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独軍国の栄光  作者: 加藤 西
大戦の幕開け
5/12

計画始動

 「おい、起きろっ!おきないかっ!!」

次の日の朝………と言うより、神少将と別れてから数時間後、誰かの大声が耳元で聞こえたと同時に体を揺さぶられた。

「う、わ、わ、わっ!!」

首ががくがくと揺れて、流石に直ぐに目を覚ました。

「起きたか。」

すると、相手が掴んでいた手を急に放したので、思いっきり後頭部をベッドの柱に打ち付けた。

…………い、痛い………

打ち付けた後頭部を押さえて、誰が起こしてくれたのかとベッドから乗り出して見てみると、学だった。

なので、つい文句を言ってしまう。

「学、もうちょい優しく起こせないもんか?これじゃあ、いつか起きたら三途の川………ってことになりかねない。」

これを聞いた学は、目に見えて不機嫌になった。

「お前の起きるのが遅いから起こしに来てやったのに、その態度はないだろ。せめてお礼くらいいったらどうだ。」

まあ、起こしてくれたんだ、礼くらい言わないとな。

「ああ、ありがとう。」

あんな起こし方さえしなければな!!

流石に後者は口の中に留める。

起こしてくれた相手にそんなことを言ってはいけない。

「最初からそう言やいいんだよ、さっさと食堂行くぞ。」

俺がお礼を言ったことで満足したのか、学は笑いながらそう言うと、部屋を出ていった。

確かにもう午前7時過ぎである。

普通なら朝飯を食っている時間だからな、どう考えても寝過ぎだ。

「兵長、置いてくぞっ!!」

「おお、済まない。」

廊下で待っていた学がしびれを切らせているので、考えを中断すると、慌てて部屋を後にした。



 兵長が起床した頃、一方、艦長室では政少佐と石山艦長が密かに昨日の出来事についてを話し合っていた。

「昨晩、神少将が来ていたのか。」

「ああ、それで俺は第二連合艦隊の第三水上打撃艦隊の提督に命ぜられた。」

「艦隊指令になったと言うことは、晴れて少将に昇格か………ようやくお前にも付きが回ってきたな。」

政少佐は、友の立身に喜びながらも、悔しそうな顔で石山艦長の肩を叩いた。

「気にすることはないだろう。お前とて、二階級特進で大佐になれるんだからな。」

「将軍と将校では天と地ほどの差があるだろう。」

「確かにそうだが、大佐は自由だぞ。何せ、自らの艦を持てる。計画が一段落着いたら俺が上と掛け合って空母か戦艦の艦長にしてやるぞ。」

石山艦長の言葉に政少佐は、自嘲気味に笑った。

「………俺は空の英雄だ。お前とて分かるだろう。英雄は畳の上では死んではいけない。俺は、自分が死ぬときは操縦席の中で孤独に死ぬと決めている。軍艦の艦長になって艦と共に死ぬわけにはいかん。」

