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快眠のプロローグ

澄子(すみこー!あれー?澄子どこいったー?」


「図書室かな?それとも上?」


「あぁ。まぁほっといていっか。さ、ご飯ご飯」



++++++++++++++++++++++++++++++++++




10月も半ばに差し掛かって、少し肌寒く感じる日も増えてきたけれど、私は今屋上にいた。昼時にはまだまだぽかぽかと暖かい。本来なら解放厳禁の屋上も、ちょっとしたつてと役割を持つ私は難なく入ることができる。授業中にさっさと早弁を済ませた私は昼食の時間とそのあとの昼休みをフルに睡眠に使うべく地べたにねっころがった。昨日の晩に夜更かしして読んだ伊坂幸太郎の小説はなかなかに面白かったので納得の寝不足なのだけど、私は睡眠時間を削るとそのまま目の下のクマに直結する。今日も鏡の前で思わず苦笑するほどのクマが出来上がっていたのだった。携帯のアラームは無機質で不躾なので日頃から使わないのだけど、こういうときは別だ。一時間睡眠で自主的に起きられる自信は無い。昼休み終了十分前にアラーム設定した携帯を耳元に置くと、私は目をとじた。校庭から微かに喧騒が聞こえる。わずかばかりの秋風がほほを撫でていった。至福の時間。しばらくして意識を手放そうとしていた時、がちゃりと屋上のドアの開く音が聞こえた。


おや、誰だろう?綾香か、ちひろだろうか。屋上を私物化してる私を二人はいつもあきれ顔でたしなめてくる。真面目な友人たちなのだ。私を探しにきたのかな。なら一緒にお昼寝しよう。気持ちいいぞ。私はまぶたの裏から日の光を感じる。誰かが近づいてくる気配がして、まぶたの裏に影が射した。


「あの」


「え」


まったく予想もしなかったボーイソプラノに私は目を見開く。そこには脇にパンパンに膨らんだトートバッグを抱えた男の子が立っていた。誰だ。


私がいぶかしげな視線を遠慮もせずにびしびしと浴びせていると、その男の子はトートバッグを肩から降ろすと、何とビニールシートを取り出した。小学校の遠足で使うあれだ。なかなかの大きさでガサガサと広げ出す。私が状況を把握しきれない間に男の子はシートを広げきった。


「……どうぞ」


男の子は小さい声で呟いた。小さくてよく澄んだ声だった。


「え?」


「地べたに直接寝ると制服が汚れるし」


それはそうなのだけどそもそも君は誰なんだ。どうして屋上に来たのだろう。何でビニールシートを持っているのか。色々疑問は浮かんだのだけど、確かに彼の言う通り屋上は汚れているので起きたあと体をはたくのは面倒だ。お言葉に甘えよう。


「ありがとう」


私が遠慮なくシートの上に寝転がると、彼は靴を脱いでシートに座った。って君もシートに上がるのか。それはそうか。察するに屋上に上がった目的は私と一緒なのだろう。そうでなければ説明できない準備の良さだった。ひんやりとしたシートが心地よい。下がごつごつして頭の置き場がしっくり来ないのが不満だけれど。私がいつものように腕枕をすると、柔らかい感触が頭に触れた。少し上体を起こして感触の正体を確認する。クッションだ。枕サイズの小さなクッションが置いてある。


「頭の下が固いと寝づらいから」


私は思い切り噴き出してしまった。トートバッグがパンパンにふくれていたのはこれのせいか。


「でも私が使うと君の分が無いんじゃ?」


そもそも私は初対面の人間の勧められたシートに寝転がりはしても、枕代わりにクッションを借りるまで図々しくは無いつもりだ。


「いや、大丈夫。寝る気はないから。休みが終わる頃には起こしてあげるから、使って。凄いクマだよ。」


成る程私の目の下のクマは初対面の人間に思わずクッションを差し出させるくらいひどいらしい。納得がいった私は感謝の気持ちを笑顔にのせると、クッションを引き寄せて顔を埋めた。


男の子の様子を伺うと何もすること無くぼんやりとしている。陽射しにわずかに目を細めて佇むその姿はまるで猫のようだった。しなやかそうな体格にさらさらの猫っ毛、切れ長の目。どれをとってもまさに猫にそっくりだ。そんなことを多いながら私の意識はまどろみに沈んでいった。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++


優しく肩のあたりを揺さぶられて、目を開く。その様子を見て誰かの手が肩から離れる。あぁ、気持ちが良かった。クッションを引き寄せながら、快適な睡眠を提供してくれた男の子を見つめる。


「……ちょうど昼休みが終わる10分前だよ」


親切な男の子を眺めながら思う。変な子だな、と。雰囲気が掴みにくい子だ。表情が乏しいからだろうか?ただ、見ず知らずの人間にここまでしてくれる人はなかなかいないだろう。他人に無関心に見えて世話焼き好きなのだろうか。私がしてもらったことは世話というより介抱に近い気がするけれど。


「助かったよありがとう」


私がお礼の言葉をつぶやいた途端携帯から大音量でアラームが鳴る。目の前の男の子が激しく身を縮ませる。私も顔を顰めるとすぐにアラームを切った。


「この不愉快な音で起きなくて済んだ」


男の子は同意するように大きく頷いた。男の子が立ち上がったので私も後に続く。二人でシートを畳んでいく。


「……わざわざ自宅から持ってきたの?これ」


畳みながら、素朴な疑問を男の子に投げかける。


「うん。前から屋上には上がってみたいと思っていて」


「へえ」


「高いところが好きなんだ」


「うん、高いところはいいよね。それにここは風が気持ちいい」


「だからあなたが居て驚いた」


「うん、私も驚いた」


「いつもここで寝ているの?」


「いや、寝不足の時だけかな。まぁ、寝はしなくとも本を読みに来たりもするね」


「そう」


「また来る?」


男の子は私をじっと見つめた。


「うん、また来るよ。……クッションは2つ持ってくる」


私たちは友人になった。




こうして私はネコと出会った。





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