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独軍国の栄光  作者: 加藤 西
大戦の幕開け
6/12

マリアナ沖の戦い(前編)

 「時間だ。…………航空隊発艦用意っ!艦首を風下に向けろっ!」

腕時計を覗いていた石山艦長は、午前零時になると共に凛とした声で指示を出した。

瞬く間に皇鳥の艦橋は騒然とする。

接近する米第三艦隊の撃滅の為に現在、サイパン島沖を航行している皇鳥は、僚艦と共に敵に察知されないよう灯火管制を敷いるので真っ暗で、非常灯の僅かな灯りだけが艦橋の中を照らしていた。

石山艦長の指示を受けた後藤副艦長が、艦内電話で各部署に命令を通達してゆく。

しばらくすると紘鳥は、速度を落とし始めた。

ゆっくりと艦隊から落伍し、波間に漂う。

「航空隊に有線繋げっ!」

石山艦長は、紘鳥が艦隊に影響を出さない距離まで離れた所で艦内電話を格納甲板に繋げさせた。

しばらく呼び出し音が流れた後、出てきたのは若い男の声だった。

『こちらは格納甲板であります。ご用件は…』

「艦長だ。済まんが政に繋いでくれ。恐らく操縦席に居るのだろう。」

『はっ!!艦長!?し、しばらくお待ちくださいっ!!…………少佐っ!!』

事務形式かちこちの声を遮って石山艦長が威圧すると、相手は慌てた様に艦内電話と無線を繋いだ。

『代わった。政だ。』

「政、発艦準備はできたか。」

『ああ、出来ている。射出機に固定するのも終わったし、発動機も温めた。後は艦次第だ。』

思っていた以上に自信げな政少佐の声を聞いて、石山艦長は思わずほっと顔を弛めた。

「もう少し待っていてくれ。あと数分で射出体勢ができる。」

『危険な夜間発艦だからな。失敗らんでくれよ。』

「なに、見る限り誘導灯は大丈夫だし、波も穏やかだ。後は操縦士の腕次第だろう。」

敢えて焚き付けるように言ってやると、政が鼻を鳴らす音が聞こえた。

『俺の部下の腕を疑うのか?まあ、お前がそこまで言うのだから大丈夫なんだろうな。』

一瞬、不敵に笑う政の顔が目の前に現れたような気がした。

…………やはり、政は変わらんな。

自然と顔に笑みが溢れた。

どれ程の危険があったとしても全く動じず、ずっしりと構えている。

政と初めて会った時はまだ「日の丸の政」の名が世に知られる前だったが、あの頃からちっとも変わっていない。

共に居ると、自分も若い頃に戻ったかのような気がしてくる。

「任せておけ。」

そういった沸々と込み上げてくる物を一言に集約してそれだけ言うと艦内電話を切り、風上に向かって艦を後進させるよう命令を出した。


 航空機を発艦させるだけで何故このような不可解な行動をするのかと思うことだろう。

これは全て射出機の出力が弱いからである。

紘鳥の飛行甲板は二百数十メートル弱と、正規空母よりも僅かに長い程度なので、普通の艦載機を飛ばす分には何ら問題はない。

しかし、紘鳥が搭載している機体は、従来のレシプロ機よりも遥かに重いジェット機である。

レシプロ機と同じように飛ばそうとすれば間違いなく墜ちる。

こんなことは子供でも分かることだが、これを解決することは難しい。

解決法としては、飛行甲板を延長して滑走距離を稼ぐことが直ぐに浮かぶが、航空戦艦の弱点と言える装甲板の薄い飛行甲板を広げることは自殺行為でしかない。

………と言うより、これ以上飛行甲板を広げると、この艦の戦術である「航空隊で敵航空戦力を排除しつつ敵艦隊に接近し、敵艦隊の射程圏外から一方的に叩く」に必要不可欠である60センチ砲の搭載が困難になる。

あくまで航空はおまけなのだ。

そんなものの為に最も大切な打撃力を失う位なら、皇鳥を完全な戦艦として造って、随伴艦として巨大空母を造ってしまえば良い。

その為、どうしても飛行甲板を伸ばすことが出来なかった。

ならば、どうするか?

