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02-4

+++


「ジョージに会う時は軽くでもいいから化粧をしよう。美人は三日で飽きるというが、ブスにはそもそも誰も嵌らない」 エニスタンはそこで気が付いたようにこう続けた。「もっとも、君はもともと綺麗だけどね」

 ミリアは苦笑いを浮かべずにはいられなかった。こんな気障な台詞を簡単に言ってのけるから、女の子たちにモテるのだろうと思ったからだ。

 エニスタンのアドバイスはいつも的確だった。彼が化粧用品にまで詳しいとは思わなかったが、彼の指示に従うと、まるで自分の顔のパーツの位置さえ変わったようにすら感じられる。

 ほとんど毎日、エニスタンのアドバイスを受けて、ジョージのところに通う中で、だんだんとジョージの自分を見る目が変わってきたような気がした。これまでは単に友人を見るような眼だったのに、最近ではその瞳の中に“躊躇い”が混じってきているような。その微かな動揺が、僅かな兆候が、何を意味しているのかはわからない。しかし、それがもし、彼女がいるのに他の異性と一緒にいることに対する躊躇いであるならば、ありえないと思っていた奇跡が、もう少しで起こるのかもしれない。

そう思い始めたころだった。

「これについて説明してくれ」 ソファに座って雑誌を読んでいると、ジョージが何か紙切れのようなものを机の向こう側から放り投げてきた。

「何よ、乱暴ね」 普段より雑に扱われている気がしてイラつきながらも、雑誌から目を離し、そして彼女は絶句した。

 机の端に乗っていたのは、一枚の写真だった。そしてそこに写っていたのは、ミリアがシルヴィーの頭を便器に突っ込んでいる、他でもない、あの時の光景だった。


+++


 どうしてこんなことになっているのかわからないまま、ミリアは走っていた。何故あの写真がジョージのもとに渡ってしまったのだろう。あれはイゼラが撮った写真だ。イゼラはジョージのことを知らないし、彼女がわざわざ写真を印刷して、彼のもとに届けるとは考えにくい。シルヴィーがイゼラから写真を貰って、ジョージの家のポストに入れたと考えた方がまず自然だが、そんなことをするくらいなら直接渡せばいいだろうし、そもそもジョージに頼りたいなら、最初からいじめっ子の名前をジョージに教えればいいだろう。では、シルヴィーでもないのか。じゃあ、一体誰がこんなことをするというのだろう。

 行先は決まっていた。まだ残っているとは考え難いが、一縷の望みに賭けたいと思った。彼ならば何とかしてくれるのではないかという、あやふやな期待があった。

 教室についた時には、すでに日は暮れていた。しかし幸運なことに、エニスタンはまだそこにいた。彼は椅子に座って、窓の外をぼんやり見ているようだ。ミリアは戸口で止まり、息を落ち着かせてから、こう叫んだ。

「どうしよう、エニスタン! 私がシルヴィーを虐めたことが、ジョージにばれてるの!」

 その声でエニスタンはミリアの方に向き直り、にっこりと笑った。

「はは、やっぱり――写真があると言い訳できないか」

 その言葉でミリアは絶句した。どうしてエニスタンが写真のことを知っているのだろう。それが意味するところは――。

「ああ、その写真をジョージにプレゼントしたのは僕さ。ガールフレンドと幼馴染のペア・ショットさ、さぞ喜んだことだろう」

 あまりのことにミリアが何も言えずにいると、エニスタンはさらに続けた。

「ちなみに、画像のデータはイゼラに貰ったよ。僕がそれを受け取ったら、君がどういう目に遭うか教えてあげたら、ふふ……どういうわけかまったくわからないけど、喜んで渡してくれたのさ」

 ミリアは唇を噛んだ。確かにミリアはクラスの中でもっとも発言力がある女の子の一人で、彼女に従って行動する“取り巻き”は少なくなかったが、イゼラはそれとは別に、よく喋る親しい友人だと思っていた。しかし彼女の方では、ミリアのことを媚びへつらっておいた方がよい対象くらいとしか考えていなかったのだ。

「……どうして、こんなことを? ……私がシルヴィーを虐めていたから、その報いを受けさせたかったの?」

 ミリアがエニスタンにそう聞くと、彼は一瞬きょとんとしたかと思うと、すぐに笑いだした。

「ははっ――何マジになってんだよ? ……そんなわけないじゃないか。僕はただ――気が強い君が、どこまでも深く落ち込むところが見たかった。それだけだよ」

 ミリアには、それが何かの冗談か、あるいは怒りからの皮肉のように思えた。それはこれだけのことをするには、あまりにも無責任すぎる理由だったからだ。だが、エニスタンの顔を見ているうちに、だんだんとそれが真実のように思えてきた。彼は酷く冷笑的にこちらを見下すような顔をしていた。

「いいじゃないか。ジョージは何となくシルヴィーと付き合い始めたんだ。半年もしないうちに、何となく彼女を捨てるに違いないさ」

「ジョージはそんなことしない!」 ミリアがそう叫ぶと、エニスタンはその言葉を待っていたかのようにこう言った。「そうか。それなら君とジョージはもともとお似合いじゃなかったってことか」

「……どういうこと?」

「女の子に対して誠実なジョージと、自分の怒りに任せてクラスメートを酷く虐める乱暴な君、どこがお似合いっていうんだい?」

 ミリアは痛いところを突かれて、何にも言えなくなった。今にも嗚咽を漏らして泣き崩れそうになった彼女を、エニスタンは満足げに見つめた。

「なあ、今どんな気持ちだい? 僕が悪いって心の底から言えるかい? もとはといえば、君がシルヴィーを虐めたのが全部悪いんだぜ」

 彼はそれから延々とミリアを嘲笑った。彼に助けを求めた時のこと、彼にアドバイスを受けている時の様子、彼にした報告のこと、子供じみた言動を馬鹿にされ、ああしなちゃよかったのに、という冷笑的に指摘されていくうちに、涙をこらえきれなくなっていった。

 それが零れ落ちる前に、ミリアは教室から駆け出した。どんなに遠くに離れても、耳の中に冷たい笑い声が残っている気がした。


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