2-10 戦いとその後…
大学の夏休みも今日で最後、明日から講義が始まりますが頑張ります!
朔夜との対決の日になりエルダとリリィは町外れにある草原にいた。以前エルダが反政府軍と戦った場所である。
「もう、何も残ってないね…」
リリィの言葉にエルダは静かに頷いた。あの時、エルダはここでたくさんの命を奪っている。大切な人を守るためだと思っていても罪悪感は拭えない。
「エルダ、完璧な人なんていないよ…」
エルダはリリィへと顔を向ける。リリィは前を見たまま続ける。
「あの時、エルダが頑張ったから…私はこうして此処にいるし、エルダと一緒にいられるんだとおもうの…だから」
リリィはエルダに向き直るとクスリと笑った。
「今度は私がエルダの力になる。そう決めたんだよ」
リリィの言葉にエルダは笑うと
「ありがとう」
と言った。それと同時に前方に百人くらいの兵士が現れた。その中には朔夜もいる。
「二人とも…覚悟はいいわね?」
「勿論、どっからでもかかってきなさい!」
するとエルダが一歩前に歩み出る。
「リリィは朔夜と戦いなさい。私は他の奴らを片付けるから…」
「エルダ…」
エルダはリリィへと向き直るとウインクしながら微笑んだ。
「負けたら許さないんだから」
「勿論勝つよ!エルダのためだもん!」
リリィはそう言ってエルダの隣に並ぶ。朔夜はそんな二人を微笑みながら見ていた。
「私達はパートナーなんだから!いつも一緒だよ、エルダ!」
「ふふ、そうね。じゃあ始めましょうか」
エルダの声を合図にするかのようにリリィと朔夜は空中に飛び上がり、エルダはシャルを片手に兵士達へと向かっていった。
―エルダSide―
私の目の前には百人の兵士たちがいる。以前草原でこの数の何十倍という数と戦った私としては何の問題もない。
「さて、きなさい…あなた達の目の前にいるのは世界そのものですよ!」
私の言葉と同時に十人ほどが突撃してくる。私は目の前の一人の攻撃を避けると剣を持っている右手を掴み投げ飛ばした。
さらに後ろから切り掛かる兵士に回し蹴りを叩き込むとシャルで地面に叩きつける。勿論峰打ちである。
「…次、きなさい!」
今度は二人が同時に飛び掛かってきた。シャルで相手の剣をいなすと二人の背後からもう一人が飛び出してきた。
「…囮か」
私はその場に伏せると左手を軸にして一回転し、目の前の二人の足を払う。そしてバランスを崩した二人を回転する勢いのまま同時に蹴り飛ばした。そして飛び掛かってきていた兵士の振り下ろす剣を体を捻って避けるとその腕を蹴り上げる。
「…せい!」
そして無防備な兵士の腹に拳を叩きこむ。私にとって鎧は紙と同じだ。兵士は衝撃で吹き飛んだ。
「風よ、薙ぎ払え!《エアブレイド》」
さらに振り向きながら風の魔術を唱え、固まっている兵士達を吹き飛ばす。
「う~ん、リリィ大丈夫かなぁ」
そう言って私は少し離れた場所で戦うリリィの方に目を向けた。ちょうど50メートル離れた辺りで赤と紫がぶつかり合っていた。
―リリィSide―
私は20個程のファイアーボールを朔夜に発射する。
「…甘いよ」
朔夜は手に持っているナイフでファイアーボールを次々と切り裂いていく。
「そのナイフ…ただのナイフじゃないわね」
私の全身があれは危ないと警報を鳴らしている。
「ええ、ただのナイフじゃないわ。これはちょっと特殊でね…どんなものでも切ることができるの。例えば…」
朔夜がナイフを振り上げる。私が咄嗟に横に飛びのくと今まで私がいた場所の“空間”が切れた。
「こうやって空間を切ることもできる。…まあ直接切った方が切りやすいんだけどね」
朔夜は腰を低くして構える。そして朔夜の周りに紫電が発生する。
