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不快害虫  作者: 鵜狩三善
2/2

2.

 翌朝の寝覚めは最悪だった。

 細部は覚えていないが、いくつも不快な夢を見た気がする。

 あの「顔」の事もそうした夢の(たぐい)、朝の光で消え失せてしまう幻覚だったならよかったのだが、枕元に転がるバットとゴミの散らかった部屋がそうではないと主張する。

 あれが現実にあった事だと思えば寝起きから最高に嫌な気分になれた。

 腫れぼったい目をこすりながらリモコンを探してテレビを点けると、時刻はまだ6時前だった。思ったよりもずっと早い。けれど今日だけはゴミの出し忘れをしたくはなかった。目覚ましなしでありまながら、寝過ごさずに起きた自分を褒めてやりたい。

 さて、と俺は両頬を叩いて気合を入れた。

 あれとの接触は気が進まないが、あんなものが部屋のドアにぶら下げたままなんてのは尚嫌だ。とっとと捨ててこようとドアを開け、


「えっ!?」


 思わず声が出た。

 そこには何もなかった。

 ドアノブには、何もかかっていなかった。


 激しく混乱しながら、音を立ててドアを閉めた。逃げるように部屋に駆け戻る。

 どういう事だ、と自問する。

 昨日の一件は夢ではなかった。それは確かだ。部屋の様子からも確かなはずだ。

 ではならば、レジ袋はどこへ行った? あれを閉じ込めたあの袋はどこへ行った?

 ひどく落ち着かない気分だった。

 当然の事ながら、好き好んで側に置いておきたいものではない。だが俺の意志ならずして目の届かない所に行ったとなると、どうにも収まりが悪くて不安だった。


 誰かが持ち去ったのだろうか?

 だが何が入っているのかもしれないビニール袋を、わざわざ取っていくような奴が果たしているものか。 

 では「顔」が生きていた?

 しかしあれが這い出ただけなら、袋ごとごっそり消え失せている意味が知れない。

 どう考えても疑問が生じて解決しない。違和感は失せない。

 わからない。まるでわからない。手がかりが足りなすぎて、憶測も推測も成り立たない。ひどく不快だった。


 とにかく心を静めようと、一先ず洗面台に立って顔を洗った。

 何はともあれ家の外、部屋の外で起きた事だ。とりあえずここに篭っていれば大丈夫。大丈夫のはずだ。自分に言い聞かせてみたが、それは少しも信用できない言い分だ。まるで尻は落ち着かない。

 仕方なしにテレビの音量を上げた。

 読み上げられるニュースの内容はさっぱり頭に入らなかったが、自分以外の人の声に少しだけ安心する。


 それからふと目をやって、卓上のスマートフォンに気がついた。

 画面にはメールの着信を知らせる表示が浮かんでいる。

 俺はすぐさま電話に飛びついた。

 誰のどんなくだらない要件だろうと、いっそ迷惑メールだって構わない心境だった。俺を僅かなりとも日常に回帰させてくれるなら、なんだって歓迎だ。

 もどかしく操作して、件名も差出人もろくに見ずにメールを開く。

 それには一枚の画像が添付されていた。

 何の変哲も意味もないような一葉だった。

 誰が見ても、「なんだこれ?」で終わらせて、そのまま削除して忘れてしまうような写真だった。

 俺だってそうしていたろう。

 もし、昨日の事さえなかったのなら。


 画像はどことも知れない、黒く湿ったむき出しの土の上を写している。

 そこには幾枚ものビニール袋と、そして菓子の袋が転がされていた。

 レジ袋には、見覚えのあるスーパーのロゴが入っている。昨夜、固く固く結んだはずの口紐は、悉く丁寧に解かれていた。刃物を使って結び目を断ったのでも、袋の脇を破ったのでもない辺りが、なんとも嫌な細心さを感じさせる。

 袋菓子の方もまた、覚えのある銘柄だった。

 周囲にばら撒かれた細かなポテトチップスの破片は、俺が粉々に砕いたものに違いなかった。きっと俺が食べ損ねた分だろう。

 そしてそれら袋の全てが、中身が空なのを誇示するように、こちらへ向けて大きく口を開いていた。

「顔」はどこにも見当たらなかったけれど。

 それはまるで、無事と解放を(しら)せる布告のようで。



 俺は、ひどく(いや)な気分になった。

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