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春遥か  作者: カオリ
1/9

七日前:もう終わりだね、過ぎ去る時間にさよなら告げる準備はできてたはずだけれど


「……春ぅ?」


三月一日。どうにかこうにか進学先も決定し、来る卒業式まで残り一週間。

女子高生というレッテルをそこそこに楽しんだ三年間はあっけなく過ぎ去り、その学生生活に終止符を打とうとしている。

この時期の三年生はやることがなくていけない。バイトをするには短いし、大学入学の準備を進めるにはまだ早いような気がしてしまう。

受験シーズンを考慮して敷かれていた自宅学習期間(要は学校に行かなくていい日)は本日解禁となり、久々に顔を合わせたクラスメイト達はそこそこテンションも高めに、専らラスト一週間の過ごし方を話し合っていた。


「そ、春! あたしには春が来なかったなぁ、って……」

「……それは所謂、青春というやつで?」


あたしはキラキラと目を輝かす友達に隠れてそっと溜め息を吐いた。くだらねー。

友達――志乃、という――曰く、今この学校では卒業に向けた告白ラッシュが予想されているらしい。

卒業する前に、というやつだ。志乃はそんな最後の青春劇を羨ましいと語るが、あたしには全く興味がなかった。斯く言う志乃自身、そんな相手はいないからこうして語るに止めているわけだけど。


「ハルはいないの、そういう相手?」


うわ、来た。来ると思いましたよ。

あたしはわざと眉を寄せて軽く志乃を睨む。


「わかってるくせに」

「あー、はいはい。ハルには無縁のお話ですかー」


無縁。えぇ、無縁ですよ。あたしはハルと言う名前のくせに、そういうことには一切縁がない。興味もない。

ちょっと言い訳すれば、ハルはハルでも“遥”と書く。春から遥か遠いハルだと、あたしは勝手に思っている。淋しいとは思わない、だって原因を作っているのは自分自身だと良くわかってるから。


「ハルはその性格さえ無ければね……」

「うっせ」


あ、またやった。そう思ってもどうにもならない。

篠崎遥しのざきはるという人間を語るにあたってまずはずせないポイントは、とにかく口が悪いということだった。

自分でいうのも何だけど、本気を出せばそんじょそこらのチンピラには負けないんじゃないだろうか(張り合う意味もないけど。)

いつからこうなのかは覚えていない、中学の頃はもう男子相手に日々啖呵を切っていたような気がする。これでも高校に入ってからは押さえるようにしていたのだけれど、やっぱり染み付いた言葉遣いはなかなか離れてくれなかった。おまけにあたしは人付き合いも苦手、というより嫌いで、愛想というものを振りまいた経験もない。つーかそんなもので繋がりを持つような相手はいらない。

高校入学後は髪を伸ばしたり、スカートの丈を調節してみたり、多少は化粧にも手を出したり。校則違反だけど、まぁそれなりに女の子をやっていた。見た目、は。でもいくら見てくれを変えたって、そうそう中身は変わらないもんだ。

自他共に認める性格ブス――それが、篠崎遥という人間です。えぇ、そうですとも。

あたしがそんなんなものだから、交友関係はかなり狭いと言える。志乃はこんなあたしと真っ向から付き合える、なかなか肝が座ったタイプの人間だ。貴重な数少ない女友達なので、あたしも邪険にしたりはしない。一応は。


「でもさ、ハルは男友達はわりと多いじゃん。何かなかったわけ」

「……多いかぁ?」

「んー。多いってか、付き合いが深いみたいな。井沢くんとかさ、どうなの」

「井沢ァ?」


冗談! 吐き捨てたあたしを志乃は不思議そうにみやる。何だ何だ、あたしと井沢は他人から見るとそういうふうに見えてるわけ。何それきもい。自分で想像しといてアレだけどかなり笑えない。

井沢はあたしと中学が同じだった、あたしの中でウザイ奴ナンバーワンに堂々君臨し続ける男だった。誰にでもこういう目障りな相手はいるものだろうけど、悲しいことに高校三年間同じクラス。(あんまりだ!)

中学時代と言えばあたしの口の悪さ最盛期だ。いくら高校で猫を被ってみても、井沢の前だと全くの無意味。あたしが口調を改善する努力を早々に諦めてしまったのは奴のせいだといっても過言ではない。

デートとかしたことないの、良く一緒にいるじゃん? そう言って志乃が笑うもんだからますます悲しくなる。デートなんていつしたよ、確かに出掛けたりしたけどあれはむしろ、と考えて嫌になった。それがそのまま口に出る。


「冗談じゃねーよ」

「まったくだ」


独り言に背後から返答あり。その声の主には十分すぎるほど心当たりがあった。最悪。それをモロに顔にだして振り返れば、予想通りの人間とばっちり目が合ってしまう。

「あれ、井沢くーん」

「どうもー」


噂をすればなんとやらだ。井沢健吾いざわけんごは志乃にやる気のない挨拶を返し、あたしには険悪な目線を一つ送り付けてから顎をしゃくって教室の片隅を示してみせた。その意図に気が付いてあたしは声を上げる。


「げ」

「早くしろ篠崎、待ってんぞ」


井沢は言うだけ言ってさっさと自分の席に戻って行った。奴の机の上には帰り支度の済んだ鞄とマフラー。

……しまった、忘れてた。あたしもいそいそと荷物をまとめる。


「何、ハルもう帰るの?」

「うんゴメン、約束あったんだわ」


とは言っても大したことじゃないけれど。

さっき井沢に示された場所には、高校に入ってからの(井沢とは別の意味で)腐れ縁の奴がぼんやりと座っている。あたしが見ているのに気が付いたのか、ふと顔を上げるとこちらを向いた。その表情がぱっと明るくなる。

……あーあーいいからいいから、こっち向くなよ喋んなよー。

そんなあたしの願いはアレには通じない。きっといつものとぼけた声で、可愛らしく言い放つのだ。


「はるちゃーん、終わったぁ? 早く帰ろー!」


ほら見ろ。

その声に一瞬教室がしんとなって、気を取り直したように少しずつ賑やかさを取り戻してゆく。井沢はこれを予想していたのか早々に教室からは消えていた、畜生!

