2-7 迫る影
天がいないので番外編はもうちょっとお待ちください。
かわりに本編を少し進めます。
エルダは真っ白な空間に浮かんでいた。どちらが上でどちらが下かもわからない、ただ浮かんでいるだけ。
「(そうか…これは夢ね…)」
エルダはゆっくりと周りを見渡す。夢だと気がついても特に何も思わない。
すると周りの景色が突然変わり始めた。真っ白な空間に突然壁や床、天井が現れ始める。
「(……私は知ってる)」
更に窓が現れて外からは夕日が部屋の中を照らす。
「(…ここは、私がいた孤児院)」
完成した部屋は前世で暮らしていた孤児院の一室だった。
ドクン
エルダの鼓動が大きくなる。
「(ダメだ、この先に進んだら…)」
ドクン
しかし、エルダの思いとは反対に体が勝手に部屋の奥へと進んで行く。
ドクン
「(ダメ…この先に行かないで!)」
エルダの体はある扉の前で止まった。この先にある光景をエルダは知ってる。だからこそ開いてはいけないことを知っていた。
「(…嫌!やめて!)」
ガチャッ
ゆっくりと扉が開くそして…
ドクン
部屋の中には二人の少女がいた。ただ、一人は床に倒れている。床に倒れている少女は黒髪のショートヘアーで、うっすらと目を開けてエルダを見ていた。
「…蒼真…ご…めん…ね……や…く…そく…守れ………ない…」
その言葉を最後に彼女は瞼を閉じて動かなくなった。気づけば床は彼女の血で真っ赤になっていた。
ドクン
「…ねぇ、蒼真」
突然もう一人の少女が口を開いた。少女の黒髪は床につくほど長く、左目は冷たい雰囲気を表すような漆黒。右目は怒りを表すように真っ赤だった。全身に返り血をあびて立つ姿ははっきり言って異常だった。
ドクン
彼女は床に倒れている少女を見下ろす。
「…あんまりにもこの子が蒼真から離れないから……殺しちゃった」
ドクン
彼女はこちらに向き直ると笑顔を浮かべた。
「これで…私達を邪魔する人はいないね!」
ドクン
まるで無邪気な子供のような笑顔。しかし、彼女の周りにある光景がそれは異常であることを伝えている。
「私はあなたを愛してる…誰にも邪魔はさせない」
彼女はそう言うと血で真っ赤になった手をエルダに向ける。
「さぁ…私を愛して」
彼女の手が触れる瞬間。
「イヤアアアァァァァァァ!!」
視界が白に塗り潰された。
「イヤアアアァァァァァァ!!」
突然の叫び声でリリィはベットから飛び起きた。
「エルダ!?」
隣のベットでは上半身を起こした状態で頭を抱えて震えるエルダの姿があった。
「エルダ!?どうしたの!?大丈夫!?」
慌ててリリィがエルダに近づく。
「…やめて……違うの……私は」
エルダは涙を流しながら何かを呟いていた。
「エルダ!!」
リリィがエルダの顔を自分に向かせる。エルダの目は焦点が合っておらず、虚ろなまま涙を流し続けていた。
「エルダ!しっかりして!私がわかる!?」
リリィの言葉に少しずつエルダの瞳に光が戻りはじめた。
「あ……リリィ?」
エルダはリリィの名前を呼ぶとそのままリリィに抱き着いた。
「…エルダ」
「ごめん…少し…このままにさせて…」
「…うん」
それからしばらく二人はそのまま抱き合っていた。
―エルダSide―
本当にまいった。まさかあの時の夢を見るなんて…
夢の中の光景が再び浮かんできそうなので私はそのことを考えないようにした。
「……朔夜」
私はぽつりと一人の名前を呟いた。あの歪んでしまった少女の名前を…
「…エルダ?」
私を抱きしめていたリリィが心配そうに声をかけてきた。
「…なんでもないよ、ごめんね…リリィ」
私はもう忘れようと夢の光景を記憶の隅に押し込んだ。
「(あれはもう終わったことよ…)」
私はそう思った。辛い過去のことよりも今はリリィの温もりを感じたかった。
―リリィSide―
あれからしばらくしてエルダはいつもの調子に戻っていた。
「ごめんね…リリィ、心配かけたね」
「うん、気にしないで…」
エルダはありがとうと言うとキッチンの方にあるいて行った。
私はエルダの後ろ姿を見ながらさっきのエルダが呟いた名前のことを考えていた。
「…サクヤって…誰だろ」
私はエルダの過去について知らない…
「(いつか…話してくれるかな)」
そう思いながら私はしばらく物思いにふけっていた。
―SideOut―
しばらくして二人は学校へと出かけた。先日壊された校舎も綺麗に修繕されている。
「ふあ~……おはよう、エルダ、リリィ」
学園の入口でシャーリーが待っていた。まだ眠いのか目を擦り、さらには少しフラフラしている。
「おはようシャーリー、眠そうだね」
エルダがそう言うとシャーリーは苦笑いを浮かべる。
「アハハ…実は昨日の夜に隣の街に軍隊がきてるって聞いてね、気になって眠れなかったわよ」
「…軍隊?」
エルダは首を傾げてシャーリーを見る。
「うん、私のお父さん軍人だからそういう情報はよく伝わってくるんだよ」
「珍しいわね、何しに来たのかしら…」
「さあ?なんでも人を探してるらしいわよ?人数は二人だって…」
エルダはリリィとお互いの顔を見合わせて同時に呟いた。
「「…まさかね」」
―???Side―
―つまらない―
私は窓から外を眺めながらいつもと同じように紅茶をのんでいた。
私は普段、金さえもらえたら何でもやる。殺し、傭兵、配達、窃盗…様々なことをして生きてきた。
といっても私はそんな毎日に飽き飽きしていた。私には膨大な魔力があり幼い頃から魔術の才能があったらしく、すぐに魔術を使いこなした。
そのためか私と対等に戦える者などいなくなった。だから退屈なのだ…毎日がつまらない、だから今回の仕事もさっさと終わらせて帰って眠りたい。
私の夢には必ずある人物が出てくる。私には前世の記憶があり、その記憶の中には私が唯一対等であると認めたある少年がいた…彼は戦う力はなかったが近くにいるだけで心が満たされた。だからこそ私と一緒にいてほしかった。
しかし、彼は私を拒絶した。彼と一緒にいられないとわかった私は自ら命を絶った…しかし、気がついたらこちらの世界にいた。彼がいない世界に興味はなかったが何故か再び自殺する気にはならなかった。
私は現在とある依頼で二人の人物を探している。私は夢の中で彼に会うために早く仕事を終わらせたい。だから私は一人で先に行くことにした。
「おい、何処へいくんだ!」
宿を出ると私と一緒に来た軍隊の男が声をかけてきた。
「…少し下見をするだけよ」
私はそれだけ伝えると風になびく黒髪を右手で抑える。そしてそっと右目に指を動かす。右目には眼帯がしてある。別に見えないわけではない。ただ他人には見せられないだけだ。私が眼帯に触れた瞬間…
―彼がいる……―
ドクン
私の中で誰かが囁く、心臓の鼓動が高鳴り右目から強い力を感じた。私はその瞬間無意識に走り出していた。
―彼がこちらの世界にいる!―
何故かわからないが感じた。彼の気配を…ここから割と近い街から。
私は心の底から溢れる衝動に歓喜してひたすら愛しい彼がいる方に向かって走った。今度こそ離さない!
そして、私は口にする…愛しい少年の名前を。
「今から会いに行くよ、待ってて……蒼真!」