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02-10

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「あなたは、何なの」 ミリアが訝しみながらそう聞くと、蛾はこう答えた。

『僕はイノーモス。巨大なって意味の“イノーマス”と(モス)を合わせて、“イノーモス”。蛾の妖精みたいなものだよ』

「蛾の妖精が何の用?」 投げやりにそう聞くと、イノーモスは意外なことを言ってきた。

『君があまりにも落ち込んでて可哀想になったから、話しかけたくなったんだ』

「……慰めてくれるっていうの?」

『そうだよ。自慢じゃないけど、僕の姿を見た人間は皆、可愛いって言ってくれるんだ』 そこでイノーモスは、ふふん、と鼻を鳴らした。確かに可愛い、とミリアは思った。全身がもふもふしていて、目はくりくりしていて、頭にある二本の角みたいな部分なんて、とってもチャーミングだ。

『だから、僕の姿を見たら、きっと君も元気が出るかなって……僕じゃ、駄目、かな?』

 イノーモスは急に不安そうな口調になって、心配そうにミリアの顔をじっと見つめた。あまりにもいじらしかったので、ミリアは思わず笑ってしまった。

「そんなことないわよ、元気が出てきたわ」 彼女が笑みを浮かべながら、そういうと、蛾は安堵してこう言った。

『よかったぁ。正直不安だったんだよ。君の落ち込み様といったら、半端じゃなかったからね』

 イノーモスはそう言った後、こう続けた。

『……ところで、さ。どうしてそんなに落ち込んでたの?』

 ミリアはとにかく、誰にでもいいから慰められたい気分だったので、自分が大切な友人を失った話を丁寧にしていった。話の途中でミリアは涙をこらえきれなくなって、彼女は泣き出してしまった。しかし、すぐに泣き止み、最後まで話をすると、イノーモスは同情しきったような声でこう言った。

『可哀想に。そんなことがあったなんて……』 

「そうなのよ……私、もうどうしていいかわからなくて」

 イノーモスはしばらく、ミリアに同情するように、困ったような顔で彼女をじっと見つめていたが、急に表情を変え、憤ったような声を上げた。

『……しかしそのエニスタンって奴、許せないや! そんな酷いことをするなんて!』 そして、こう続けた。『ミリア! そいつも酷い目に遭わせてやろう! そうじゃないと僕の気が済まないよ』

 ミリアはすぐに言い返した。

「駄目よ! ……そもそもこれは、自業自得でもあるもの。ほら、私、クラスメートの目立たない子に酷いことをしちゃったじゃない?」

 “知っているよ” イノーモスはミリアに聞こえないように呟いた。“でも、君はそれをそこまで悪いことだなんて思ってないんだ。君は自分を慰めてくれる僕に、いい子ぶりたいだけなのさ”

「そんなことをしなければ、こんなに酷いことにはならなかったわ。だから、私は被害者づらもできないってわけ」 彼女は自嘲気味にそう言った後、軽く笑いながら続けた。 「……そもそも、気持ちは嬉しいけど、あなたは蛾でしょう? 一匹の蛾がどうやって、エニスタンを倒すっていうの?」

 するとイノーモスはこう言った。 『僕がもし、仲間の蛾たちを従える力を持っているとしたら? 大量の蛾にエニスタンとやらを襲わせることができるのだとしたら?』

「だとしたら、確かにできるのかもね。でも駄目よ。これは私がシルヴィーにしたことの、罰だとでも思うことにするわ」

 そう言うとイノーモスは不満げにこう言った。

『君がそれでいいんなら、いいんだけどさ――』 

「――だいたい、エニスタンを酷い目に遭わせたところで、ジョージが返ってくるわけじゃないしね。それに家では一人でも、学校には友達がいる」

 ミリアはそう悟ったようなことを言ったが、イノーモスは少しも諦めてはいなかった。悪魔はこう言ってのけたのだ。

『学校にいるのは“友達”かい? それとも、ただの“取り巻き”かい?』

 ミリアははっとして、目の前の蛾を見た。その純白の下を流れるように、木製のテーブルの木目が流れていき、壁まで延々と続いているような、奇妙な存在感があった。

『君の話の中に出てきた、イゼラという子を、君は友達だと思っていたんだよね?』

「……でも、そうじゃなかった」

 ミリアはそう呟いた。一番仲がいいと思っていたイゼラも、結局うわべだけの友人に過ぎなかった。他の子たちもそうなのだろう、という奇妙な確信があった。

『結局のところ、君のことを大切に思ってくれていた人は、ジョージしかいなかったんじゃないのかな? それなのに、エニスタンは君たちの信頼関係を崩したんだ。それも、遊び半分で』

「でも、元々は私がシルヴィーからジョージを奪おうとしなかったら良かっただけで……」

『――エニスタンが唆さなかったら、そんなこと思いもしなかったんじゃないかな?』

 ミリアは押し黙った。その通りだったからだ。

『ねえ、エニスタンは少し痛い目に遭わせて置かないと、また同じようなことをするよ』 イノーモスはそう言ってミリアの反応を見ようとしたようだったが、彼女は答えなかった。

『――僕のことがそんなに信用できないかい?』

 唐突に、イノーモスは言った。ミリアは驚いて言い返した。「そんなことない!」

『だったら、少しだけでも僕の言うことを考えて欲しいんだ。いいかい。僕は本当に君のことを考えて、こう言っているんだ。考えてみてよ。落ち目になったら普通、人は離れていくのに、僕は逆に駆けつけたんだよ。君のことを大切だと思い始めたからだ』

 ミリアはこくこくと壊れたからくり人形のように頷いた。

『ねえ、ちょっとエニスタンにお仕置きするだけじゃないか。それだけで君も、君に同情してる僕もすっきりする。そこにシルヴィーのことを持ち込む方が間違ってるのさ。罰は当たらないはずだよ』

 ミリアは迷いに迷った。そんな彼女に、イノーモスはこう言った。

『エニスタンは親身になって相談に乗るフリをして、ずっと君のことを馬鹿にしていたんだ。君が自分の想いを一つ伝えるたびに、エニスタンは笑いを必死にこらえてたんだよ』

そう言われて、ミリアがどうにか抑え込んでいた強烈な悔しさが、心の奥底で目を覚ました。あの嘲るような笑顔が頭に浮かぶ。こちらのことを心底馬鹿にしているような眼。優等生のような見せかけの態度が鼻につく。安全な位置にいながらこちらを嘲笑う態度が憎たらしい。教室に残ったあいつが自分のことを笑っている姿が容易に想像できた。

『さあ、僕と契約して、あの憎たらしいエニスタンに復讐しよう』

 ミリアはその言葉に、こくりと頷いたのだった。


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