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VS.Knife《バーサス・ナイフ》  作者: 水の民 さゆと
第1章 Transform VS.Knite
6/9

1-2-5

「レジェス、こいつ縛り上げて」

 ベルンハルトの声が聞こえる。ちらりと視線を上げると、男が背を向けて去っていくのが見えた。深青のマントが、ひらりと翻る。その背面中央部には、円で囲まれた城郭の紋章が印されていた。

「おめでたいやつだ」

 男の言葉が、いやに耳についた。ぐ、と右手を握りしめる。気づいたときには、彼は立ち上がっていた。ワイヤーを呼び出しながら歩み寄ってくる青年が青ざめたのも、アリエノーワが目を見開いたのも、意識の外に追いやられていた。


 王の犬が。ただ命令に従うだけのてめえに……

「俺たちのことが分かるか!!」

 左足を踏み出し、全身をバネに右手を振り下ろした。手のひらほどのナイフが空を切り裂いたと思うと、巨大なランスが風をまとって男の背に吸い込まれていく。

「ベル!」

 甲高い悲鳴が響いたのと、青年のワイヤーがセインを締め上げたのは同時だった。

 《刃》の行き先を追い、彼は目を細めた。青髪の男が振り返る。その目と鼻の先で、ランスは水が蒸発するように消えていった。


 ――遠すぎたか……。

 薄れていく意識の中で、最後に男の横顔が見えた。そして、その向こうに立ちつくす細身の少女。

 ――少女?

 まるで突然現れたような。マントも羽織らず、武器さえ持たず、戦闘服でもない不思議な少女がこちらをじっと見つめていた。他の人には見えないのか、ただ、行き来する人の隙間に静かに立っていた。柔らかく膨らんだ赤い頬には、涙の跡がついている。唇をわずかに震わせ、彼女は何かを告げようとした。小麦色の髪の奥に、焔のような瞳が悲しげに揺れた。

 見たことのない人だった。だが、どこかで会ったことがあるような気がした。どうやら、夢と現実の境が曖昧になっているらしい――



 そして、彼の悪夢は幕を閉じた。






 ***






 真っ白い棺の中に、彼女は閉じ込められていた。棺は長方形の空間を持て余し、羽をつめた寝台の上に彼女を寝かせた。薔薇をかたどった文様が寝台を囲み、壁面の一部に外光を取り入れるための窓が設けられている。

 それは、一概に病室というものであった。


 小麦色の髪。夕焼けを映した湖面のような瞳は伏せられ、葦のまつげで覆われている。空間を満たす澄んだ水に、波風はたたない。部屋の主である彼女は、つむの呪いでもかけられたかのように、眠りについたまま微動だにしなかった。

 右腕へは、点滴のチューブがのびる。その反対側には、ベッドの側面に沿うように、正方形の机がぴたりと据えられている。誰かが見舞いに来たのだろうか、一輪挿しに、水色をしたニゲラの花が寂しく咲いていた。

 花瓶のとなりには、小さな紙切れが置かれていた。4つに折られた白い紙には、繊細な筆跡で「幸せに」と書かれている。


 時が止まったかのような世界に、突如、雑踏がまぎれこんできた。看護師が様子を見に来たのだった。

 彼女は変わらない表情で来客を迎えた。

 部屋を見回し、点滴を一通り点検すると、看護師はふぅとため息をついた。こんな外国で、あなたにとっては不安だろうに、と客は呟く。

「……ベックウィズさん、早く起きないと死んじゃいますよ」

 水が、わずかに揺れた。



「――お腹の子どもたちが」








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