「………そうだったな。済まん、愚問だった。」

石山艦長が申し訳なさそうに首を振ると、政少佐は気にしていないと言うかのように肩を竦めた。

「何、気にするな。ところで作戦開始時には艦隊の編成はどうなる?予定通り途中で戦艦6隻と合流するのか?」

「いや、4杯だ。」

「4……?」

政少佐は首を傾げた。

「おかしいな。確か………帝鳥、伊勢、天竜、室戸、佐土、桜島の6隻のはずだが……」

「佐土と桜島の出港が遅れていて作戦の開始には間に合わんらしい。桜島は樺太、佐土は千島………秘密裏に建造するために極地にドックを置いたのが裏目に出たな。」

「大丈夫なのか?本来、この艦と佐土、桜島の3隻が三段構えの攻撃をした後に戦艦隊が突入して敵艦隊を殲滅する予定なんだぞ。」

「その事だが、リヒトフェーフォン大佐が何機か爆撃機を寄越してくれるらしい。…………確かこれか………」

石山艦長は、机の引きだしから数枚の資料を取り出すと、そのまま政少佐に手渡した。

政少佐は受け取ると、無造作にめくっていった。

「フルークアルテ32が35機、クルップのフォーゲル25が40機………たいしたものだな。よくもまあ、新型機をこれだけ融通出来たものだ。」

政少佐はその内容に嘆の声をあげた。

「何せ、あの「東欧の巨人」だからな。恐らく、相当裏で手を回したんだろう……………どうだ、できるか?」

「ああ、これだけあれば充分に佐土、桜島の穴を埋められる。リヒトフェーフォン大佐には礼の電報でも打ちたいところだ。」

「そうか、それは良かった。」

政少佐の満足そうな反応に、石山艦長はほっとしたのか、にこやかに笑う。

…が、しばらくして首を傾げた。

「だが…」

「だが?だが何だと言うのだ?」

「いや何だ、こんなことは神少将が直々に言うものだと思っていたんだがな。昨日、お前の所に神少将は来なかったのか?」

それを聞いて政少佐は、紙をめくるのを止めて苦笑した。

「神少将が来ていたならお前に言われんでも知っているはずだろう。」

「それもそうか。」

顎に手を当てて考える仕草を始めた石山艦長を見て、政少佐も首を傾げた。

「何だ、何かあったのか?」

「何、神少将は、もう一件用事があると言ってそのまま出ていったんでな。てっきり、お前の所に行っているものだと思っていた。」

それを聞いた政少佐は、昨晩の事を思い出そうとするかのように額を押さえたが、やがて首を振った。

「いや、間違いなく昨日は誰も来なかった。」

「…………そうか。」

宛てが外れたのか、石山艦長は少し肩を落とした。

「まあ、俺でないのなら、ラインハルトあたりだ……!?」

慰めるように、助言をした政少佐だったが、突然、背後に視線を変えた。

「どうしたんだ。」

石山艦長は、政少佐の変な行動に気づいたのか、政少佐の視線の先を辿った。

執務席に座っている石山艦長に向かっている政少佐の背後なのだから、どう考えても視線の先には扉しかない。

と、唐突に、その扉が開いた。

「失礼します。乗組員全い…」

入ってきたのは、この艦の副艦長である後藤中佐だった。

恐らく、出港準備ができたので、石山艦長に艦橋に来るように言いに来たのだろう。

しかし、自分から見れば何故か居る政少佐に、いきなり睨み付けられたので、完全に固まってしまった。

政少佐は、入ってきた人物が副艦長と分かると、石山艦長に向き直る。

「どうやら、お前に用があるようだな。俺は作戦を練らんといかんから、これで失礼する。……この資料は貰っていくぞ。」

「ああ……だが、無くすなよ。1部しかないからな。」

「無論だ。」

それだけ言い残すと、政少佐は入口に立っている後藤副艦長を押し退けて部屋から出ていった。

扉が閉まると、それまで固まっていた後藤副艦長が、ようやく石山艦長の前にやって来た。

「艦長、食糧、弾薬、燃料の積み込み及び、全乗組員の乗船が完了しました。ですから、予定通り1100時に出港します。艦橋に来てください。」

「分かった。直ぐに行こう。」

