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――彼は夢を見ていた。宙ぶらりんな意識の中、数日前の悪夢が再生される。
そのとき、彼は林の中にいた。太い木々の間をすり抜け、雑草を踏みしめ、全力で駆ける。足が釣りそうになったが、休んでいる暇はない。事態は切迫していた。
ちらりと後ろを振り返る。過ぎていく木々と、ついてくる6人の仲間が見える。表情には出さないが、額の汗をぬぐったり、肩を上下させている様子が体力の限界を物語っていた。
彼らは追われていた。木々に阻まれ、ほとんどその姿は見えないが、ときおりのぞく敵の青いマントは確実に距離を詰めてきていた。
先ほどまで平たい地面だったのが、だんだんと木の種類が変わり、むき出しの根がせり出してきたのもその要因だ。くり返す飛び越え、くぐり抜けは、7人組の逃避行に追い打ちをかけていた。
先頭に立つ青年は、そろそろ腹をくくらなければならないと判断した。仲間の疲労も、自身の疲労も限界が目前に迫っている。前髪を上げているバンダナをきりりとしぼり直し、くるりと振り返って足を止めた。
「迎え撃つぞ」
仲間たちもそれに続き、各々の持ち場で戦闘態勢をとった。彼らが手を差しのべると、何もない空中から魔法のように武器が現れた。ある者は剣を、またある者は弓を握り、構える。武器を持たない者は、玉を持つように両手を丸めて、閉じる。
青年はジャケットの袖でこめかみの汗をぬぐうと、仲間と同じように右手を開いた。空中に溶けたものが集まるように、ナイフがすっと滑り出すように現れる。楕円を描くように反った刃が、切っ先で鋭い光を反射していた。
「セイン」
ななめ前に控えていた少年が声をかける。灰色の髪を揺らし、手持ちぶさたに青年を見た。
「《門》を作るか?」
「ああ、頼む」
セインと呼ばれた青年がうなずくと、少年は背を向けて駆け出した。
できるだけ使いたくはなかったが、敵を振り切れない以上仕方のないことだと割り切る。《門》とは穴だ。別の地点へ通じる穴。《門》を作り、通り抜けることで、この「フィールド」内を自由に行き来できる。ただしその穴を作るには時間がかかり、作った後、本人への反動が半端なものではない。
「皆、警戒しろ。こっからが勝負だ」
仲間に向けて、かつ自分も奮い立たせるよう大声を上げる。敵の足音が近づいてくる。視界にゆらゆらとはためく青が、数の多さを見せつけた。
「15、20……そのあたりかな」
すぐ隣の小柄な少年がつぶやく。彼は深草色の長髪を、頭の左で輪っかにしてまとめ、それよりもう少し濃い色のフードをすっぽりとかぶっていた。影で表情は見えづらいが、目はしっかりと先を見据えている。
「イース」
「全部倒すのは無理だよね。でも、足止めまではしないと」
そう言って、ゆるく唇をむすんだ。彼は武器を持っていない。ゆるく包んだ両手を広げると、細い《糸》が浮かび上がった。空気が少し動いただけで、その糸はふわりと伸びあがる。
イースは、近づく敵の一部が自分たちと同じように、弓矢を手の中に呼び出すのを見てとると、軽いステップで前線へ降りたった。
――空気が緊迫していく。夢は、過去の実際を鮮明に見せつけようとしている。
敵の弓がしなり、イースが手のひらの糸を投げたとき、戦いの火ぶたは切って落とされた。
イースの糸は丸いレース状になり、空中に浮かぶと、矢とセインたちの間で一気に広がった。細かい網目と粘り気のある糸に絡め捕られ、飛んできた矢は完全に殺傷力を失う。イースが矢を防いだ糸をたぐりよせ、敵が第2矢をつがえる前に、前衛メンバーが駆け込んだ。
セインも真っ先に敵陣に突っ込んでいった。自分を複数人で取り囲んでくる敵、うち1人が今まさに振り下ろさんとする剣に心臓が高鳴る。危機が高揚感に飲み込まれそうになる。
彼が踏み込もうとした瞬間、セインは自らそこに身を躍らせた。相手より一瞬早く攻撃を繰りだす。表面を削ぎ取るような軌跡。わずかな日光にも鋭く輝くサバイバルナイフは、敵の利き手にいとも容易く食い込んだ。相手が取り落としかけたところで、彼の剣は霧のようにかき消える。直後、攻撃を受けた反対側の手に全く同じ剣が現れ、斜め下から勢いよく斬りあげてきた。
ほぼ反射的にナイフを滑らせ、刃の凹凸部分で力を削がすように受けとめる。こすれる金属音。そのまま、絶妙な角度から捻りを入れる。
セインは凄まじい抵抗に合いながらも、無理矢理押し切った。バキッ、と怪しい音がして相手の顔が強張る。剣のヒビを認めたとき、彼は一瞬身を引いた――ところへ、ナイフを思いっ切り叩き込んだ。青いマントごと、胸を切り裂く。相手は目を見開いたままぐらりとバランスを崩し、流れを途切れさせることなく地に倒れた。