飛行甲板が短くても済むようにすれば良い。

航空甲板が長くなるのは、最低離陸速度に達するまでに時間が掛かるからだ。

だったら、加速度を上げれば良い。

そういった考えで産み出されたのが射出機だ。

簡単に原理を説明すると、機関室のボイラーで生み出された蒸気を圧縮し、その圧縮した空気を持って戦闘機を打ち出すというものだ。

画期的な装置であるが、いざ開発してみると配管の耐久性等に問題があり、出力が予定よりも弱くなってしまった。

それが発覚したのはまさかの出港3か月前。

それからしばらくして改良型の開発が始まり、どうにか完成したものの到底竣工に間に合わず、出港時に搭載していた射出機は改良前の物だった。

まあ、H1を飛ばせないことも無いだろうが、ただでさえ技量の必要な空母離着艦をこなさないといけないの上に、さらにこんな重圧が操縦士に掛かるのだ。

これをどうにか軽減出来ないかと政少佐が考えた結果、風上に向かって飛ばせばより揚力を得るので少しは距離を稼げるとの結論が出た為、離艦の度にこの様な不恰好な行動をするようになったのだ。


 政は、紘鳥が風上に向かって後進を始めた事を肌で感じると、直ちに各部署の隊員達に発進命令を通達した。

射出機に固定されたH1のエンジンに火が入る。

「大介っ!先達を頼むぞっ!!」

『少佐っ!任せてください。必ず艦隊の真正面まで案内します。』

操縦士は政にそれだけ言い残すと、凄まじい加速と共に暗黒の夜空に飛び立った。

続けて、並んで設置されているもう片方の射出機から二番機が飛び立つ。

すると、その衝撃に備えて甲板に張り付いていた整備員達が一斉に動き出した。

整備員達は、空いた射出機まで後方に待機中だったH1を数人がかりで移動させると、外れないよう厳重に固定し、それと同時に、空いた飛行甲板には昇降機で格納甲板から上がってきた爆装済みのH1を並べた。

そして、その中の一人が、今まさに飛び立とうと射出機に運ばれた政の機体に駆け寄って来た。


 政は、飛ばすためにスロットルをひねろうと手を伸ばした時に、唐突に風防を叩かれた。

誰かと思い、顔を向けると富岡隼人少尉だった。

「少佐っ!赤外線暗視装置の調子はどうですか?」

鈍いエンジンの駆動音でよく聞き取れないが、何を聞いてきたのかは直ぐに察しがつく。

「重いな。改良が必要だぞ、これは。」

そう言って、鉄帽の鐔に付いた双眼鏡の形をした物をつついた。

それからはコードが延びていて、操縦席の後ろに置かれたバッテリーに接続されていた。

「それに、敵は目で見て対応するのではない。感覚で察するものだ。作った奴はそれが分かっておらん。」

戦争を生き抜いた経験からそう言ったが、富岡少尉は神妙そうに頷くだけだった。

しかし、その視線は、まるで老人を見るかのような冷たいものだった。

全く………時代は変わるものだ。

思わず苦笑してしまう。

かつては当たり前で通じた事が、今ではいんちき御札売りの戯言のように馬鹿にされる。

一体いつからこうも変わってしまったのだろうか………

少しばかり哀愁を感じたが、静かに否定した。

ふん、こんなことを考えるようになるとは俺も老いたな…………

過ぎ去った物は取り返せんし、今はそんなことに浸れている暇はない。

気を取り直すと、目の前に鎮座している操縦棒を握り締めた。

既に乗機の射出機固定は終わっている。

後は飛び立つのを待つだけだ。

富岡少尉も、発進間際になったので「御武運を」とだけ言うと、速やかに機体から離れていった。

さあ、いくぞっ!