まるで政少佐を見なかったかのように後藤副艦長は、敬礼をすると、無造作に乗員名簿と積み荷の一覧表を机の上に置いた。

石山艦長は、それらを机の引き出しにしまうと、厳重に鍵を掛け…………

と、その時、石山艦長の動きが止まった。

視線の先は、引き出しの中にしまい込まれていた写真立てだった。

その写真立てに入っている写真には、海軍兵学校を背景に、若き石山艦長と共に数人の士官が一列に並んでいるのが写っていた。

写真にある所々の染みや、くすんだ痕が、如何に古いかを感じさせる。

「艦長?」

突然、動きを止めた石山艦長をいぶかしんだのか、後藤副艦長は声を掛けた。

「……………済まんが、しばらく外で待っていてくれ。」

しかし、石山艦長は、そんな後藤副艦長をあしらうと、そのまま部屋の外へと追いやってしまった。

「……………………」

扉を閉まった音が艦長室に響き渡る。

石山艦長は、それを聞き届けると、その写真立てを手に取った。

よく見ると、その写真には¨41年3月31日江田島海軍士官学校¨と書かれている。

「………………………」

石山艦長は、ただじっとそれを見つめていた。

その表情からは何を思っているのか感じ取れない。

だがやがて、写真立てを元の場所に戻すと、帽子掛けに掛けていた軍帽を被り、艦長室を後にした。



 けたたましい汽笛が辺りに響き渡ると、紘鳥はその巨体をゆっくりと船渠から出港させた。

昨日よりも強い潮の匂いが鼻につく。

朝飯を食べた後に、飛行甲板に上った俺は、改めてこの艦の雄大さを感じていた。

これだけの鉄の塊が海に浮かぶとは驚きでしかない。

一体、どのような設計で作られているのか、設計者に聞いてみたいものだ……

「兵長、ここに居たんですか。」

段々と離れていく秘密船渠を見つめていると、1人の整備員が飛行甲板に上がってきた。

「雨か……」

「学が探していましたよ。」

雨はそう言うと、俺の隣に立って、同じように離れていく景色を眺める。

「済まないな、これで日本も見納めかもしれないと思ってな。」

「そんなことを言っていると政少佐に怒鳴られますよ。」

雨は冗談のように軽く言う。

「分かってる。たとえ、国賊と罵られようが、いつかは帰ってこられるさ。」

「英雄として、ですかね。」

「さあな、夢幻と消えるかも知れないからな。」

「………いつもと違って悲観的です。何か有ったんですか。」

流石に違和感を覚えたのか、俺の表情を伺いながら話し掛けてきた。

「何、未練がましい事はさっさと吐き出しちまおうと思ってな。お前もさっさと吐き出した方が良いぞ。」

大したことでもないので、あっさりと答えてやると、途端に雨は首を傾げた。

………そんなに分からない事だろうか?

大して表情が変わらんから何を考えているのか全く分からない。

そして、雨はその体勢で動きを止めた。

無論、表情の変化は全くない。

全く、俺の方が首を傾げたいところだ。

それでも何か言うんじゃないかと辛抱強く雨を見続ける。

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「………………自分には有りません。」

それが雨の答えだった。

先程と変わっていないようにも見えるが、僅かながらその顔からは哀愁が感じ取れた。

「そんなことはないだろう。人間、生きているんなら1つや2つ悩みがあるはずだ。」

それをぬぐい去ろうと明るく声を掛けてみたが、何故か雨の雰囲気が余計に暗くなった。

「人間誰もが、ですか………」

なんとか励まそうと頑張って言葉を続ける。

「でなけりゃ真夜中にわざわざ108回も鐘を叩く通りはないだろう。第一、最近の住宅事情を考えたら近所迷惑なだけだ。」

「住宅事情………?」

と、その時、俺の言ったことに反応した。

「そういえば、一週間前に日比谷で大規模なデモが行われたそうですよ。」

「で、デモ?……デモクラシーのことか?日本は充分過ぎて寡黙政治になりかけていると思うんだが?」

あまりに関係のない切り返しに動揺してしまう。

…………こいつ一体、何を考えているんだ?

