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02-2

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 ある日の放課後、ミリアは教室に残ってぼんやりと考え事をしていた。誰もいない教室はとても静かで、考え事をするには適していたが、それで彼女の胸につかえたボーリングの球のように重い不安が取り除かれるということはなかった。もし自分がシルヴィーにした仕打ちがジョージにバレたらどうなってしまうだろう、という不安から、あんなことをしなければよかったという後悔が生み出され、そこからさらに遡って、もっと早く想いに気づいて伝えていればこんなことにはならなかったのに、という喪失感にすら襲われる。つまりは考えれば考えるほど、彼女の悩みは複雑に層を成して、胸の中に解けない難問ができあがっていったというわけだ。


 いつもジョージの隣を歩いてきた。駆けまわったり、飛び回ったり、大人しく歩いたり。下手をすると彼の陰よりも近い位置を彼女は歩いてきた。彼が急に飛び出すものだから、息せき切って、追いついていたつもりだった。だけど顔を上げてみると、彼は少し先を歩いていて、隣にはあの子がいた。彼はもはや彼女の方を振り返りもせずに、立ち竦む彼女を置いて行ってしまう。声をかければ振り返ってくれることはわかっているのに、声を出そうとすると息苦しくなって、どうしてもそうできない。ついに彼女は暗がりの中に取り残されてしまった。


 そこで目が覚めた。どうやら考えすぎて、眠ってしまっていたらしい。窓から西日が差し込んでいて、机と椅子と彼女の影を直線に作り出していた。頬を触ると、少し熱いものが伝っていることに気づいた。手の甲を滑らせてそれを拭っていると、何か用があって戻ってきたのであろうクラスメートがドアを開けて入ってきた。彼はいつになく落ち込んでいるミリアを見て疑問に思い、彼女に話しかけた。

「何で、頭を抱えているんだ? 恋の悩みか何かか?」

ミリアは顔を上げて、声の主がエニスタンだということを確認した。彼はこの学校始まって以来の天才と言われるほどに頭が良く、運動神経が抜群で、顔も整っているので、女の子によく告白されていた。そんな彼が“恋の悩み”などと口にしたのかと思うと、何だかおかしくて、ミリアは少しからかうようにこう言った。

「あんたはモテるからいいわよね、そんなことで悩む必要なくて」

「ところが、そうでもない」 エニスタンは笑った。「実は最近、恋の相談を受けてね。どうにかそれを上手く解決したいと思って、頭を捻ってるんだ」

 ミリアははっとして、こう聞いた。「あんたって、よくそういう相談を受けるの?」 エニスタンは少し笑って答えた。「ああ、何故かわからないけど、結構頻繁にね」

 ミリアは少し考えてからこう言った。

「ねえ、エニスタン。もしよかったら、だけど、私の悩みも聞いてくれない?」

エニスタンは快諾した。ミリアはこれまでのことを話した。自分とジョージが今までいつも一緒にいたこと、バスの窓からジョージがシルヴィーと歩いているのを見てしまったこと。冴えない(ナード)にジョージを奪われたことに腹が立って、つい感情的になり、シルヴィーを虐めてしまったこと。

「何だ、やっぱり恋の悩みじゃないか」 話を聞き終わるとエニスタンは言った。「君は思い切りがよくて、いつも自信を持って行動しているのに、どうして直接思いを打ち明けないのか? そう聞きたいところだけど、何となく理由はわかるよ」

 わかるの? と聞きたくなったが、エニスタンのことだから本当にわかっているのだろう。

「残念だけど、君の感覚はわりと合っていると思う。セカンダリースクールに入るあたりから、人は大人っぽいインスタントな恋愛に憧れるようになって、“告白”めいたものをダサいと感じ始め、“雰囲気で付き合う”ことをかっこいいと感じるようになると思うから」 ミリアはその言葉で少し落ち込んだ。わかってはいたことだが、やはり人に言われると、まるで真実を突き付けられたような気分になる。しかし、エニスタンはこう続けた。

「だけど、そこにチャンスがある。自然にアプローチを入れていって、だんだんと距離を縮めていけば、彼は“雰囲気”に流されて、君に傾くかもしれない」

 意外な意見にミリアは驚いたが、すぐに所詮は気休めに過ぎないことに気づいた。「……そう上手くいくわけがないじゃない。だいたい、私とジョージは何年も一緒にいて、そういう雰囲気にならなかったのよ」 ミリアは投げやりにそういった。すると、エニスタンは思いもよらないことを言った。

「これまでとは違う――僕が協力するんだから」

「え? あなたが?」 ミリアはびっくりしたが、しかしもし彼が善意で味方についてくれるとしたら、これ以上ありがたいことはないと思った。

「僕はいつだって、最初に相談してきた人の味方だからね。シルヴィーには申し訳ないけど――」 次に彼は、まるで予言者が未来の事実を告げるような言い方でこう言った。

「彼女は君に酷い目にあわされた上、男まで取られることになる」

そう言い切るエニスタンは自信に満ち溢れていて、とても頼もしく見えた。これまでも賢くて、その上で人当たりが良い、すごい人だとは思っていたが、まさかここまでとは……彼はなんていい人なんだろう! ミリアはそう感嘆したのだった。


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