左腕で風防を閉じ、スロットルをひねる。

途端、エンジンから聞こえてくる音も震動もぐんと大きくなった。

前を向くと、甲板員が飛び立つ合図をはじめた。

加速に耐えるためにぐっと全身に力を入れる。

甲板員が0の合図をした瞬間。

レシプロ機と比べものにならない爆発的な加速でH1は飛行甲板を進み始めた。

まるで、加速に身体を置いて行かれるような感覚だ。

100……150……200……

飛行甲板の滑走路でH1はどんどんと速度をつけていく。

そして、飛行甲板があと数メートルで終わるというところで操縦棒を引いた。

すると、僅かに海面近くまで落ち込んだ後、ぐっという浮遊感と共にH1は飛び立った。

「成功だ。」

夜間発艦は経験が無かったが、どうにか上手くいったようだ。

素早く車輪を引っ込めると、先行する僚機の元へと機体をもって行く。

目指すは米第三艦隊だ。




 一方その頃、狙われた米第三艦隊では、傍受した謎の暗号化された無電から何かが起こり始めたことを察知しつつあった。


「提督、提督っ!」

上陸を明日に備えて、ぐっすりと眠っていた米第三艦隊司令フライター中将はドアを叩く音で目を覚ました。

もう朝か………?

ゆっくりとベッドから上半身を起こすと、暗い室内を見回す。………………いや、違うな。

壁に掛けられていた置時計が零時を告げている。

まだ覚醒していない頭で夜中である事を確認すると共に、真夜中に起こした者に対して苛立ちを感じた。

艦長に後を任せ、就寝してからまだ2時間すら経っていない。

輸送船団がはぐれでもしたのか?

「……………こんな時間に何事だ。」

未だに呼びかけてくる伝令に応答する。

我ながらに少し不機嫌な声だった。

「至急、艦橋にお出で下さい。」

それでも相手は淡々とした口調でそう返事を返した……………………いや、待て。

どう考えたとしても、返事がおかしくなかったか?

「俺は何事だと聞いているんだ。」

少しいぶかしんで尋ねてみると、しばらくの間の後。

「異常事態です。」

「どうしたのだ……季節外れの台風か?」

「いえ、そういった類いではありません。……とにかく至急、艦橋にお出でください。」

……………どうも要領を得ないが、伝令の言葉からは得たいの知れない一抹の不安を感じる。

怪しいが、何かが起こったというのは事実なのだろう。

ならば、艦長に任せておいてよいことではない。

「…………分かった。少し待っていろ。」

しばらく考えて一言それだけ言ってから、ベッドから起き上がる。

4月とは言え深夜だ。

部屋に漂っている冷気が眠気でぼやけていた頭を冴えさせる。

軽く肩を回してから側の壁に立て掛けられていた軍服を無造作に着込み、ベッドサイドの台に置いていた軍帽を被った。

そして、そのままベッドの反対側の壁に設置された鏡に向かってしばし服装を整える。

ボタンを止めて袖口を伸ばす。

その後、少し弛んだ襟元を正してぴったりと体に合わせる。

そしてそれを終えると、少々両足を広げて軍帽の鐔を左手で押さえつつ右腕を腰に当てた。


 これは、彼が服装を正す時に必ず行う行為で、本人はこれを格好良いと思って疑っていない。

顔は悪くなく、頭も切れる、少将という階級にしては30代後半という若さ、貴族出身で家柄も良いという彼が独身なのは、こういった珍奇な性格故だと艦隊では噂されているのだが………


鏡を見て、だらしのない所がないかを確認する。

……………まあ、こんなものだろう。

「提督、提督?」

ふっと笑みを浮かべていると、痺れを切らせたのか、再び伝令が扉を叩き始めた。

時計を見ると、既に2分も経ってしまっていた。

「済まない。直ぐ行く。」

流石にこれ以上待たせるわけにはいかないので、ポーズを解くと早々に部屋を出た。

「それで異常事態とは何だ。」

「オーストラリア方面並びにその付近から謎の通信が立て続けに傍受されています。」

扉に鍵を掛けてから目の前で敬礼をしている伝令と共に艦橋に向かう。

「謎の通信とはどういうことだ。オーストラリア方面ならばアンドリューの艦隊か、英軍ではないのか?」

英軍が極秘裏に何かをしようと企んでいるのなら、暗号を使っているのも納得できる。

「いえ、未知の暗号を使った通信です。英軍が新たな暗号を作ったとは考えられませんし、アンドリュー艦隊は使う意味がありません。」

「そうだな………」

確かにそうなのだが、では何だと言うのだ?