しかし、俺の思っていることとは裏腹に、雨はどんどんと話を進めていく。

「いえ、デモと言ってもデモンストレーションの方です。」

「デモンストレイション?……………悪魔の知り合いかなにかか?」

英語がからっきしの俺にそんな言葉を言っても伝わるわけがないだろう。

「街頭行進のことです。」

流石の雨も、話の腰を折って教えてくれた。

「はあ、街頭行進。」

「はい。最近、地方の領土からの移民が増えてきているじゃないですか。」

「そうなのか?外人なんて見かけないけどな。」

「そんなことはないですが……それはいいとして、日本人よりも安く働く移民は、企業からしてみれば欲しい労働力じゃないですか。」

「そうか?言葉が通じないから厳しいと思うんだが………まあ、確かに労働者からすればたまったもんじゃないか。」

「それに対して政府は何も対策をせず、黙認しているんですよ。」

そういえば、神少将から聞いたことがある気がするな。

「確か、実弾を使っているらしいな。」

「政治献金ですよ。」

「言い方が変わるだけで同じことだろう。」

珍しく、雨は額面通りに受け取っているらしいが、はっきりと言って賄賂でしかない。

「政治家がそんなんだから巡り巡って国家の印象が駄目になるんだ。しかも、国民から選出されたって言うんだから余計にたちが悪い。」

「それで、政府に移住規制を求めて起こったそうです。」

「まあ、当然と言えば当然だろう。それで、どうなったんだ?ここしばらく新聞を読むこともラジオを聴くこともしていなかったからな、何も知らん。」

まあ、そんな習慣なんてないけどな。

「政府は規模を隠蔽しようとしているんですけど、鎮圧を任された軍令部の情報によると、デモに参加したのは一万二千人で、憲兵二千人と衝突して死者数百人、怪我人四千数百人をだしたそうです。」

「凄いもんだ。まさにテロリスムだな。」

「これの結果、共産撲滅というものを杉島内閣は掲げたそうです。どうやら、この暴動の陰には共産党員の暗躍があるということです。」

「そんなわけないだろう、馬鹿馬鹿しい。共産党と言えばここ数年で勢力を拡大させた野党を牛耳る一大勢力だ。今の政権からすれば脅威だから早々に消したいんだろう。」

一旦、溜め息をついて辺りを見渡す。

既に陸は遠く、辺り一面に青々とした海と、どこまでも続く空が広がっている。

「………全く、今の世界情勢を考えれば国内で権力争いなんてしている暇はないってのにさ。やっぱり官僚制が腐ると終わりだな。民主だ何だと言ったところで組織が駄目になっちまったらな………」

こうも世界は広いというのに、どうして政治家達の頭の中はちっぽけなんだろうか?

金欲は人を駄目にすると言うが、それなんだろうか?

そうこう考えている内に、日本は地平線の向こうへと隠れて見えなくなった。

「そろそろ下に行きましょう。昼過ぎには航空訓練が始まります。」

流石にこれ以上、上に居ると誰かに怒られると思ったのか、雨が声を掛けてきた。

「………そうだな。」

まあ、雨の気を反らす為にした話題だ。

雨も、先程の話を忘れたようだし、それほど深く考えることもないだろう。

段々と離れていく日本を名残惜しみながら、俺は飛行甲板を後にした。


 「どこに行っていたんだ。探したぞ。」

格納甲板に入ると、早々に政少佐に出会った。

政少佐は、昨日のような礼装服ではなく、上下共に作業服を着込んでいた。

先程まで機械をいじっていたのか、機械油の臭いが鼻につく。

「少し、外の空気を吸っていました。」

「そうか、てっきり昼寝でもしているものだと思っていた。」

政少佐は冗談を言うと、肩を竦めた。

「流石に学じゃないですからそんなことはしませんよ。」

俺もそう言って笑った。

「それなら良い。寝ぼたまま機体に乗られて事故を起こされた日には神少将になんと伝えれば良いのか分からんからな。」

政少佐は満更でもないようにそう答える。

しかし、俺は政少佐の言った一言が気になった。

寝ぼけたまま機体に乗る?