「紫電・嵐雪」
朔夜が地面を蹴った瞬間姿が消えた。しかし私はものすごい殺気を感じて咄嗟に右に回避する。その瞬間、私がいた場所に朔夜が現れた。…何もしていない?違う。早過ぎて攻撃が見えていなかっただけだ。
「よく避けたわね。あのまま回避しなければあなた今頃穴だらけだったわよ?」
朔夜がそう言った瞬間空間に無数の穴があいた。おそらくあの一瞬の間にナイフで何度も突きを繰り出していたのだ。
「ちょっと今のままじゃ厳しいかな…」
私は立ち上がりながら朔夜の顔を真っ直ぐに見つめると静かに息を吐き出す。そして…
「封印一段階解除」
抑えていた力の一部を解放した。
―朔夜Side―
「封印一段階解除」
リリィがそう言った瞬間、今までとは比べものにならないほどの魔力を感じた。
「…なるほど、今までは全然本気じゃなかったんだね」
私はまたさっきと同じように姿勢を低くすると紫電を纏う。
「次は当てるわ…紫電・嵐雪!」
私は地面を蹴ってリリィへと突撃すると一瞬でいくつもの突きを繰り出す。今度はリリィは回避しようとしなかった。
「…無駄よ」
リリィが静かに呟いた瞬間。
彼女はナイフを右手の指で挟んで受け止めた
「……なっ!?」
私が驚いて一瞬止まった瞬間、リリィが空いている左手を上げる。そして私を指差した瞬間…
「《…エクスプロージョン》」
次の瞬間、私は巨大な爆発によって吹き飛ばされた。
―エルダSide―
「あらら…派手にやってるわね」
私が最後の一人を倒すのと同時に巨大な爆発音が聞こえた。
朔夜が煙の中から飛び出す。その体は紫電に包まれていた。彼女の纏う紫電は身体能力強化と魔法防御をかねているらしい。
「いたた…今のは効いたわ」
朔夜が顔をしかめながら呟く。
「………」
その後をリリィが追うように現れる。その目は真っ直ぐに朔夜を睨み、普段の彼女と同じとは思えないほど鋭かった。
「…《フレイムランス・バースト》」
リリィが手をかざし炎の槍を作る。そしてそれを躊躇なく朔夜に投げる。
朔夜はそれを体を捻って回避し、炎の槍はそのまま地面に刺さる。
「…弾けろ」
そしてリリィが指をパチンと鳴らした瞬間、炎の槍が爆発した。
「…ちっ!」
朔夜は大きくジャンプして爆発から逃れる。しかしそれを狙っていたとばかりにリリィがファイアーボールを連発する。
「それは効かないわ!」
朔夜がナイフでファイアーボールを掻き消す。しかし、次の瞬間朔夜と私は驚愕する。リリィがファイアーボールの弾幕に隠れるようにして朔夜に接近していたのだ。
「くらいなさい!」
遠距離型のリリィがまさかの接近戦を挑んだことに驚く朔夜だがさすがと言うべきかリリィの蹴りを素早く受け流す。
「はっ!」
朔夜がナイフを素早く振り、リリィはそれを避ける。しかし、リリィは避けることはしても距離をとろうとはしなかった。
「…もらった!」
足払いを受けて怯んだリリィを見て朔夜は腰を深く落とす。
「紫電・舞姫」
朔夜の目が鋭くなり流れるようにリリィとすれ違う。そして次の瞬間、リリィの全身から血が吹き出した。
「……っ!」
リリィがその場に倒れる。傷の回復はするが痛みは感じるのだ。リリィは歯を食いしばってヨロヨロと立ち上がる。
「やめておきなさい。センスはあるけどまだ戦いに慣れていないわ。よくやった方よ」
朔夜がリリィにナイフを向ける。しかし、リリィの目はまだ諦めていない。
「エルダ、この勝負私の勝ちでいいかしら?」
そう言う朔夜に私は首を横に振った。
「まだ終わらせるには早いわよ、朔夜」
私の言葉に朔夜は顔をしかめるとリリィを見る。リリィはゆっくりと口を開く。
「術式…発動」
「……!?」
