閑話 フィアナの料理
あけましておめでとうございます!新年になってからの初更新です!
今回はフィアナ目線で少し昔の話から始まります。
―フィアナSide―
私は貴族の娘…他に兄弟、姉妹がいない私はいずれ家の長女として政治の世界へと関わりを持つことになる。
私は貴族の規則に縛られた生活が大嫌いだった。
勉学、武術、魔法、ダンス…何においても私は完璧に振る舞うことを強要された。小さい頃の私はそんな事は当たり前なんだと何の疑問も持たなかった。
私が今の生活に疑問を持ったのは15歳の時にふと浮かんだ好奇心からだった。
「(私は外の生活を何も知らない…)」
窓から外を見ても見えるのは15年間毎日見てきた広い庭とその先に見える大きな塀だった。一度も屋敷の敷地から出たことがない私にとってそこから先はまだ見たことがない世界。
「(見てみたい…)」
私の中に生まれた好奇心は消えず、逆に日に日に大きくなっていった。
そしてある夏の日――私は屋敷を抜け出した。
夜の町は物音一つしない。私が着ているのは真っ白なワンピース。たった一人で歩くはじめての町はとても寂しいものだった。
その日から私は毎日、真夜中にこっそりと屋敷を抜け出しては夜の町を歩き続けた。理由はない、ただ歩きたかったからだ。
二週間が経ったある日、いつものように屋敷を抜け出して町を歩いていた。幸い、この町は治安が良くて真夜中に出歩く人は私以外おらず、私は自分の時間を満喫していた。
そう、この日までは…
いつものコースを歩きながら左右の建物を眺める。どこも明かりはついていない。私は町の真ん中にある噴水に向かって歩いた。そこでいつも夜空を見ながら歌をうたうことが私が唯一やることだった。
しばらく通りを歩き、町の中央にある噴水にたどり着いた。噴水は半径2メートルくらいの円形で、中心は魔法を使用する際に現れる魔法陣を象った形になっている。
私は噴水の前で立ち止まると、星が輝いている夜空を見上げる。
夜空の星は昼間に見える青空とはまた違う美しさがある。しばらく空を眺めた後、近くのベンチに腰掛けると目を閉じて風を感じながら歌をうたう。
――私は星を見上げよう
――私は篭の中の鳥だから
――私の苦しみが、いつか誰かに届くように
――星は全てを見ているから
――私の思いを風に乗せ、今夜空に届けましょう
静かな町の中心で私の声だけが響く。
―その時
「なんだか暗い歌だな」
「…っ!?」
突如背後から声をかけられて私は振り返った。
そこにいたのは茶髪で暗い赤の瞳をした少年だった。
「だ、誰!?」
私が脅えて一歩後ずさると少年はバツが悪そうに頭をかく。
「あ~…怪しい者じゃないって言っても信じてくれないよな…」
少年は私と同じくらいの年頃だとわかった。身長は私より十センチほど高いだろうか。頭をかきながらため息をつく少年の様子から危険な感じがしなかったので、私は少し警戒を緩める。
「あんたが有名な真夜中の妖精か?」
「真夜中の…妖精?」
少年の言葉に私は首を傾げた。真夜中の妖精…いったい私と何の関係が……いや、だいだい予想はつくが
「最近噂になってたんだよ。真夜中に町の噴水に妖精が現れるって」
少年の言葉に私は額を押さえてため息をつく。どうやら流石に誰にも見つからないわけにはいかなかったようだ。二週間も毎日出歩けば誰かに見られるのも当然だ。
「私はただ真夜中の散歩を楽しんでいただけですわ…」
少年はふ~ん、と顔を背けると大きく欠伸をした。
「普段は寝てる時間なんだけどな。なんでか目が覚めたんだ」
「そう…ですか」
私は少年から視線を外すと再び空を見上げる。
「じゃ、俺は帰るから。邪魔したな」
私が空を見上げていると、少年は背を向けて歩き出した。私は慌てて彼を呼び止める。
「あ…お待ちください!」
「ん?何だ?」
ここで出会ったのも何かの縁だから名前を聞いてから帰ろうと思ったのだ。
「お名前を…聞かせてくださいませんか?」
私の言葉に彼は一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔になった。
「サイマス・ハルバルトだ、皆からサイって呼ばれてるよ」
「サイマス…覚えておきますわ。私はフィアナ・ルツ・フレイラルです。また…会いましょう」
私とサイは同時に背を向け、一度も振り返らなかった。