「そういえば、昼過ぎに行う航空訓練は大まかに何をするんですか?」

「ああ、離着艦と慣らし飛行だ。」

「えっ!?」

何でもないように政少佐は言うが、俺は思わず絶句してしまった。

てっきり操縦訓練をするだけだと思っていた。

「何だ?何か問題でもあるのか?」

黙ってしまった俺を怪訝そうにそうに見てくるが、こちらとしては大変なことだ。

大きく息を吸った後、政少佐の理解を得るべく口を開いた。

「政少佐、自分は予科練生です。」

「それは知っているが………改まってどうしたんだ?」

「今年で3年目です。」

「だがらなんだと言うのだ?」

まだ俺の言いたいことに気付いていないのか、首を傾げている。

「言うのも何ですが、基本訓練でしか乗ったことがありません。」

予科練に入ったのは中学校卒業後直ぐの3月18日。

28日にここに異動になったのだから、実質満3年しか予科練に居なかった。

だから、基礎訓練しかしておらず、機体は飛ばせるものの、実力なんぞたかが知れている。

…………まあ、その間に色々とやらかしてしまったが………

とにかく、相当の技量を必用とすると聞く空母からの離着艦はできるとは思えない。

「なんだ、そんなことか。」

しかし、政少佐はそんな俺の懸念を笑い飛ばした。

「兵長、俺が初めて飛行機に乗ったのはベトナム戦役が始まる前だから数えで16の時だ。お前よりも幼い頃だぞ。あの頃の航空機はエンジン馬力が弱かった上によく故障したからよく墜ちたんだよ。それを考えればお前の初飛行はしっかりと整備された上に技術の粋を結集して造られた最新鋭の機体だ。低速性能も良い。だから、落ち着いてやれば大丈夫だ。」

そう言うと、俺の頭を優しく擦った。

まるでそれは、子供に対する父親の態度のようだった。

18にもなって頭を擦られるのは少し照れくさかったけれども、沸々と心に来るものがあった。

そして、それに突き動かされてこくりと頷いた。

先程までの不安はあっさりとぶっ飛んでいた。

「よし、それでこそ少将の息子だ。」

政少佐はそう言うと、俺の頭に乗せていた手を肩の方に持っていき、ポンポンと叩いてきた。

「ところで兵長。」

「何ですか?」

「昨日の話なんだが。」

「昨日?」

何かあったっけな?

「ラインハルトの事だ。」

ラインハルト少佐の事?

「………ああ、髪についてですか?」

「そうだ。どんな髪型をしていた?」

髪型……髪型?

顔の印象が強すぎてあまりよく覚えていないな。

「確か………!!」

思い出そうと首を捻った時、ふと政少佐の後ろに立っている人物に気が付いた。

日本人ばかりの中でずば抜けて高い背に鼻のすぐ上にまで深々と被った帽子、間違いないなくラインハルト少佐だ。

いつの間に!!

