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01-2

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「ごめんなさい、私が買い物に出ていたばっかりに」

 アリバイを作るために、走ってスーパーまで行き、レシートを作った。そして歩いて帰宅して、夫と救急に連絡を入れた。何も問題は無い。何か証拠がでない限りは。

「君のせいじゃない」 

 夫は泣きながらもそう言ってくれた。エミリーは深刻そうな表情を作りながらも、口角をあげずにはいられなかった。医者が抵抗した痕などの痕跡を見つけるかもしれないという不安はあったが、どうやら彼らは風呂に入っていた義母がのぼせて意識を失い、そのまま溺れてしまったものだと判断したようだった。


 救急と医者が引き上げ、家には夫とエミリーだけが残された。エミリーは夫に背を向けて、無言で嗤った。これで厄介払いができた。自分を目の敵にする老いぼれを始末してやったと。そう思った時、夫がこう言った。

「エミリー、正直に話してくれ」

 エミリーは心臓が止まってしまいそうになるほどに驚いた。だが、何のことかわからないふりをした。すると夫はこう続けた。

「母から聞いてたんだ。毎日夕方には、君のお風呂の手伝いをさせてるって」

 嘘でしょ。エミリーは驚愕した。あの女が私の評価をあげるようなことを言うはずがない。エミリーはどうすれば助かるか頭の中で必死に考えた。

「ええ、でも今日は違ったの。買い物に行った後に入れさせようと思ってたんだけど、勝手に入ってて」


「母はこう言っていたよ。トイレにはどうにかいけるけど、お風呂には一人では絶対いけないって」

 エミリーは頭の中が真っ白になる感覚を覚えた。どうして、こういうことだけは夫に言っているのだ。死んでもなお邪魔をするのか。こうなったら言い訳の方向性を変えるしかない。

「ごめんなさい! 私嘘をついてた!」 エミリーは震えた声でそう言った。「そうよ。今日もお風呂に入れるのを手伝ったわ。それで脱衣場で待ってたんだけど、いつまでたっても呼ばれなくて、気になって様子を見てみたら、お義母さんが溺れてたの。助けようとしたんだけど! ……もう遅くて。それで、怖くなって、思わず逃げちゃって。ごめんなさい、私、怖かったの!」 

 涙声でそう言った後、エミリーは振り返って夫の表情を見ようとした。怒ってはいるだろうが、やるせない表情をしていることだろう。そう思ったのに。夫はとても冷たい顔をしていた。

「母は言ってたよ。お風呂の時は、危なくないように、近くで見てくれてるって」

 頭が怒りでかっとした。夫は全部わかってて、その上でエミリーを試していたのだ。それが腹立たしくて仕方がなかった。

彼女は大学時代のことを思い出した。そのころ付き合っていた男がくれた誕生日プレゼントに、エミリーは素直に喜べなかった。決して手抜きなどではなくて、彼女のために男が手間暇かけて選んでくれたアクセサリーだとはわかっていたが、友人たちが身に着けている高級ブランドのアクセサリーと比べると、どうしても粗末に思えて仕方がなかったのだ。贈り物にいい反応をしなかったエミリーに、男は翌日、代わりのプレゼントを手渡した。包装を解くと、紙幣が数枚ほど入っていた。驚いて男の方を見ると、彼の方でもエミリーの顔をじっと見つめていて、ただ一言“別れよう”、そう言われた。

その時、心を見透かされて、冷たく見限られたような、嫌な感覚を味わった。自分のすべてに呆れられ、諦められたような、不快な感覚だった。その時と同じ感情に、今のエミリーは襲われていた。

『どうしていつも、君だけが悪い風にされてしまうんだろうね』 彼女に憑いたミノーが楽しそうに叫んだ。その言葉でエミリーは完全に吹っ切れた。

「ええ! そうよ! 私が殺したのよ!」 エミリーは喚いた。「何が悪いっての? あいつが私を責め続けるせいで、私頭がおかしくなりそうだった! あなたは知らないでしょ! あの女は私相手に酷いことばっかりいうのよ」

「君は少し勘違いをしている」

 夫は冷静だった。そのことがエミリーの怒りをさらに助長した。

「何を勘違いしているっていうの! 私間違ってない! あいつが悪いの」

「母が君のことをどう思っていたか知っているか?」

「ただで使える召使いよ! ほかに何があるのよ」

「母はこう言っていたよ」 夫は暗い声でこう続けた。「私はエミリーさんに迷惑をかけている、とね」

「は? はぁ?」 エミリーは困惑した。「そんなわけないじゃない! そうだ、あなたは知らないのよね! あのひと、あなたの前じゃ媚びを売るようにしおらしくしていたけど、私の前じゃ酷いのよ」

「母が君を怒らせるようなことを言っていたのも聞いているよ」

 エミリーはわけがわからなくなってきた。「はあ? じゃああなたは何でやめさせなかったよ」

「母はこう言っていた」 そこで初めて夫の声に震えが混じった。「私が何を言っても、何を頼んでも、あの子はやってくれるけど、どうもいつも顔が嫌そうで。あなたが選んだ娘だから、仲良くしたくて――あえて怒らせるようなことを言って、本音を言わせようとしているわ、とね」

「……え?」 エミリーの脳裏に、今までの義母の言動がよぎる。“言いたいことがあるならはっきりと言いなさい”、“はっきりと言わない人が一番嫌いなの”。これらと似たようなことを何でも言われた。

「嘘よ……そんなはずないわ」 エミリーは頭を抱えた。「それじゃ……まるで、私が悪いみたいじゃない」

 その言葉で夫の怒りが爆発した

「――お前以外に誰が悪いっていうんだ!」

 エミリーは何も答えられず、ただ震えた。彼女に憑いた悪魔はけたたましく嗤った。彼女と夫は、しばらくお互いに何もしゃべらなかった。ずいぶん長い静寂が続いた後、夫が怒りを抑えたような声で言った。

「……警察には言わない。その代わり、明日の朝、ここを出ていってくれ」

 頷くほかなかった。


 あくる朝、エミリーは必需品だけを持って家から出ていった。雪が降っていて、エミリーのコートでは寒さを凌ぐこともできそうになかったので、夫にコートをくださいと頼んだ。夫は無言でそれを手渡した。


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