朔夜の周りに赤い魔法陣がいくつも現れる。
「隔離!」
リリィの言葉と同時に朔夜は赤い結晶に閉じ込められる。
「これは…」
リリィが接近戦をしかけた理由、それはこの術式を組むため。リリィは朔夜が攻撃をしかける中反撃をせず、回避だけをしていた。その間ずっと魔法陣をしかけ続けていたのだ。
「燃やせ!《プリズンフレイム》」
朔夜の足元から突然炎が立ち上る。朔夜は火傷をしないように紫電を纏う。しかし、密閉された空間の中であるため酸素の低下と熱は防げない。
「……ぐっ!」
朔夜は額から汗を流しながら耐え続けた。すると炎の勢いが無くなってきた。おそらく酸素がなくなってきたのだ。
「惜しかったわね。耐えきったわよ…このナイフは…どんなものでも…切れる」
苦しそうにしながらも朔夜はニヤリと笑った。しかし、彼女は重大なミスをおかしていることに気がついていない。
「…はっ!」
朔夜はナイフを使い結晶の一部を切り裂き穴をあけた。そして…
「《フレイムリバース》」
リリィの言葉が響き、朔夜の入った結晶が大爆発した。
朔夜のミス…それは結晶に閉じ込められた時点でナイフを使い脱出しなかったこと、つまり防御にまわったことだ。この大爆発は酸素の低下で消えかかった火種に突然酸素を供給することによって一気に燃え上がる“バックドラフト”と呼ばれる現象を魔術で強化したものだ。
「……うっ」
炎が消えると紫電を纏いながらもふらふらと足元がおぼつかない朔夜が立っていた。紫電による防御でダメージは抑えているがそれでも相当な衝撃だったはずだ。
「はぁ…はぁ…もう、だめ」
朔夜は仰向けに倒れた。それを見てリリィもその場に座り込む。
「…引き分けだね」
私がそう言うと二人はお互いを見て苦笑いした。
「リリィって強いのね…あなたを倒すならこの眼帯をとらなきゃいけないわ」
朔夜はそう言って右目の眼帯に触れた。
「これ取ったらもうちょっと強くなれるのよ。ただししばらく動けなくなるけどね」
リリィはその言葉に苦笑いする。
「私だって封印を全部解いたらしばらく動けなくなると思うよ?……やったことないけどね」
私は二人のやり取りを見て思わず笑ってしまった。
「あ!ちょっと酷いよエルダ!人のこと笑って!」
「ごめんなさい…つい…ふふふ」
リリィは私から視線を外すと立ち上がり、朔夜に近づく。
「朔夜はこれからどうするの?」
朔夜は少し考えるように首を傾げると溜息をはいた。
「そうね…依頼は失敗しちゃったし、どうしようかしら」
「なら、私達と一緒に暮らさない?」
突然のリリィの言葉に朔夜は目を見開く。
「…な、何で?」
リリィは笑いながら手を差し出す。
「行く所がないんでしょ?それに…エルダを好きな者同士、仲良くしたいし♪」
リリィの言葉に唖然としていた朔夜は一度目を閉じると再び開く。そしてリリィの手をしっかり握り返した。
「じゃあ…これからよろしくね」
「うん!」
その様子を見ていた私も思わず笑顔になっていた。
なんとか立てるようになった朔夜にリリィが肩をかす形で私達は家へと帰る道を歩いていた。
「それにしても…二人とも凄い格好ね」
リリィの服は所々裂けて血がついているし、朔夜の服も破れたり焦げている部分がある。
「仕方ないじゃない…」
「そうよ…あれだけやればこれくらいなるわよ」
二人の言葉に私はやれやれといった表情を作った。
「まったく…あなた達は―――」
その時、突然巨大な魔力を背後から感じて咄嗟に振り返る。リリィも気配を感じてその場から回避する。しかし次の瞬間、リリィと反対側に避けようとした朔夜の足に木の枝が絡まり、そして
ドスッ
朔夜の胸を背後から一本の剣が貫いていた。