それから三日後、夜中に出歩いていたことがばれた私は外出できなくなり、再び屋敷にこもりっきりとなった。
そして二年後、私は両親の反対を押し切り学園に入学した。信用できる使用人を数人連れて家を出て寮での生活も始めた。
入学式を終えてクラス分けの結果を張り出した紙を眺める。私のクラスにはサイの名前もあった。
入学式で午後の授業がなかったので、私はサイの席へと向かった。彼は身長が伸びている以外はあんまり変わっていなかった。
「お久しぶりですわ、サイ」
私へと視線を向けたサイは少し驚いていた。
「フィアナか?二年ぶりだな、元気だったか?」
「当然ですわ。私を誰だと思っているのです?真夜中の妖精ですわよ?」
私が微笑むとサイも微笑み返してくれた。その時から私は何かと彼のことが気になるようになった。
今になって思えば、この時から私は彼に……
「サイ、あなたお昼は食べているんですの?」
ある時、昼休みになってから私はサイを問いただしていた。といのも、毎日サイの様子を見ていたが彼が弁当を食べたり、購買で食べ物を買う姿を見たことがないからだ。
「いきなりだな、まぁ、食べてないな。俺の家は貧乏だからな、余裕がないんだ」
私はこの時、彼の為に何かをしてあげたいと思った。そこで考えたのが…
「なら、私が明日からサイのお弁当を作ってあげますわ!」
「はぁ?」
「私がサイのお弁当を作ると言ったのです。私には金銭的余裕もありますし、料理には昔から興味もありましたし」
何でもこなす私だが唯一やったことがないこと…それが料理だった。
私は彼の為に次の日から生まれてはじめての料理に挑戦した。結果は……まぁ、散々と言ってもいい。サイは倒れるし、クラスの友人からは生物兵器だと言われる始末だ。
私は表面上強気な姿勢を保っていたが、心の中では悔しくてしかたがなかった。私は彼に何もしてやれないのか、と寮の部屋で何度も泣きそうになった。
でも、私は諦めない。絶対に美味しい料理が作れるようになりたい。そう思って毎日練習を続けた。
入学から一ヶ月程経った頃、今日も中庭でサイに弁当を渡す。サイははじめて弁当を作った日から何度倒れようと、気分が悪くなろうと一度も私の弁当を拒否したりしなかった。
「ん…フィアナ、料理上手くなったな」
「本当ですか!?」
「ああ、まぁ最初から上手かったんだがな」
私は微笑みながら彼が弁当を食べるのを眺めていた。
「最初は酷かったですわね、私のお弁当…」
「そんなことないぞ?フィアナは味見してないみたいだからわからないかもしれないが…」
「…?」
「たしかに倒れたり気分が悪くなることもあったけど、味は凄く美味かったんだぞ?」
「…え!?」
私は驚いて固まってしまった。サイは少し恥ずかしそうに再び弁当を食べはじめた。
私が我に返った時、サイは丁度弁当を食べ終えた。
「サ、サイ…あの、美味しかったのはよかったのですが…よく倒れるとわかっているのに私の料理を食べてくださいましたね…」
サイが私の料理を食べなかったのはエルダの記憶喪失事件の時だけだ。あの時は本当に気分が悪かったらしい。
サイは私に弁当箱を渡すと背中を向けた。
「…俺の為に作ってくれたんだからな。食べなきゃいけないだろ?」
「…サイ」
私は顔が熱くなるのを感じた。たぶん私の顔は真っ赤になっているだろう。よく見ると背を向けているサイの耳も少し赤い。
「…授業、遅れるなよ」
そう言うとサイは中庭から校舎の中に入っていった。
私はサイの後ろ姿を見つめ、しばらくその場に立ったままだった。
それからさらに一週間…現在私は寮の屋上にいた。時間は真夜中…寮は門限があるので夜の散歩は毎日屋上にくることにしていた。
扉を開けて屋上の真ん中に立ち空を見上げる。
今日は綺麗な満月だった。
しばらく星空を見上げていると向かいにある男子寮の屋上に人影が見えた。
男子寮は女子寮の向かい側に建っていて、間の距離は25メートルくらいだ。私は目を懲らして人影を見る。どうやら人影の正体はサイのようだ。こんな時間に起きてるいるとは珍しい。
どうやらサイも気づいたらしくこちらを向いた。私は軽く手を振る。すると、サイは少し後ろに下がったかと思うと…なんと、走り出したのだ。
そしてそのまま大きくジャンプする。はたから見たら今まさに自殺をしようとしている人に見えるだろう。