大声を出した本人はきょとんと首を傾げている。お前のせいだよー、お前がそんな女子高生みたいにテンション高いからだよ!


「え、何、やだー! ハルってば久世くんと」

「だあぁァ! 断じて違うからあぁ!!」


志乃の言葉を強制的に遮る。あたしは鞄とコートをひっつかむと、我がクラスで一番可愛らしい“男子”を引き摺って教室を飛び出した。







「楽しみだなァ、『つるかめ』の肉まん!」

「……ああ、ソウデスネ」


隣の男は超ご機嫌だ。るんるんとスキップしそうな勢いでリノリウムの廊下を歩いていく。

あたしは足を引き摺るようにしてそれに続きながら下駄箱を目指した。何なんだコイツのテンション、疲れる。本当に疲れる。


「あ、健吾は校門で待ってるってー」

「……へぇ、そう」


井沢は後でシバく。あたしは堅く心に誓った。教室で待ってても全然問題ねェだろがあの野郎。


「はるちゃん、どしたの?」

「別にー」


あたしの隣でにこにこと笑うコイツは、あたしとは正反対の性格をしている。

言葉遣いは柔らかいし、性格も同じように優しい。良く言えば純粋、悪く言えば天然というところか。


出会いは忘れもしない高校一年の夏、あのお節介の井沢がコイツとあたしを引き合わせた。粗雑で乱暴なあたしにはこういうタイプの知り合いがいたほうがいい、確かそんなくだらない理由だったと思う。

知り合ってみれば女々しいしすぐ泣くし、なんでコレが男なんだろう。見た目が童顔で可愛げのあるのがせめてもの救いで、そうでもなければ気持ち悪すぎる。第一印象どおりの弱っちい男だった。タメというよりは弟みたいな。それで構ってしまったのがマズかった、たぶんそうだ。

そしてみごとに懐かれたあたしはそれ以来やたらとコイツに付き纏われ、あげく二年、三年は同じクラス。今日のように、こうして一緒に(井沢も巻き込んで)出掛けることは少なくない。まったく、何だか変な縁を感じる。


(そして、何よりも)


コイツの名前は“遥”と言った。あたしと同じ字、ただし読みは『はるか』。

性格に合う女みたいな名前。そう言うと、中性的な名だとコイツは言い張るけれど。


「あ、健吾みーっけ! 行こ、はるちゃん!」

「ちょ、待てハルカ!」


腕をぐんと引っ張られて身体が傾ぐ。ハルカは足が速い。女っぽいくせに。

あたしはコイツをハルカと呼ぶ。初めて会った日、久世くんと呼んだらすごく悲しそうな顔をされたからだ(なんでだよ普通だろ。)


ハルカを見るといつも思う。男みたいなあたしと女みたいなこいつ。逆なら、良かったのに。







知る人ぞ知る老舗『つるかめ』の肉まんは確かに美味かった。両手で紙袋を抱えながら帰路に着く高校生を道行く人々が眺めていたが、もうそんなの慣れっこだ。


「あ、そうだ篠崎」

「んん?」


井沢が頭のてっぺんを擦りながら口を開く。(あたしが出会い頭に殴った場所だ、まだ痛むらしい。)

あたしは未だ肉まんを頬張っている最中で、幾分籠もった間抜けな声を上げた。


「俺達、送別会の有志バンドで出るんだけど」

「へー」

「お前も出ねェ?」

「……は?」


毎年卒業式の前にうちの高校では送別会なるものがあって、要は三年生を送り出す為のイベントが催されている。

井沢はこれでも引退前は軽音楽部に所属していて、バンドやら何やらはやっても不思議はなかった。でもあたしは別だ。ずっと帰宅部だったし、出る理由もない。それに送別会まであと一週間もなかった。毎年の流れとして、送別会の翌日が卒業式予行、翌々日が卒業式。


「なんで。つーか今更時間ねェじゃん」

「でもお前、キーボードくらいいけんだろ。ピアノ引けるじゃん」

「ちょっと齧った程度だっつの」


いきなりあたしをメンバーに組み込むなんて何を考えているのやら、やけに熱心な井沢に首を捻る。

横を見れば、ハルカが目をきらきらさせながらこっちを見ていた。


「……おい、まさかハルカも出るわけ」

「もち」

「はるちゃんー! 一緒にやろうよっ」


信じられない話だが、実はハルカも軽音楽部だ。こんな軟弱なやつに楽器が弾けるのだろうかというあたしの心配を余所に、コイツはしっかり三年間部活をやりきったのだけど。人間はわからない。


「ね? はるちゃん!」

「…………………考えとく」


わっと歓声が上がったのを、聞かなかったことにしてため息を吐いた。あたしはハルカに弱い。あの無垢な目に弱い。

でもこの時あたしがこんな返事をした、理由はきっとそれだけじゃなかったんだと思う。

何だかんだ言いつつ、あと少しで終わるこの関係に名残惜しさを感じていたから。最後くらい良いかななんて、柄にもなく思ったんだ。










(気付かなかった気にしなかった。けれど確かに流れたその時間を、君とならば青春と呼べるだろうか?)



(卒業式まで、あと七日)


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