お兄ちゃんの元カレ、私の今カレ
私にはお兄ちゃんが一人いる。
私から見たらお兄ちゃんはかっこよくて、頭が良くて、スポーツもできる本当に完璧なお兄ちゃんだった。たった一人の妹の私にも優しくて、勉強からいろんなことまで教えてもらった。子ども扱いすることを嫌う私に合わせてもくれた。
私はそんなお兄ちゃんが大好きだった。
大好きだったのだ。
ある日私はお兄ちゃんが知らない大人の男性と一緒に手をつないでいるのを見た。
小学生だった私は中のいい友達くらいにしか思ってなかったが、それでもその光景は異様に思えた。
お兄ちゃんは少し照れたように笑いながら話して、相手の男性はそれをエスコートするかのように見えたからだ。
それから月日は過ぎて行って、ついにお兄ちゃんが私に言ったのだ。
「俺は男性しか愛せない」
そう言っていたお兄ちゃんの顔は雨模様だった。
今にも降り出しそうな涙の雨をため込んで、私の前では降らすまいと頑張っていた。
「ねえ、お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんでしょ?」
私はそういって、その会話に無理矢理終止符を打った。
終止符を打ったまま、私は逃げたのだ。
お兄ちゃんから、その真実から。
それから私がお兄ちゃんを避けるようになったのは言うまでもない。
でももし私がこの時それらから逃げていなければ今の現実は違っていたのかもしれない。
高校生になった私は少し背伸びをして、行ってはいけないバーや飲み場所に行くようになった。お兄ちゃんのせいで、私の男性の趣味が年上のこともありそんな場所は私の憩いの場となっていた。
そんな中で私は彼と出会った。
子ども扱いする大人を嫌う私は、同等に扱ってくれる彼をとても好きになったし、彼も私を好きになった。
この時私は17歳で彼は24歳、付き合うこと自体が犯罪になる。
でもそのこと自体を楽しんで私たちは付き合った。
別に二人でする事なす事が不純だったわけでないし、彼も私のことを体目的で付き合っているわけじゃなかったと思うし。
付き合いだして少ししてから気づいたことは、彼がお兄ちゃんと似ているということだった。
私を子ども扱いしないところや、知らないことを丁寧に優しく教えてくれるところ、すべてがお兄ちゃんに似ていた。
それを彼に話すと、彼は笑いながら「お兄ちゃんが大好きなんだね」と言ってくれた。それすらもお兄ちゃんに似ていて少し心が痛んだ。
なんと彼はお兄ちゃんと同じ年で、同じ誕生日だった。
私が高校を卒業して少し大人になったとき、事件は起こった。
お兄ちゃんが彼氏にふられたのだ。
お兄ちゃんは本気の恋だったらしく、久しぶりに会ったその顔は土砂降りの雨が降っていた。私は昔残したしこりを無いものとして、お兄ちゃんのそばにいた。
最初は何も話さずただ下を向いたり、でも急に泣き出したり、そんな情緒不安定な日が何日も続いた。
でも少しの雲が晴れたとき、やっとで口を開いてくれたのだ。
「付き合っていた人が浮気をしたんだ…」
重たい口からでてきたのは重たい話だった。
「…しかもその相手は女性で、俺のほうは遊びだって言ってた…」
泣きながらで少し声が聞こえないところもあったが、頑張って耳を傾け話を聞いた。
聞いたらその分だけ、勝手かもしれないが怒りもわいてきた。
お兄ちゃんはとっても優しいのに、人一倍かかわる人全てを大切にするのに何でお兄ちゃんは愛した人から大切にされないのか。
そんなエゴの塊みたいなものがどんどん膨れ上がってきた。
「お兄ちゃんその人に仕返ししてくるから名前言って!」
私がそう言うと固く口を閉ざした。
一度愛した人がひどい目にあうのが嫌だそうだ。
「じゃあ、何もしないからその人の名前教えて!約束するから…」
数十分間ずっと頼んでいたら、小さな声がポロリと零れた。
「…橋本…大樹……」
お兄ちゃんはそう呟いて泣き出した。
それから溢れ出るように思い出を言い出した。
出会った場所や雰囲気。
どこが好きになったのかまでも。
「よく“KURONEKO”っていうバーにいるんだ…」
話を聞いていくうちに、私はふわりふわりと心が冷めていく感じがした。
ねぇお兄ちゃん。
私の彼氏も“橋本大樹”っていうんだ。
出会ったところもね、お兄ちゃんと同じ“KURONEKO”で、口説き文句も同じ。
すべて同じなんだね。
好きになった理由も。
私が彼をお兄ちゃんにかぶせていた通り、お兄ちゃんも私をかぶせていたんだね。
やっぱり私たちって兄妹なんだね。
お兄ちゃんはいつから付き合っていたの?
私はね去年から。
「…去年の雪の降る季節に出会ったんだ…運命さえ感じた…」
そっか…私もね、話してみてこの人と私は運命の赤い糸で結ばれてると思ったよ。
しかも出会った季節まで同じか…
そこまで同じだったらなんか気持ち悪いね。
心が冷めていく感じを相手に悟られまいと、私は無理矢理笑顔を作った。作ったつもりだけど、お兄ちゃんの顔を見る限りただの苦笑いかな。
「…お兄ちゃんごめんね、浮気相手って私だったみたい」
そう言った時、お兄ちゃんの顔を見ないように目をそらす。
ただ、私のほうは本気なのかなとか、もしかしたら他にも愛人がいるのかなあとかくだらないことを考えてた。
そっか、もしかしたら、私自身が愛人かもしれないんだ…。
私はお兄ちゃんの顔をしっかり見た。
あの日と同じ雨模様だ。
もし私がお兄ちゃんを避けずにずっとそばにいたら、こんなことは起こらなかったのかもしれない。だって私とお兄ちゃんは仲の良い“兄妹”なんだもん。
あの時目をそらした恋愛相談なんかもいっぱいしたかもしれない。
でも時間は戻らないし、私のこの彼が好きという気持ちも消えはしない。
「お兄ちゃんごめんね、まだ私は続くみたい」
確信はないけどそう思った。
だって私はまだ捨てられていないもん。
お兄ちゃんの元カレは私の今カレ。
今はまだ私だけの橋本さんだもん。
ごめんね、お兄ちゃん。
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