4-2 ゼロのご主人様
明日からテストなのに…私、こんなことしてていいのか!?
私はゼロの後ろをついて行きながら町を眺めている。
今日はゼロのご主人様であるアミィと顔合わせに行くことにした。そして、そのままストレイラル家に泊まり、翌日から依頼開始である。
毎日歩く町を猫の姿で歩くのはなかなか新鮮である。
「あの…」
私が町を眺めているとゼロが歩きながら声をかけてきた。
「どうかした?」
「ご家族の方には泊まりがけだと連絡しないのですか?」
「ああ…それなら書き置きをしてきたから大丈夫よ」
リリィのことだ、私について来ると言い張って聞かないだろうからね。あえて依頼内容は書かずに「泊まりがけの仕事があるから家を空けます」とだけ書いておいた。…後は朔夜が何とかするでしょう。
「そうなんですか…」
今の説明でゼロは納得してくれたみたいだ。
「つきました」
そんな会話をしていたら目的地であるストレイラル家についたようだ。
ストレイラル家は町の中心から少し離れた丘の上に建っている。私の目の前にはまさしく豪邸と言っていい程の巨大な建物がある。猫の目線から見ているためか余計に大きくみえるけど…
「さぁ、入ってください」
ゼロは門の隙間から体を滑りこませた。こんな時猫の体は便利だ。そのまま中心に噴水がある広い庭を横切っていく。
玄関は閉まっていたので近くの開いている窓から屋敷の中へと入る。
「こちらがご主人様のお部屋です」
二階の一番奥にある少し装飾の施された扉の前で立ち止まる。そして扉の下にある猫専用の小さな穴から中に入った。
部屋の中はぬいぐるみでいっぱいだった。熊、猫、犬…他にも沢山あっていかにも少女らしい部屋だった。
「あれ…ご主人様?」
部屋を見渡しても誰もいない。ゼロはきょろきょろと部屋を見渡すとベッドの上に飛び乗った。
「あ…寝ちゃったんですね」
よく見るとベッドが少し膨らんでいる。どうやら昼寝をしているようだ。私もベッドに飛び乗る。柔らかいベッドに足の半分が埋まって上手く歩けない。
「……ぅん」
「…ほぉ」
目の前で寝ている少女はとても可愛らしかった。肩より少し長いさらさらの金髪に整った顔…まさに美少女だった。歳は12~3歳くらいに見える。
「……ん…ふぁ」
しばらくして少女の瞼がゆっくり開く。髪と同じ金色の瞳がトロンとしたまま私を見た。
「……白猫だ」
私を見たまま少女は可愛らしい顔を僅かに傾げる。
「ご主人様、おはようございます」
ゼロが挨拶をする…と言っても彼女には「にゃ~、あにゃ~」としか聞こえないが…
「あ、ゼロ…おはよう。何処に行ってたんだい?」
少女…アミィはゼロの頭を撫でる。するとゼロも気持ち良さそうに喉をゴロゴロ鳴らす。
「…ところで、ゼロ。あんた、こんな可愛い白猫を捕まえてきて…やるじゃないか」
アミィは顔に似合わないような姐御口調でゼロを見ながらニヤニヤと口元を緩める。
「な、何を言うんですか!」
ゼロは明らかにオロオロしながら「にゃー!にゃー!」と鳴きはじめた。私は少しからかってやろうと甘い鳴き声を出しながらゼロの顔に自分の顔を擦り寄せた。
「ふにゃ~ん♪」
「な、ななな何を!?」
ゼロが顔から煙がでそうなほど赤くなって目を回しはじめたので私はそろそろかな、と思いゼロから体を離してアミィの方を見ると挨拶をする。
「はじめまして、お嬢様。私はエルダと申します。ゼロとはお友達です」
アミィは私を見て目を見開いて驚いた。
「あ、あんた…言葉が話せるのかい!?」
「はい」
アミィは私を同じ目線まで持ち上げると、しげしげと眺めた。…なんか恥ずかしいな。
「へぇ~…ゼロは喋れないけどあんたは喋れるんだねぇ」
そう言うとアミィは目を輝かせて私に顔を近づける。
「…で?ゼロとはどんな経緯で恋人になったんだい?」
耳打ちするように言ってきたアミィに私は慌てて首を振った。
「ち、違いますよ!私は別にゼロとは恋仲ではないです!」
「おや、そうなのかい?アタシはてっきりゼロにもようやく春が来たと思ったんだけどねぇ」
この大人びた姐御口調…本当に子供なのか?実は中身は結構な歳だったりして…
「エルダ、あんた今変なこと考えてなかったかい?」
「…え?」
「ちなみに、アタシは13歳だよ?」
私、何も言ってないんだけど!?
「顔に出てるよ?」
猫の表情を読むなんて…この子できるわね!