ラインハルト少佐はじっとこちらを見据えているだけで、何もしないが明らかに俺が言うことを警戒している。

「どうしたんだ?」

政少佐は、ラインハルト少佐に全く気付いていないのか、硬直している俺を不審そうに見てくる。

うう………言うべきか、言わないべきか………

考えている時間はそれほど残されていない。

仕方がない、ここは誤魔化そう。

「少佐。」

「改まってどうしたんだ?」

「後ろにラインハルト少佐がお見栄になっています。」

その後、どうなったかは言うまでもないだろう。


 紘鳥は東北沖合いに出た後、針路を替えつつ南下すると、出港から2日後の4月6日に帝鳥以下14隻の艦隊と父島沖東百キロの海域で合流した。

この時、これまで旗艦を務めていた伊勢から紘鳥へと艦隊指令旗が譲渡された。

その後、艦隊は無線封鎖を厳にして一路、サイパン島を目指した。



 4月12日、皇鳥を降りた神少将はサイパン島経由でニューギニア島最大の港湾都市であるポートモレスビーに来ていた。

ここニューギニアは、第四次大戦以降、フランスの植民地である。

その為か、ポートモレスビーの建造物はパリの街中のような中世の面影を見せている。

そんな風景の中、場違いな艦隊がポートモレスビー港湾に停泊していた。

日本の連合艦隊である。

神少将は、その旗艦である戦艦成田の艦橋で計画の指揮を執っていた。

「計画の遂行に問題はないか。」

艦橋の机に置かれた太平洋の海図に目を通しながら神少将が訪ねる。

戦艦とは言え、狭い艦橋に鋭い声が響く。

それに答えるのは、その隣で同じように海図を覗き込んでいたこの艦隊の参謀長である小野少将だ。

「はっ!今現在、予定通り順調に進んでおります。印度支那では植民地駐屯軍の蜂起の準備が完了。総帥の命あらば行動を開始するとのことです。また、豪州においてもダーウィンに陸揚げしたロンメル大将麾下の三個機甲師団及び挟撃部隊の進撃準備が完了しました。」

「米艦隊の動きはどうなっておる。」

「現在のところ、さしたる動きは有りませんが、諜報部からの情報によると、サンフランシスコで整備中の第一艦隊は早くとも7月の下旬までは動けないようです。」

今度の問いに答えたのは、この艦隊の航海参謀である清水大佐だった。

大佐は、左手に持った三角定規を海図に当てると、右手のペンで海図に線を引っ張った。

「米第三艦隊の動きは予定よりも速いようで、石山艦隊とは大方、明日の午前3時に会敵するでしょう。」

引っ張った線は、艦隊の移動を示すもので、確かに大佐の言うように接触は15時間後だった。

「ちと早いようだが………大した誤差ではなかろう。」

そこで一度、言葉を切ると神少将は艦橋を見渡した。

艦橋に居る者は皆、神少将が命令を出すことを今か今かと待っていた。

神少将はそれを確認すると、一息ついた。

艦橋に居る者達は、次に言うであろう言葉を聞き逃さんと息を潜める。

途端、艦橋に沈黙が降りた。

「諸君。」

その沈黙を破るように、神少将は口を開いた。

凛としたその声からは、いささかも英雄が衰えていない事を感じさせる。

「我々が成そうとすることは国家反逆……いや、現世界体制に対する反逆である。諸君等は国賊として睨まれるだろう。残してきた家族は石を投げられるだろう。」

側で聞いていた連合艦隊指令長官の高橋大将がかすかに頷いた。

「だが、我々が成そうとすることは必ずや世界を救い、ひいては日本の為となるだろう。その時には我々は散っているかも知れん。だが、遺志を継ぐ者達によって我々の汚名は晴らされ、忠君の名も無き兵士として末代まで語り継がれるだろう。…………………我々は目先の利益の為に戦うのではない。民の未来の為に戦うのだ。どれだけ屈強な困難に立ち向かう事になろうと、それだけは忘れないで貰いたい。明日日本時間零時を持って独軍国計画を発動する。…………以上だ。」

……………………!!!

