せめてもの救い
ライターの小説はエディターの訳文で出版された。彼女は書店の「海外文学」コーナーに平積みされたその本を手に取った。彼の国の高層ビル群の上空にうっすらと浮かぶ男女の顔。アイドルの感想が書かれた帯。著者名の隣にあるポエムの本名。エディターは巻末に訳者解説がないのを確認すると、その本を元あった場所に戻した。
出版社が宣伝に力を入れたにも関わらず、新書は何の反響も生まなかった。SNSで話題にする人はいなかった。発売初週の売上ランキングを見ても圏外だった。通販サイトではレビューが一件のみで、「本の状態が良かった」ため五点という評価だった。
エディターは他人の爆死を見届けると、憑き物が落ちたような気分になった。彼女はようやく就活を始めた。条件のいい仕事は見つからず、工場に就職した。今度は通訳ではなく一労働者として。
工場での仕事は彼女の性に合った。それは小説の翻訳のように、他者から邪魔されず、自分の作業に集中できる。同じ動きを繰り返しているうちに頭の中が真っ白になり、時計に目を向けるといつの間にかかなりの時間がたっている。やがて昼休みか終業のベルが鳴る。幾本ものロボットアームが忙しく働き続ける中、労働者たちは一斉に食堂か更衣室に向かう。表面上、彼らはロボットと変わらない。
エディターは築年数が古くなるばかりで家賃が一向に下がらないアパートに戻った。電気をつけると夜行性の虫がササッと姿を消す気配。彼女はシャワーを浴び、髪をゆっくり乾かしてから、やや緩慢な動きで椅子に座り、机に向かう。職場で使っているメモ帳を開き、それを見ながら文書作成ソフトで文字を入力する。一行でも読めばそれが小説だと分かる。
彼女は今、書いている。




