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春遥か  作者: カオリ
2/9

六日前:冬の終わり春の始まり。誰が言ったのだろう、人は別れに向かって生きている。

三月二日。本日も晴天なり。

今年、我が校の卒業式は三月八日に行なわれるらしい。正直言ってなんか微妙だ、卒業式といえば例年九日のイメージだったから。そういう歌も流行ったし。


卒業まで一週間を切った生徒達が学校に言ってすることといえば、出席とって友達と喋って、軽く掃除してさようなら。あとは来る送別会に向けて出し物をやる有志の連中が集まったりするぐらいだ。

本当は学校来る意味なんて殆ど無いけれど誰も文句を言わないのは、皆それなりに高校生活との別れを惜しむ気持ちを持っているからだろうと思う。今着ているこの制服ともおさらばだと考えたら、少し淋しくなるように。(セーラー服は見た目より遥かに面倒だ。夏は暑いし冬は寒い、着るのは大変で脱ぎ辛い。でも、わりとあたしは気に入っていた。)


「ね、ハル。二組の木田くん、柳瀬さんに告白するんだって」

「柳瀬? ……ああ、去年同じクラスだった」

「そうそう! 成功すると思う?」


知らねー。昨日に引き続き例の話題を引っ張る志乃に呆れつつ、あたしは木田とやらの顔を思い浮べた。わかるようなわからないような。

つーか告白前に周りに知られてるってどうなんだ。


「あ、ケータイ着信来てるよ」

「ん?」


志乃に指差された先、机の上に出しっぱなしにしていた携帯電話が震えている。勢いの強いバイブのおかけで机の端から落下しそうになるそれを慌てて拾って、反射的に画面を開いた。


メール一件、差出人


(……井沢ァ?)


あたしは教室にいるはずの人物をちらりと見やる。当の本人は角の方で仲の良い男子とくだらないお喋りに興じている真っ最中、こちらを見ようともしない。


「……ンだよ、」


表示されたメール本文には、たった一言。


『HRの後、中央階段』







掃除はトイレに当たっていた。寒いし微かに臭いし、面倒なことこの上ない。三年間世話になった校舎とはいえ、トイレにだけは感傷も何も感じなかった。いや、感じる必要もないけど。

そんなわけですっかり疲れたあたしは(真面目に掃除したわけでもないのに)テンション下降気味で待ち合わせ、もとい呼び付けられた中央階段へと向かう。(ああ面倒臭い、)掃除の後なので人通りは疎らだ。そこに、退屈そうな井沢健吾がつっ立っているのを確認。

井沢はあたしに気が付くと、軽く片手を上げてみせた。


「よ、」

「……あたしを呼び出すたァ良い度胸だな井沢ァ……」

「え、えぇええ!? ちょ、待て待て何でそんな機嫌悪いの!?」


井沢は慌てたように両手を上げてホールドアップの姿勢をとる。別にあたしも喧嘩を売る気はなかった(八つ当りはしても)、だから早々に用件を聞きだしてしまうことにした。


「で?」

「で、って……まぁ良いや。お前考えてくれた? 有志バンドの話」

「あー、それか」


確かに早く答えを出さなくては時間もない。井沢達はもう練習を重ねているらしいが、あたしは曲目さえ知らなかった。

正直、やってもいいかなとは思う。

高校最後の思い出、なんて青春臭くて面白いじゃないか。最後位良いかな、そう思える程度にはあたしは井沢やハルカに心を許していたし、コイツらがいるなら他のメンバーともやっていけるとは思う。(井沢とハルカのおかげであたしは軽音学部に知り合いが多い。あの部独特のサバサバした人付き合いは好感を持てた)(ちなみに志乃も元軽音学部だ)でも、