この不安が現実の物にならなければいいが………

そうこう考えている内に、艦橋に辿り着いた。

第三艦隊の旗艦であるランドルフの艦橋は真夜中にも関わらず騒然としていて、兵員達は右往左往していた。

その中、艦長のエドワード大佐がこちらに気付き、敬礼を掛ける。

「司令。御疲れのところ申し訳ありません。」

「仕方ないだろう。非常時に司令が居ないとなっては責任沙汰になる。それよりも暗号の方はどうなっている。」

「はっ!現在、無線部に回して暗号解読に努めていますが、何しろ未知の暗号ですので、一向に解読できそうにありません。」

「どこの物か見当もつかないのか?」

私がいつもと同じように定位置である伝声管の前に固定された椅子に腰を下ろすと、エドワード艦長は現状報告を始めた。

「今までに傍受した暗号は9本。どれも羅列がばらばらで、通信士が言うには、昨今ドイツで開発中と言われているゲハイム式暗号ではないかということです。」

「タイプを打つごとに対応する数字が変わるというアレか。」

「はい。ですから現状では情報量が少なすぎて解読は困難を極めています。」

遺憾ながらという顔をしてエドワード艦長は首を振った。

だが、どう考えてもふざけた冗談だ。

「そんなわけがないだろう。この太平洋……いや、インド洋、アジアにすらドイツは居ない。しかも、それは軍備増強を進めている国全党のデマだろう。」

「ではフランスでしょうか。」

「さあな。しかし、例えフランスだったとしても距離からしてアンドリューの管轄だろう。それに、ここまで届く電波だ。無電を打たなくとも彼の方で察知して調査するはずだ。我々の優先事項は、上陸作戦の為に輸送船団を無事にマリアナに送り届ける事と、上陸の支援を行う事だ。余計な行動を取れば返って見つかる事になる。そうなれば……………分かるな?」

私も君もここに居る全員が揃って軍法会議に送られることになる。

いや、作戦自体を無かったことにする為に交通事故か病で秘密裏に殺されるかもしれない。

少なくとも、この優秀な艦から引きずり下ろされるのは間違いない。

「………分かりました。」

艦長にしては珍しく歯切れ悪そうに頷く。

あくまで我々の作戦は、極秘の物だ。

国は我々の弁護は一切しないだろう。

そう思いながら窓から見える暗黒の海を見ていると、まるでその底に艦隊を飲み込もうと口を広げた化け物を孕んでいるような気がしてくる。

既に上陸目標であるサイパン島までは50海里。

夜明けと共に攻撃隊を飛ばすとして、上陸部隊の展開はその3時間後。

半年前の調査によると、サイパン島の土民は15000。

守備隊も2000足らずで、我々の20000を下回っている。

これは充分に上陸戦の法則を満たしている。

敵の抵抗にもよるが、今日の昼頃までには橋頭堡を築きあげて粗方の制圧を終わらせていることだろう。

しかし裏を返すと、この間は何があったとしても輸送船団を守り抜かなければならない。

サイパン島にはアスリート飛行場がある。

ここの稼働機体は20機だと言うが、これに加えてテニアン島、グアム島に合わせて鷹が30機程が存在するらしい。

我々の艦隊の戦闘機は、F7160機。

160対50なのだから圧勝と言いたい所だが、相手は最新鋭の機体だ。

政府は、極東の黄色い猿の作った飛行機なぞ、飛ぶことで精一杯でとても戦える物ではないと言っているが、私は全くそう思わない。

と言うよりも、彼等は実物を見ずにこれまでの日本の戦闘機開発の歴史から分析してそう言っているのだ。

とても正常な判断とは思えない。

技術とは、確かに積み重ねてゆく物だが、それには革新が付き物だ。

昨日、一昨日の歩みと、今日、明日の歩みは決して同じではないのだ。

それを果たして中央は理解しているのか?

