02-9
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『悪魔は、人に悪い考えを吹き込む存在だ。彼らは普段、あちこちを飛び回っては、いろいろな人間に話しかける。その声を聞いた人間は、その声が自分の心から聞こえてくるように感じる。心は人の中でもっとも霊的で、高次元な部分だからだ』
帰る道のりの途中で、僕と契約した悪魔、シファーがそう話しかけてきた。
『悪魔は気に入った人間を見つけると、悪魔はその人間に“第一の契約”する。文字通り、その人間に憑きまとって、甘い言葉で心に入り込むのだ』
「人間の合意を必要としないのに、どうして“契約”なんて言い方してるんだ?」
僕がそう聞くと、蛇はちゃんと答えてくれた。『悪魔同士で獲物の取り合いが起きないようにだ。ある悪魔が中年の男を言葉巧みに悪い考えを吹き込んで、鬱にしていったとしよう。その悪魔はその男を首吊りで自殺させようと、少しづつこの世に見切りをつけさせた。死を選ぶ時が間近に迫ったある朝、その男が駅のホームで電車をまっていると、まったく別の悪魔がちょっとした気分で“もう飛び降りて楽になっちまおう”と言った。男はその言葉に従い、飛び降りて電車に轢かれた』
電車に轢かれるのと首吊りなら、どっちが辛いだろうか。多分一瞬で死ねる方が楽だろうな。
『ずっと男に声をかけていた悪魔にとっては、たまったものではないだろう。長い時間をかけて弱らせて、ようやくとらえようとしていたところで、横取りされたわけだからな。こんなことが無いように、悪魔は人間を操っている時、瘴気を普段より多く放出して、この人間は自分が操っているというマーキング代わりにする。それを見た時は、あの人間には他の悪魔が“第一の契約”しているからと、手を出すのをやめることが、悪魔の間での紳士協定になるのだ。悪魔に紳士協定ってのも変な話だし、例えば敵対している悪魔が“第一の契約”をしている時、邪魔をしに自分も“第一の契約”をしにいくなんてことはあるがな』
人の不幸は大好きなのに、自分たちが損するのは我慢できないわけか、と僕は呆れた。
『このようにして、普段、悪魔は姿を隠して、人間に話しかける。だが、姿を見せた方が考えを吹き込みやすくなる場合や、あるいは“次の段階”に移りたい時、悪魔は自分の姿を見せる。人間に姿を見せて深く関わる趣向を持つ悪魔は、人にとって可愛らしい姿に見えることが多い。その愛くるしい姿で、油断させるのだ。時には悪魔だとは名乗らずに、妖精とか精霊だと偽ることもある――』
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