神少将が言い終えた途端、静まり返っていた艦橋は爆発したかのような活気を帯びた。

参謀長が電文を書いて、入口の方に立っていた伝令に渡す。

伝令が決起の電文を無電室に送ると、直ちにエニグマによって暗号化された後に、各地で蜂起を待つ部隊に通達された。

また、高橋大将がニューギニア島の駐屯軍に総督府包囲の命令を出すと、側に居た大佐が動き出す。

艦橋でそれ等が行われていくのを見ながら、神少将は謎めいた言葉を呟いた。

「賽は投げられた。……………後はグーダランの才能如何だな。」

しかし、この喧騒の中にその言葉は消えていった………………


 そして時は流れて4月13日午前零時10分前。

遂にその運命の時を迎えようとしていた。

昼間は騒がしかった艦橋も、今は誰もいないかのように静まり返っていた。

事実、航海参謀等士官はその一切が第二艦橋に移っており、第一艦橋に居るのは神少将を含めた四人の将軍だけだった。

四人の将軍は、海図の載った机を囲んで座っており、その誰もかもが壁に立て掛けられた時計を見て腕を組んでいた。

「あと…………10分ですな。」

時計から見て、真正面の席に座っていた男が呟いた。

男は白髪の混じった頭を擦ると、先程から日本刀を杖がわりにして座っている老将に視線を向けた。

視線を向けられた老将、神少将は3人の将軍達を見回す。

「計画の始動から15年、当初は夢物語だ何だと言われてきたが、ようやくここまで来れたのだ。」

その顔は、昼間に比べると赤く、非常に興奮していることが良く分かる。

「諸君等には何度も言うようだが、この計画が成功した暁には終末戦争以来数百年もの間、世界に蔓延り続けた独占資本による世界支配に一撃を与え、新たな世界秩序を建設成し得ることができる。そして、これこそが二度の大戦で散っていった多くの者達に対する鎮魂である………と俺は思っている。」

「……私も同意だ。」

神少将が言い終えると、正面に座っていた将軍が頷いた。

「そして、ここに居る者達もな。」

それに賛同するように、将軍の左右に座っている二人も頷く。

「金持ち共の独占資本主義の世が何を生んだ?私的利潤の自由や無限の追求の為の自由競争等と宣うが、資本主義の根幹は所詮、消費だ。消費無くして供給など成り立たんからな。故に、金持ち共は効率の良い利潤を求める。その行き着く先は何だ?…………決まっている、戦争だ。何せ戦争は底無しの大消費だからな。作り過ぎても需要が巨大で値崩れすることもないし、買い手は国家だから雲隠れされることもない。………だが。」

将軍はそこで言葉を切ると、目を閉じた。

「その皺寄せを受けるのは立場の弱い庶民だ。確かに戦争が始まれば需要が増えるから工場が建ち並び、失業率は下がるだろう。が、一度、戦争がおわってしまえばどうなるか。戦勝国は確かに数年の間は束の間の平和と賠償金で豊かになるだろう。

だが、戦時下と同じような消費は続かん。戦時下の過剰需要の為に造り過ぎた工場はその多くが閉鎖され、街は失業者で溢れかえる。そこに、戦争で徴兵された男達が安定した生活の為に手に職求めて帰ってくるのだ。………もはや、悲劇としか言えん。」

将軍、山本中将は、第四次大戦後間もない欧州各国に訪問し、その実情を見てきた御仁だ。

その脳裏には戦後の悲惨な光景がまざまざと映っているのだろう。

「戦争で続いた無謀と言える大量生産は、有効需要との開きを生み、過剰供給で値崩れを起こす。働こうにしても、工業製品よりも原材料の方が高くつく時代の到来だ。結果どうなるか?庶民達は働きたくとも働けず、品が有るというのに金がなく買えず、住む場所も無く、着の身着のままで路上で乞食をして死を待つ他ない。まさにあれはこの世の地獄だった。」

たとえ、戦火に焼かれずとも、人々の生活は疲弊していく。

結局、戦争で利益を得るのは金持ちと、それに結び付く官僚だけなのだ。

滔々と語りながら、山本中将は組んでいた両腕を堅く握りしめ、怒りを露にする。

「これ以上待てば、再び金持ち共が私利私欲の為の戦争を起こすだろうっ!そうなればまた大戦後の悲劇の繰り返しとなるっ!!第四次大戦後以上の恐慌が地球規模で起こるのだっ!!今度こそ国際経済は崩壊し、世界は未曾有の大混乱を迎えるだろう。だからこそ、我々の手でこの金持ち共による旧世界体制を破壊し、新秩序世界を創らねばならんのだっ!!!」

怒りに任せて怒鳴った山本中将は、振り上げた右の拳で勢い良く机を叩いた。

その、皆の信念を代弁した言動に、周りの将軍達も頷いていく。

彼等は、計画を前に決意を新たにしたのだった。

そして、それを待ったかのように艦橋に4月13日午前零時を告げる鐘の音が鳴り響いた。

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