まあ、確かにどれだけ優れていようが、数で攻めれば勝てるだろうが……………

気苦労が絶えないな。

当直の兵に眠気覚ましのコーヒーを持ってくるよう命じる。

もうベッドに戻る気は全く起きなかった。

ただひたすらに椅子に腰掛けて窓の外を見つめる。

暗黒の海は不気味な程に静かで、全く時を感じさせない。

しばらくじっと座っていると、給仕が湯気の立ったカップを持ってきた。

「司令、どうぞ。」

「こんな遅い時間に済まない。」

「明日の朝食の仕込みをしていたので、気分転換に注がせてもらいました。」

「そうか。君達の作る食事が我が艦の活力になる。明日は厳しい1日になるだろうから、朝食はとびきり温かくて旨い物を頼む。」

「ご期待に添えるよう尽力を尽くします。」

給仕から熱いコーヒーと共に、添えてあったビスケットを受け取ると、早速それを口の中に入れてコーヒーで流し込んだ。

家では作法、作法とうるさく言われるだろうが、何しろここは私の艦隊だ。

私の好きなように振る舞える。

戦闘機と自由。

子供の頃からずっと憧れていた物だ。

軍隊に入って、その全てが手に入った。

実家の束縛を受けること無く、戦闘機開発ができ、その傍ら飛ばす事が出来るし、日常茶飯事だった貴族同士の腹の探りあいも謀略もここでは存在せず、信頼できる部下達が支えてくれている。

まさに、此処こそが私の求めていた場所なのだろう。

にやりと微笑んで窓から夜空を眺めた時、キラリと何かが光ったような気がした。

何だ、幻覚か?

持っていたカップを机の上に置いて、左手で目を押さえる。

まだ寝惚けているんだろうか?

少し経ってから再び夜空を見ようとした時。

「レーダーに反応っ!?正面ですっ!!」

「何っ!?」

突如、CICから怒声が鳴り響いた。

慌てて席から身を乗り出した瞬間。

爆発音と共に艦隊の先頭を航行していた駆逐艦に火柱が上がった。

瞬く間に周辺の水面が真っ赤に染まる。

敵襲だっ!

そう叫ぶ間もなく、駆逐艦は艦橋辺りを境に真っ二つに裂けて轟沈した。

後には何も残さず、あたかも最初から駆逐艦が存在しなかったかのように暗い波間が包み込む。

まるで、その悪夢の様な光景に茫然としてしまったが、恐らくそれは私だけではなかっただろう。

艦橋を沈黙が包んでいた。

しかし、その沈黙も、立て続けに駆逐艦隊に起こった爆発によって遮られた。

「艦の照明を消せっ!!狙われるぞっ!!」

はっと正気に戻ると、直ちに対空の準備を命じる。

しかし、この暗闇の中、めくら打ちをしたところで敵に場所を覚られるのが関の山だ。

それに、軍隊と言えど、不意打ちを喰らって直ぐに動けるほど有能な物ではない。

「甲板の艦載機を投棄しろっ!やられるぞっ!」

辛うじて、この艦の照明を消せた所で次の爆発が、前方の軽巡洋艦から起きた。

「アーカンソーがやられたっ!!」

艦橋の誰かが叫ぶのとほぼ同時に軽巡洋艦を越えて1機の航空機が、火炎をバックにこの艦に突入してきた。



 「あれだな。」

大野中尉の先導に添って爆撃隊の先頭に居た政は、艦隊のど真ん中で一段と目立つ旗艦ランドルフを発見すると、操縦桿を横に倒して機体の正面に据えた。

ランドルフの飛行甲板には二十を越える艦載機が、翼を折り曲げて並んでおり、一機として直ぐさま飛び立てる物は存在しない。

明らかに油断していたということが分かる光景だった。

政はそれを確認すると、機関砲の照準をランドルフの飛行甲板に合わせ、雄叫びと共に引き金を引いた。

ランドルフの灯りが消えたが、もう遅い。

機体から大小合わせて10もの火線が飛び出し、それらは口径に応じた放物線を描きながらランドルフへと吸い込まれていった。



 フライターは、まるで夢のような光景を見た。

前方のアーカンソーの爆発を背景に、1機の機体が舞い降りてきた。

今までに見たことのない形状をして、白と赤で独特の塗装を施された機体だ。

プロペラもなく、流線型で何でも切り裂くようなフォルムは、美しく、見る者を魅了する。

まるで、今までの航空機を嘲笑うかのような形をしたそれは、無慈悲にも幾重にも及ぶ光の奔流をばらまくと、一瞬にして後方に消えていった。

思わず、機体が消えていった方向に身体を席から仰け反らせて視線を向けてしまった。

勿論、見えるのは艦長の緊迫した顔か、機械の類いだけである。

今のは何だったのか?

