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突如として姿を現した男は、そう言ってくすりと笑った。肩に触れるほどの、マントの色に似た青髪をかき上げる。表情とは裏腹に、冷ややかな目線が2人を射抜いた。
「どうしてこんなところに!」
セインしぼり出した問いに、男は首をかしげた。
「王が命じられただけだよ。何かおかしいことでも?」
「お前が、フィールドに出てくるなんて……」
彼は唇を噛みしめた。知っている限り、目の前の男が「フィールド」に出たことは一度もなかった。保守的な王のことだ。状況は変わることはないと油断していた。
「王の犬め」
セインは言葉を吐き出した。
「犬? それは心外だな……」
彼はゆったりとマントの中で腕を組んだ。切れ長の瞳は少しも笑わない。そこにいるだけで気圧されそうになる。
「王の元で働くことはとても光栄なことなんだよ。王は僕らを守ってくださっている……それなのにさ、何で君たちは分からないのかな」
彼は心底呆れたように言う。名は、ベルンハルト。王に最も信頼を置かれ、また自身も王に心酔している。青いマントの集団、「銀の鳥籠」を率いるギルドマスター。
その強さは、最強と言われるだけあって、さっきまで相手をしていた背後の雑魚とはけた違いということは、セインもイースもよく知っていた。
だが、セインは臆することなくベルンハルトを睨みつけた。
「知るか。俺たちは檻の中の安全なんか望んじゃいねーんだよ」
目の前の男は表情を変えず、少し首を傾げた。そして、ただ一言告げた。
「……王は悲しんでおられる」
セインはナイフを握り直し、男を睨みつけた。ベルンハルトのほうは、何を言っているのかわからないといった様子で、じっと彼らを見ていた。
ナイフをぎゅっと握り直し、セインはこっそりイースに耳打ちした。
「お前は先に逃げろ」
「だめだ。一緒に戦う」
すかさずの反論。いいから、とイースの背に手を置く。
「お前じゃ無理だ。分かってるだろ」
留まろうとする彼を、ぐいと押しのけた。
「絶対追いつくから。先に行って《門》を閉じろ……みなのこと頼んだぞ」
イースの瞳が震えたような気がした。だが直後、彼ははっきりと頷くと、セインに背を向けて駆け出した。同時にセインも、イースを庇うようにベルンハルトとの間に踏み出した。
一方、男は落ち着いたものだった。セインが攻撃の姿勢を見せると、十分に引きつけてからひらりとかわす。ベルンハルトは1回、2回と軽快にステップを踏むと、イースのほうには目もくれず、見守る部下に「捕らえろ」と指示した。
同時に、ベルンハルトの前に細身の青年が飛び込んできた。
「どけ!」
セインは叫ぶと同時にナイフを引いた。その瞬間、目の前に光り輝く盾が現れる。
割ってやる。勢いのまま、構わず叩きつける。が、盾はふわりとセインの腕を通した。
「!?」
「つーっかまえた」
青年の声と同時に、盾は無数の羽になり集団としての形を変える。腕にまとわりついたと思うと、強く締めつけてきた。若草色の髪が揺れ、青年の得意げな笑みが見えた。
「舐めんじゃねえぞ」
ナイフから手を放す。それが指から離れる直前、形が揺らめいたと思うと、一瞬にして伸びていく。手近な位置に現れた柄をもう一方の手で掴み、ぐっと体に引き寄せた。
相手の端正な顔が引きつる。何をするつもりか、反射的に理解したらしい。
《刃》の切っ先で相手を捉える。強い鋭角の光。ナイフは見事、ランスに形を変えていた。
「おらぁっ!!」
力いっぱい突きつける。相対する彼の意識が殺がれ、羽はふわりと形を崩した。青年は間一髪でかわすと、慌てて間合いを取った。セインが2撃目をくり出そうとするのを見て、急いでそばの木陰に身をよせた。
セインは彼を仕留めるべく、大木の裏に回りこんだ。ランスは、再びナイフに変化している。
視界の隅に退き、のんびり見物しているベルンハルトが歯がゆい。
目の前の敵は、この一振りで確実に仕留める。そう思って全身に力を込めた。
だが、ふいに両脚がずしりと重くなる。しまった、と思ううちに眼界が回り、思いっきり地面に打ち下ろされた。すさまじい圧力。背後から投げかけられた声に、起き上がりつつ反射的に振り返った。