「間に合わないだろ……あと三日じゃ」


そう、送別会は六日に行なわれる。何曲やるのか知らないけど、今更飛び入りのあたしが間に合うはずもない。足を引っ張るのはごめんだった。


「全部で三曲やる予定なんだけどさ。篠崎は一曲だけでも良いから」

「……は、どゆ意味?」


お前、自分が足引っ張るとか思ってるんだろ? 井沢はにやりと笑ってみせる。ンだよこいつエスパーか。中学からの付き合いは伊達じゃないってことだろうか。

心配ないんだ、そういってもう一度井沢が笑う。


「本当はもう、ぜーんぶ完成してんの。ギターとベースとドラムだけのアレンジで。でも、篠崎がやってくれるなら急遽キーボードのパート加えようってハルカが」

「ハルカぁ?」


何でハルカがそんなこと。てか、今日あいつ見てないぞ。

首を傾けていると井沢が言う。今日はハルカ休みだぜ。ってお前マジでエスパー?


「風邪?」

「いや、何か家の事情とかで」


ふぅん。さして興味もなかったので適当に相槌を打った。それよりも本題に戻さなくちゃいけない。

何で完成してる曲に、わざわざあたしが参加するために、新しいパートを加える必要があるわけ。

あたしがそう言うと、井沢は困ったように小さく笑んだ。


「とにかく、一曲で良いから。な?」

「答えになってねェぞテメー」


とりあえず曲だけでも見にこいと、そのままあたしは井沢に引き摺られるようにして音楽室に向かう。(有志バンドのグループに今の期間だけ貸し出されているらしい。)

誰も歩いていない廊下。もうすぐあたしも歩かなくなる場所。前を歩く井沢の背中が差し込んだ光に照らされていた。コイツとの因縁の六年間ももうすぐ終わるのだ、記念に一曲だけでも、参加できるなら良いかもしれない。


「ハルカがさー」

「んん?」


前を向いたまま、突然井沢が話し掛けてくる。壁に反響する声。遠くから、籠もった楽器の音が聞こえていた。他のバンドの連中が練習しているんだろう。


「オレ達が放課後バンドの練習するようになったら、篠崎と一緒に帰れなくなるなって言うからー」

「……なにそれ」


そんな理由? そんなことの為に、あたしをバンドに引き込みたかったのか。

確かにあたし達は知り合ってからというもの、一緒に下校したり(下校ついでに寄り道したり)することが多かった。

それはあたしが帰宅部で、軽音学部の活動日数が少なくて、おまけに同じ中学だから最寄り駅が同じあたしと井沢の使う電車の沿線にハルカが住んでいた――そんな偶然が重なったからにすぎない。

約束をした覚えもなかった。何となく、でもいつのまにか、当たり前になっていた帰り道。


「ハルカはさー」

「なにー」

「……お前のこと、特別だと思ってんよー」

「ふーん」


ふーんってお前なぁ。井沢はそう言って肩を竦めたけれど、こいつが何を言わんとしているのか、あたしは考えようともしなかった。

だって今更変わらない。そんなの知らなくていいし、知る気もないし、わからなくていい。このまま、この心地良さのまま卒業する。


「オレにとっても、ある意味篠崎は特別だけどなー」

「腐れ縁的な?」

「そーそー」


付かず離れず、最終的にはだいぶ近づいた六年。我ながら良く保ったと思う。世界で一番ウザい井沢は、あたしの人生に六年間も住み着いた。

コイツがいなくなったら清々する。それから、やっぱり少しだけ淋しいんだろう。

ハルカは井沢に比べれば短い付き合いだった。でも、とてつもなく濃い付き合いだった。


「ハルカはさー」

「なにー」

「オレの、大切なダチだからー」


あんな、ちょっとなよっちい変わった奴だけど!

井沢はからからと笑いながら音楽室の扉に手を掛けた。途端、扉の隙間から零れる爆音に小さな眩暈を覚える。エレキギターとドラムの音が好き勝手に飛び交う空間に体を滑り込ませると、人の声など全く聞こえなくなった。


「知ってるよ」


だから、あたしの最後の一言が井沢に聞こえたかどうかはわからない。







(これから何が起ころうとも、これまでの日々は変わらない忘れない)



(卒業式まで、あと六日)

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