しかし、そんなことを考える間もなく窓が割れ、突如として爆発音と強烈な揺れが艦橋に襲い掛かった。

体勢を崩していたフライターは、足を滑らせて強かに床に頭を打ち付けた。

机の上に置いていたカップが落下して割れ、残っていたコーヒーがカップの破片と共に辺りに飛び散る。

その光景を目視した直後に、彼の意識は途絶えた。


 「ダメージコントロールっ!被害状況を報告しろっ!」

エドワード艦長は、レーダーで敵機が去っていった事を確認すると、艦載機が炎上している飛行甲板に通信した。

本来ならこの役目は、この艦隊の司令たるフライター中将がせねばならない事だったが、中将は爆撃のショックで転倒、脳震盪を起こして現在、医務室で治療中だ。

その為、その代理として次に位の高いハーバー少将辺りが就くはずだったが、彼の乗艦している空母ダラスは急降下爆撃によって飛行甲板を貫いた爆弾が格納庫で爆発し、大火災を起こしている。

その次として考えられる戦隊司令の乗る戦艦モンタナは、爆撃で通信機器が故障をきたし、駆逐戦隊は先の爆撃で司令が乗艦する152号が撃沈。

司令は、艦と運命を共にした。

輸送船団に乗船するアイケル司令は少将だが、彼は海兵隊だ。

結果。

現時点で滞りなく指揮を出せる上、最も位が高い人物と考えられた為、彼にお鉢が回ってきた。

そして、彼は刻一刻と届いてくる報告を総合していく内に、段々とその顔色を血の気のない物にし始めていた。

それでも彼は、空襲から30分程の後、参謀達を集めて今後の検討会議を開いていた。


 「空母ダラスが大破、護衛空母ルカニア、パイクピークが撃沈。コリマ、コネリアが中破。戦艦モンタナが小破。重巡洋艦アーリントン、ヒューロンが小破、軽巡洋艦コロラド、アーカンソー、ポートランド、ホノルルが撃沈、リオグランデが中破。駆逐艦は5隻が撃沈、3隻が大破………………事実上、第三艦隊は戦力の半数を消失したことになるな。」

海図を載せた机を囲んでこちらを見ている参謀達に現状で分かっている事を改めて聞かせる。

自分でさえ信じられない悪夢の様な出来事だ。

参謀の中には錯乱している者も居ることだろう。

だからこそ、今一度、しっかりとした状況認識をしなければならない。

「本艦の飛行甲板の鎮火は終わったが、諸君らも知っての通り使用は困難だ。………よって、今現在使える戦闘機はデトロイト並びに護衛空母4隻のF7が70機弱。…………航空参謀。率直に聞きたい。この機数で残存艦隊の防空は可能か?」

航空参謀は、しばらく顔をしかめて押し黙っていたが、やがて首を横に振った。

「………………無理だろう。先程、襲撃してきた敵機はレーダーから見積もっても100機近くは居た。戦術的に見て、敵は少なくとも予備航空戦力を200機は持っていてもおかしくない。」