「だてにゼロといつも遊んでるわけじゃぁないよ」
そう言うとアミィは元気よく笑いだした。その顔は純粋に可愛い。口調は年上らしいけど見た目は美少女なのだ。笑顔がよく似合う。
それからは両親がいない間は私がゼロと一緒に彼女の遊び相手になるということを話して猫として普通に過ごした。なんてことはない、アミィとのお喋りである。
「ご主人様、そろそろ夕食の時間です」
ゼロが前足で時計を指し示して鳴いた。
※これ以降もゼロの喋っている内容を書きますがアミィには鳴き声として聞こえています。
夕食の時間となり私とゼロはアミィの足元に寄り添って一緒にご飯を食べた。
「ゼロ、何だか人が少なくない?」
食事中であるアミィに悟られないように猫の言葉でゼロに尋ねる。
「…と、いいますと?」
ゼロは首を僅かに傾げると私と向き合って座った。
私が気になったことはこの部屋の中にいる人間の数だ。私とゼロ、アミィの他にはメイドさんが三人ほどドアの近くにいるだけで護衛らしき人は誰もいない。
「いくら食事中であってもちょっと無用心じゃないかしら?」
私の問いにゼロは僅かに顔を伏せる。
「…ご主人様が人間嫌いだということは話しましたね?」
私は頷いた。依頼を受ける時にたしかにその話しをしていた。
「ご主人様は五年前に一度、誘拐されそうになったことがあります」
「…え?」
五年…彼女が8歳の時か。
「その時はたまたま旦那様と奥様が仕事で家を離れている時でした。私もまだご主人様と出会ったばかりでしたので油断していたのかもしれません」
ゼロは目を閉じると俯いて再び口を開く。
「ご主人様を誘拐しようとしたのは…この家の護衛をしていた兵士の一人でした」
「…!」
私は自然と目を細めているのを感じた。身内に誘拐犯…か。
「幸い誘拐は失敗しました。…しかし、それからというもの、ご主人様は人との付き合いを一切しなくなりました。余程怖かったのでしょう…旦那様と奥様、それから仲のよかった使用人以外は誰とも会わなくなりました」
ゼロは顔を上げて食事中のアミィを見た。
「本当は旦那様も奥様もアミィ様を家に残すのは不安だったのです。しかし、一緒に王都に連れて行ったとしてもアミィ様を苦しめるだけだと思われたのでしょう…だから、アミィ様を守る為に貴女を雇うことにしたのです」
私もゼロと同じようにアミィを見上げる。黙って食事をしている彼女の顔はどこか寂しそうだった。
私はアミィの顔を見ながらしばらく彼女が此処に残った理由を考えていた。王都はこの大陸一番の大都市だ。勿論それだけ人間も沢山いる。そんな所に連れて行ったら彼女はきっと耐えられない。
いや、彼女の事だ…この町さえ歩く事はできないのかもしれない。
心の傷はそう簡単には癒せない。
食事が終わって部屋に戻ったアミィは風呂に入るとベッドに腰掛けながら本を読み始めた。何故か私とゼロを膝の上に乗せた状態で…
「…エルダ」
アミィが私を呼んだので顔を上げる。
「あんたのご主人様はどんな人なんだい?」
相変わらずの姐御口調で私に質問をしてきた。
しかし、困った。そもそも本当の使い魔ではない私にはご主人様なんて存在しない。仕方がないのでリリィのことを話しておこう。
「私のご主人様は17歳の少女です。…基本的には真面目な人ですよ。ただ、私を溺愛してるので今頃は泣いているんじゃないでしょうか…」
間違ったことは言ってない。ただ『ご主人様』の部分が『恋人』になっているだけだ。
「はは、随分と可愛いがられてるんだねぇ」
「ええ、少しは自重してほしいです」
授業中に媚薬を作ってた事があったくらいだ。もう少し周りの視線を考えてほしい。
「エルダはそんなご主人様の使い魔になったことを後悔したことがあるかい?」
少し真剣な顔で尋ねてきたアミィに私も真剣に返した。
「ありません」
リリィをパートナーにしたことを後悔したことはない。むしろ毎日が充実している程だ。
「そうかい…時々、ゼロはこんなアタシがご主人様であることを後悔してるんじゃないかと考えるんだ」
アミィの言葉を聞いてゼロが驚いて顔を上げた。
「ご主人様、僕は後悔なんてしてません!」
私がゼロの言葉をそのまま伝えるとアミィは「ありがとう」と言ってゼロの頭を撫でた。
「アタシはこうして引き込もってばかりだ。また昔みたいに町を歩いてみたい…でもね、どうしてもダメなんだ。周りの視線がさ…いつかまたアタシをさらっていこうとする奴に見えて仕方ないんだ」
アミィは私とゼロを撫でながらすっかり暗くなった外を見た。今夜は綺麗な満月だった。
「…アタシとしたことが何を話してるんだか…疲れてるのかな」
アミィは私とゼロを枕元に降ろすとベッドに潜り込んだ。
「…おやすみ」
「おやすみなさい、ご主人様」
「おやすみなさい、お嬢様」
私とゼロの返事に微笑みを返すとすぐに小さな寝息が聞こえてきた。
私は人の姿に戻るとベッドに腰掛けて寝息をたてるアミィの頭を撫でればサラサラの金髪の感触が伝わってくる。
「ゼロ、アミィはもしかしたら変わりたいのかもしれないね…また堂々と人前に出られるように」
「そうでしょうか…」
ゼロもアミィの寝顔を見ながら呟いた。
「今、彼女は古傷から立ち直ろうとしてる。立派なことだよ…だから周りがしっかり支えてあげなくちゃいけない」
「はい…」
私とゼロは日付が変わる時間まで彼女の顔を眺め続けた。