。

『……一年に渡って続いた内戦によって、ベトナム王朝は衰退し、欧州列強に有利な形の合意の元に植民地化された。しかし、死の商人共は、終戦を良しとはしなかった。王国軍に無理難題な要求を突き付け、終戦工作を難航させると、支那大陸へと戦火を拡大させたのである。これを皮切りに、ベトナム戦役は、第四次大戦へと変貌するのだ……』

男は、窓際のラジオから流れる鮮明な神少将の声を背後に聞きながら、机に向かって何かを黙々と書いていた。

男の服装は黒い軍服で、襟元についた階級章と、胸元に下げられた鉄十字勲章、机に立て掛けられた錫杖が、彼の地位の高さを表していた。

それに比べると室内は質素で、床に赤い絨毯が敷かれている以外は執務に使う机と椅子、それに何も掛けられていない洋服掛けがある程度である。

実はこれは、彼が前任者のそれをそのまま引き継いだだけで、望んでやっているわけではないのだが、色々とあってこのままになっている。

しばらくして男はペンを止めると、背もたれに寄り掛かった楽な姿勢で、机の前で黙って立っている中年の男を見上げた。

中年の男も同じような体格に黒い軍服を纏い、鉄十字勲章を胸から下げているため、端から見れば同一人物に見えなくもないが、腰の後ろで組んでいる人一倍巨大な拳がそれを否定している。

「…………ついに、始まったな。マイジンガー。」

座っている男が話を切り出すと、マイジンガーと呼ばれた中年の男は感慨深そうに頷いた。

「予定よりも早い始まりだが、致し方あるまい。米国の動向、ランスの死………予想外の出来事がありすぎた。」

座っている男は、遮るように首を振った。

「今更言ったところでどうしようもない。それは全てが終わった後に話し合おう。………ところで、兵器の調達に関して国防軍のハイデンブルグは何と言っていた。」

無遠慮な発言だったが、マイジンガーは気にする様子もなく口を開いた。

「戦車、戦闘機は間に合っているが、大砲、爆撃機、重火器の2割が準備出来ておらん。弾薬、燃料も3カ月が限度で、その後の事は保証できんとのことだ。第2軍のシュタインベルク元帥と第3軍のノイジンガー元帥は無事だが、西欧に侵攻する第1軍のアイゼンベルク元帥はまずい。」

男はそれを聞くと、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。

「言われなくとも分かっている。ラザール要塞線が突破出来ねば計画の破綻だ。」

「保険を掛けた方が良いのではないのか?」

「保険か……」

マイジンガーの弱気な発言を嘲笑った。

「国家の存亡が掛かっている戦で負けるようなら、俺はそんな民族は絶滅した方が良いと思っている。…………それに、本国に残る兵力は僅か2万だ。保険などを掛けたところでどうにもならん。」

そして、書き終えたのか、机に積み重なって分厚くなった用紙の数々を纏めると、角を揃えてマイジンガーに渡した。

「ハイデンブルグに渡してくれ。緊急の用だと言ってな。」

「分かった。これで失礼する。」

マイジンガーは、それを受け取ると、踵を返して部屋を後にした。

男は、その背中が扉で隠れるまで見届けると、立ち上がって背後の窓に近寄った。

窓からは、人々で賑わっているメインストリートが一望できる。

店には品物が山積みされ、黒塗りの大衆車や、白いトラックが人々の合間を縫って行き交いしている。

この光景から、この街道が20年前、失業者やルンペンで溢れ返り、店という店のことごとくが潰れて野良犬の寝床になっていたなどと誰が信じるだろうか。

いや、信じまい。

それほどこの国は再び豊かになったのだ。

だが、この平和も、いつ途絶えるか分からない。

数年先か、それとも数十年か…………

20年前の第四次大戦では、下手に国際化していたがために恐慌の煽りを受けた。

それは、苛酷なものであったが、こうして発展した姿を見れば越えられないものではなかったと分かる。

だが、今度はどうだろうか?

20年前と比べ、兵器は大きく進歩した。

それと共に、破壊の災禍も強大な物となった。

そして、今度の大戦では、我が国は傍観者でも連合国でもない。

それどころか、戦争を始めた当事国である。

果たして人々は、再びこの平和な時代を迎えることが出来るのだろうか?

男はただそれだけを考えていた。

男は元々計画に反対だった。

戦争の悲惨さを男は知っていたからだ。

戦火で家を焼かれ、着の身着のまま水も食料も無く、明日を見出だすことが出来ずに焼け跡に立ち尽くす人々。

火傷や外傷でボロボロになりがら、もう動かなくなった我が子を抱きすくめて泣き叫ぶ女達。

栄養失調で、動くことも出来ずに禿鷹に啄まれ、蠅に蛆を植え付けられて腐りながら死んでいく子供達。

スパイ狩りの名で行われる数々の虐殺。

農家から次々と食料を略奪し、都市では強姦、殺人が横行する。

第四次大戦は、大義名分を掲げて戦われた戦争だったが、いざ蓋を開けてみれば、古今東西の侵略戦争と何ら変わらなかった。

あの暴力の全てが大独逸帝国内で起こるかも知れないのだ。

これから数年間は続く戦乱。

一体、何十の民族が地上から消え失せるのだろうか。

そして、その中にゲルマン民族が居ないと断言出来る者は居ない。

そこまで考えた所で、男の頬に不自然な笑みが浮かび上がった。

その笑みは、まるで仮面の様に乾いた感情の無いものだった。

一体、何を考えているのか…………

その仮面からは何も感じ取れない。

しかし、それも部屋に呼び鈴が鳴り響くと共に鳴りを潜めた。

男は普段と変わらない表情に戻ると、抑揚した声で入るように指示をした。

その顔には最早、先程の表情の面影すら残っていなかった。



 「…これら二つの大戦は、全て死の商人共の利益となり、第四次大戦後の世界は、第三次大戦後の世界恐慌を遥かに上回る不況を記録した。にも関わらず、社会体制は変わらないまま金持ち共の独占資本による支配が続いている。」

演説は最高潮に達し、神少将の手振りも激しいものとなった。

それに引き込まれ、観覧している兵からもざわめきの音が消えていた。

「今こそ我々は立たねばならないっ!金持ちによって作られた独占資本主義の世界を打ち砕き、新たな世界秩序を築き上げるのだっ!…………これが、我々の決起する理由である。王道楽土…………それが成されることこそ我々の戦いの目的である。数百年もの永き間、人類社会に蔓延った病魔は、徹底的に破砕せねばならないのだっ!!」

神少将の最後の言葉が、しんと静まり返った広場に響き渡る。

そして、それが過ぎ去って行くと、誰が言い始めたのか、

「万歳!!」

の掛け声が兵の間に広がり始めた。

「「「「「万歳!!万歳!!」」」」」

たった数秒で広場全体に広がり、広場の全兵士が口を揃えて叫んでいた。

神少将が、彼等に向けて手を掲げると、まるで英雄を迎え入れる民衆の様に喚声が上がった。

今まさにこの瞬間、独軍国は誕生したのだ。

独軍国演説と後の世に呼ばれるようになるこの演説は、三者三様の思惑を孕みつつ、偽りでも平和だった世界に新しい風を巻き起こすことになった。

そして、それは新たなる戦乱の始まりでもあった。

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