「そうか。………………航海参謀。大破した艦艇を曳航するとして、どれくらいの速度を出せるか?」

続いて、航空参謀の右隣で最も真剣そうに海図を見ていた男に話し掛ける。

「おおよそ出せて7ノットと言った所でしょう。それも、曳航の準備がありますから、実行は夜明け1時間前までは掛かります。」

「……………………」

彼等の応答を聞いて、考えているように見せるために少し頭を垂れて海図に顔を向けたが……………

最早、結論は出ている。

サイパン島爆撃隊の護衛どころか、艦隊の防空にすら支障をきたすほどに艦載機が目減りしたのだ。

幸い、後方にいたコンボイには被害は出ていないが、護衛がないのなら、引き返さなければ甚大な被害が出るだろう。

しかし、皆それを言い出せないでいる。

それはそうだ。

秘密作戦で大損害を被った上で、何もせずに逃げ帰ってきましたなど、言おうものならここに居る全員の首が飛ぶどころでは済むまい。

かと言って、意地を通してこのままサイパン島に向かえば、今度こそ艦隊の最期だろう。

つまり、誰かが英断を下して事後処理の際に責任の全てを負わねばならない。

……………まさかだとは思うが、戦隊司令は責任を負いたくないが為に通信機機器の破損を……………いや、あの人はそのような事をする御仁ではない。

「…………… 我が第三艦隊は、本日0100をもって、パールハーバーに帰投する。」

しばらく黙ってあれこれと考えていたが結局、思い浮かんだ言葉はこれだけだった。

あまりにも事務的で当たり前な発言だったが、いつもと違う言葉の機微が有ったからか、参謀達に動揺が走った。

…………周りの景色が歪んで見えるのは気のせいだろう。

目から出てくるのは汗だ。

「…………それまでに、航行不能の艦は総員退艦した後、全艦雷撃処分とする。0130迄に退艦を終了させ、0200にはこの海域を離脱する。尚、空母デトロイト並びに戦隊は本時刻を持ってこの海域を離脱し、パールハーバーに帰投せよ。」

言い終えると共に、参謀達は一斉に批判し出した。

「旗艦が離脱しないで撃沈されたらどうするつもりだ!」

「唯一、無傷である空母を離脱させて防空はどうなる!」

しかし、そんなことを聞く必要はない。

きつく両手を握り拳にして、勢いよく机を叩いた。

「時間がないっ!!!」

そして、自分でもよく出せたと思う大声で怒鳴り付けた。

「海域離脱迄の1時間、敵機が襲来しない保障はないっ!そして、敵機が殺到した際、戦隊は役に立つのかっ!?何も出来ずに撃沈されるのが目に見えているだろうっ!フライター陛下の元で働いていたにも関わらず、そんなこともわからんのかっ!?一時の感情に左右される馬鹿共めっ!!」

そこまで罵倒してから、上がってしまった息を戻すために一息ついた。

参謀達を見ると、しばらく放心したように突っ立っているだけだったが、航空参謀が動き始めたのを皮切りに一斉に動き始めた。

各艦に応じて命令が伝達され、損傷した艦に駆逐艦が集まる。

このままいけば、1時半の予定よりも早く退艦は完了するのではないか?

……………しかし………

爆撃を受けて以来、漂流を続けるダラスの鎮火は進んでおらず、割れた窓から見えるダラスの火の気配は全く衰えているように見えない。

既に飛行甲板は火の海で、艦上に聳え立っていた艦橋は折れ曲がり、最早、松明と化していた。

一瞬にして燃え広がったので、艦橋に居たダグラス艦長は逃げる暇は無かったはず……………恐らく、幕僚と共に今もまだ燃え盛る艦橋にいらっしゃるはずだ。

いや、それ以前にダラスには生存者は居るのだろうか?

自分は、爆撃を受けた瞬間は見ていなかったが、最初に起きた爆発は確認した。

急降下爆撃を喰らってしばらくした後に、どす黒い煙を出したと思った途端、火焔がエレベーター穴を押し広げる勢いで噴出したのだ。

その衝撃で飛行甲板は捲れ上がり、艦橋は根元から熱で溶けるように折れ曲がった。

思うに、この最初の爆発は、格納庫に発信待機中だった艦載機の燃料に引火に誘発された航空爆弾の連続爆発であったのだろう。

普通の空母なら、この爆発で艦体が真っ二つに裂けて轟沈しただろうが、ダラスは第四次大戦後の恐慌の煽りを受けて巻き起こった軍縮の風潮で建造中止となった戦艦を、フライター司令の要請によって急遽空母に改装した艦だ。

故に、装甲板の強度は戦艦にも劣らない頑丈な物だ。

だが、それは沈んでいるか浮いているかという違いだけで、艦内は強烈な爆風と火焔に覆われ、ダラスは一瞬にして鉄の棺桶と化したのだろう。

辛うじて罐室は無事だったのか、しばらく微速で前進していたが、それも2度目の爆発で止まった。

2度目の爆発の勢いは初めの爆発よりも弱かったが、何せ爆発したのは燃えにくく消えにくい重油だ。

今の火災も、その全てが重油の炎上による物だろう。

恐らく、最初の爆発を半死半生で生き延びた者達も、火と煙で逃げ場を無くし、燃え上がる重油の熱で焼き殺されただろう。

…………………同じ船乗りとして、目に来るものがある。

目から溢れるそれを拭うと、燃え盛るダラスに対して敬礼をかけた。

お前達の敵は必ず取るぞ。

心の中で静かにそう誓った。

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