だがサイの体は落ちることなく男子寮から女子寮まで見事な大跳躍をみせた。
「サ、サイ!何をしたんですか!?」
私は目の前の事実が信じられなくてサイを問いただした。
「簡単だ、風の魔法を使って体を押したんだよ」
どうやら風の魔法を使って体を前に向かって押して飛距離をのばしたらしい。しかし一歩間違えたら大怪我をするような行為だ。
「何をやっているんです!?こんな危険なことを…!」
「はは…悪いな」
「まったく…」
頭をかきながら笑うサイの笑顔を見ていたら…もう、どうでもよくなってしまった。仕方がないので一番聞きたいことを尋ねることにした。
「サイは何故こちらに来たのですか?」
「ん?…ああ」
サイは月を見上げると一度息を吐いてから再び私に視線を向ける。
「真夜中の妖精が一人じゃ寂しそうだったからな」
「なっ…べ、別に寂しくなどありませんわ!!」
サイは私の反応が面白かったのか笑顔で私を見ていた。私はサイの顔を見ているとドキドキしてしまうので顔を反らして月を見た。
「あ…」
その時、月に重なるように三つの人影が見えた。大きな翼を広げる三人の少女、エルダ達だ。彼女達も夜の散歩だろうか。
「羨ましいですわ…私にも自由な翼があれば…彼女達のように何処までも飛んでいきますのに…」
「…空か」
私の呟きにサイは考えるようなしぐさをする。
「私は篭の中の鳥…今はただ家という篭から逃げているだけですわ。でも、飛べない私はいつか篭に戻される…そうなれば、二度と空は飛べないでしょう。自由になる時は私が必要なくなった時…」
そして…おそらくその時、私に飛ぶための力は残ってないのだろう。
「…なら、今飛んでみるか?」
「…え?」
サイの言葉に私は思わず振り返った。彼の姿は月明かりによってとても神秘的に見えた。
「数分だけなら飛べるぞ?…ほら!」
「え!?ちょっ…きゃぁぁぁ!?」
サイは私を抱き抱えると風の魔法を使い空に舞い上がった。突然だったので私は思わず目を閉じてサイに抱き着いていた。
「フィアナ、目を開けてみろよ」
耳元で聞こえるサイの声。私は恐る恐る目を開く。
「…綺麗」
私は思わず呟いていた。目の前に広がる町並み、普段とは違う目線で見る町は幻想的で…それが月明かりでさらに雰囲気を増して見える。そして、遠くまで続く草原、遠くに見える山…全てが月明かりに照らされて青白く染まっていた。
「どうだ?はじめての空は…気持ちいいだろ?」
首を動かせば目の前にサイの顔がある。私はサイにお姫様抱っこされており、サイの首に両腕でしがみついている状態だった。
「…あ、あの」
「おっと、暴れるなよ?落ちるぞ?」
サイとこんなに密着したことはない。私は胸がドキドキしてさっきから落ち着かない。
「サイ…あの、そろそろ…」
「フィアナ…」
私の言葉を遮ってサイは私に視線を向ける。暗い赤の瞳が私を見る。
「フィアナは…何で俺に毎日弁当を作ってくれるんだ?」
「そ、それは…」
私は言葉に詰まり顔を反らす。
「わ、私は…サイがいつもお昼に何も食べないので…その…」
上手く言葉が出なくて私は俯く。困った、こんな時はなんと言えばいいのか…
「俺はさ…二年前、フィアナが歌ってた歌を聞いていて思ったんだ」
サイは私から視線を外すと月を見上げる。その顔は何かを決意したような…凛々しい顔だった。
「俺はこの子を助けたいって思った。何でなのかはわからないけど…フィアナはいつも苦しみを抱えてるみたいで見てられなかったんだよ」
サイは私に向き直ると優しく微笑んだ。
「フィアナがはじめて俺の為に弁当を作ってくれた時、食べる俺を見て本当に嬉しそうにしてたからな…俺がフィアナの苦しみを和らげることができてるんだって思って…俺も嬉しかった」
私は頬を何かが流れるのを感じたが気にせずサイを見つめ続けた。
「フィアナ…これからも俺の為に…料理を作ってくれないか?」
「…はい!」
私はサイに思いっきり抱き着いた。涙が出てきて…でも泣き顔は見せたくなかったからサイの胸に顔を埋めて隠した。
私は貴族の娘、いつか両親は私を連れ戻そうとするだろう
でも、私は一人じゃない。私を必要としてくれる人がいるから…きっと大丈夫。
だから、私はこの人を愛そう…
この人となら、私は自由に飛べる気がするのだ。
この二人はいつかくっつけたかったんですよ。
自分で思うのもなんですが…サイってこんなに格好よかったっけ?