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VS.Knife《バーサス・ナイフ》  作者: 水の民 さゆと
第1章 Transform VS.Knite
9/9

1-3-3

 シルキーヴェール。だから、シルって呼んで?

 セインを牢から助け出した少女は、くるくると回りながら、あどけなく笑っていた。明朗な声には、先ほどのすごみは全くうかがえない。

 いったい彼女はどういった存在なのか。まるで10歳にも満たないようだが、ギルドにいる以上、彼女も能力者なのだろう。能力者はその多くが手のひらで武器を形成、展開し戦うものだが、この少女はどうも違うらしい。セインの記憶に残る、触れただけで鉄格子を離散させた光景。珍しい能力というのは、王が何らかの特別視をして与えたということだった。


 眼前の少女は回るのをやめてベルンハルトを押しのけると、セインのほうへぐいと身を乗り出して尋ねた。

「あなたの名前は?」

 期待を込めた目。押しやられたベルンハルトは、しょうがない子だな、とでも言いたげな顔をして立ち上がった。

「……セイン」

 小さな声で答える。

「セイン!」

 彼女は嬉しそうに叫ぶと、大きな瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべた。くるりと方向転換したかと思うと、「ベル、ありがとう」とぴょこんとお辞儀をしている。あきれ顔の男のほうは「どういたしまして」と答える。

 彼女は再びくるりと向きなおると、満面の笑みをセインに見せた。

「セイン、遊ぼ!」

 両手をベッドのふちに引っかけ、ぴょんぴょんと跳ねる。全身から期待の色があふれかえり、まぶしくなったセインは思わずベルンハルトに視線を投げた。


 彼はドアノブに手をかけ、そそくさと部屋を去ろうとしていた。セインの視線に気づくと、まるで面白い見せ物が始まるように、

「死にたくなかったら頑張って」

と、笑った。

「じゃあね、セインくん」

 ベルンハルトはそう言い残して、制止しようと手を伸ばすセインの目の前をすばやく通り抜けた。そして、扉のすきまからするりと出ていってしまった。


 額のしわをより深く刻んでから、セインはがっくりと肩を落とした。ここは、安全を確保された場所だ。ただし、自由を犠牲に……それでは、意味がないのだ。同志を集め、ともに自由を求めて戦ってきた。だからこそ、ここで得体のしれない子どもの世話をしているわけにはいかない。怪我が治ったらすぐにでも……。

「ねぇ、遊ぼうよう。聞いてる?」

 ベッドのふちへと飛びあがるようにして、シルがのぞきこんでくるのも気にとまらなかった。

「脱出しねえと……」

 ぽろり、とこぼした瞬間、唇に小さなものが触れた。子どもの人差し指が、言葉をふさいでいるのだった。少女はいつの間にか、セインのすぐそばに腰を下ろしている。悲しげな銀色の宝玉が、青年をまっすぐに見つめていた。

「シルはセインを助けた。だから、シルとの約束、守って?」

「……それは…………」

 あのとき、なにがあった?

 2人に静寂が訪れる。彼は断片的な記憶をかき集め、再構築を試みた。夢で見た現実。それから、捕まって……。


 そのまま黙りこんでしまったセインを見かねたのか、シルはベッドにはいあがると、彼の肩に手を乗せた。それから、怪訝な顔をする彼の耳元にそっと口を寄せる。

「シルを助けて」

 語られた言葉は、にわかに信じられないものだったが、なぜか妙な説得力をもって迫ってきた。

「とられたものを、とりかえしたいの」

 まるで誰かに聞かれまいとするかのように、彼女は慎重にささやく。彼女が包むように曲げた指先が、冷たい耳に触れた。彼も、つられるように声をひそめる。この少女がなにを考えているのか、まるで分らなかった。しかし、どうやら王に対してなんらかの反感のようなものを持っている、ということは言葉や態度のふしぶしから感じられた。それでも、慎重に言葉を選ぶ。

「誰から、なにをとり返すんだ?」

「パパが、シルのものをとったの」

 なっていない答えに、セインは眉根をよせた。

「あのな。さっき許さないって言ってたけど、まずパパって誰のことだよ。それと、なにをとり返すか分からねぇとどうにもできないだろ」

 シルはきょとんとしていたが、やがて、忘れものにはっと気づいて説明を加えた。

「シルのパパはね、王さま。王さまがパパって呼べって言った」

 ぞっとしてふり向いた。目の前の少女は、居場所をなくした手のひらをそっと合わせると、ただ無垢に微笑みかけた。

「セインは、シルをパパのところに連れていってくれればいいの」


 それだけ。彼女はそう続けた。まるで、それさえできれば簡単に達成できるというように。

 セインには、彼女が得体のしれないものに思えた。少女の姿をとった、何者か。その正体が分かったところで、彼にはどうすることもできないのだが。この世界で、王が城を構え、ギルドが本拠を置くこの「壁の中」では、王に逆らう者など誰1人としていないはずだった。それは、朝に太陽が出て、夜に沈むのと同じほどの真理であった。反抗の意思を持って「壁の中」にいるただの子どもが、その真理を崩す。衝撃と謎は深まるばかりだった。

 今は、敵の敵は仲間なのだと、自分に言い聞かせることしかできない。


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