5話︰スパイ発覚
再教育部の面々が、冷たく静謐な教室に集う。遅れた集合はトラブルによるものだが、スケジュールを巻き、義務を果たすため、聖騎士・皇スザクは教壇に立つ。
彼女の背に広がる白亜の翼は、セイント総合学園の正義を象徴する聖なる輝きを放つ。だが、その瞳には、試練と疑念が渦巻いている。
彼女は声を張り、厳かに告げる。
「再教育部の皆さん。貴方達は学業を疎かにした結果、セイント総合学園に相応しくないとなり追放される予定でした。しかしそれだけではあまりに不遇だろうという理由で、救済措置として、一週間後のテストで全員が合格を越えることができたら追放を免れます。なので勉強して合格ラインを越えてください」
建前の言葉を告げた後、スザクは鋭い視線で教室を見渡し、単刀直入に切り出す。
「この中に、セイント総合学園に害を成すスパイがいる可能性が高いです。だから試験への挑戦を妨害し、問答無用で追放される予定です。私も勉強そのものはお手伝いしますが、試験の妨害はしますので、そのつもりで。ではエージェント、後はよろしくお願いします」
言葉を終え、スザクが教室を後にしようとした瞬間、アズが立ち上がる。白亜の翼と、平和を象徴する植物の髪飾りが印象的な少女。
彼女の瞳には、決意と諦念が宿っていた。
「待ってほしい。私がスパイだ。そして、今夜起こるヒカリ暗殺計画の阻止に協力してほしい」
「わかりました。別室で話を聞きます、ついてきてください」
終末封鎖機構のエージェントや他の再教育部の面々を残し、スザクとアズは教室を後にする。別室に移り、録音装置とメモ帳を用意するスザク。
彼女の動きは、聖剣を手に審判を下す騎士の如く厳格 だ。
「いろいろ聞きたいことはあるけど、何故、自白を?」
「私がもう人を殺したくないと思ったから」
「なるほど。ではまず暗殺計画を話してください」
「ヒカリの暗殺は、今夜の10時に行われる。協力者の手引きで暗殺部隊が侵入し、存在破壊爆弾でヒカリを殺害する予定だ。少なくともスパイの私にはそう伝えられている」
「では、貴方がスパイとしてセイント総合学園に潜入した経緯を順序よく話してください」
「あ、ああ」
アズは喉を鳴らし、言葉を紡ぎ始める。その声には、罪の重さと解放への渇望が混じる。
「最初は大三生徒会であり平和主義のグリフィンが、私達の鉄血自治区にやってきて、仲良くしようとしたことから始まった。それを見た逆十字は彼女の和平への願いを利用し、セイント総合学園へ攻撃する計画を立案した。そして優秀だった私がスパイ役として選ばれ、三大生徒会長の一角であるグリフィンの手引きで侵入し、更に私が鉄血の生徒をセイント総合学園へ招き入れ、事件が起こることになる」
「なるほど」
スザクの脳裏に、先刻の影の言葉がよぎる。
影は、グリフィンが三大生徒会の資格を失ったと語っていた。三大生徒会として権力を手に入れたグリフィンの無垢な和平への願いが、無自覚な悪意となり、同じ三大生徒会のラジエルの死を招いた。
意図せず外患誘致を行ったグリフィンを、ヒカリは切り捨て、新たな三大生徒会の構築を始めたのだ。
セイント総合学園の理念は三位一体。
過激派ヒカリ、過激派ラジエル、平和派のグリフィンで構成される。
ヒカリの独裁は長続きしない。だからこそ、影とスザクを新たな柱に据えようとしているのかもしれない。スザクの瞳が鋭さを増す。彼女は決断を下す。
「この情報がどこまで正しいかわかりませんが、取り敢えず報告をしてきます。貴方の身柄は拘束します」
「待ってほしい。鉄血の暗殺部隊は徹底的な軍事教育を受けたプロフェッショナルだ。私も戦う」
「必要ありません」
冷たく断じ、スザクは三大生徒会のテラスへ向かう。扉を開けると、そこにはヒカリと影が座していた。影の存在は、まるで運命の使者としてそこにあるかのよう。スザクは自らの推測が正しかったことを悟る。
「待っていましたよ、スザク。スパイは見つかりましたか?」
「はい、資料も用意してます」
「結構。では影さんが持ってきていた資料も読んでください」
「承知しました」
影が差し出した書類には、ケルベロス魔境学園の生徒会組織・ケルベロス生徒会が、鉄血自治区の逆十字と密談し、セイント総合学園に損害を与えるため物資を横流ししていた記録が記されていた。
影の声は、混沌の焰を宿しながらも、冷徹な決意に満ちていた。
「私とヒカリは平和を求めてこの条約を結ぶために頑張ってきた。だけど、互いの学園の首脳陣がハイペリオン平和条約で有利な立場を得るために、テロリストを中継して潰し合いを行っている事実が相互補完によって事実となってしまった。だから、私はクーデターを起こす。平和を掴むために、ケルベロス生徒会を解体し、ケルベロス魔境学園の暫定政権を樹立し、セイント総合学園の支配下に入ることを約束するわ。神天地の創生の為に力を貸してほしい」
「ヒカリの名において許可します。影さん率いるクーデター側を正しい存在だと認め、また平和を求める一つの学園として、全面的に支援することを誓います」
影のクーデターを、ヒカリとセイント総合学園が支援する。
大義は『正義』と『平和』。
セイント総合学園が争いの火種を作り、ケルベロス魔境学園がそれを煽った罪への裁き。ヒカリの声が、聖堂の鐘のように響く。
「というわけです。スザクさん。貴方には二つの仕事があります。クーデターへの協力と、今夜私を殺しにやってくる暗殺部隊の殲滅です」
「拝命しました」
「では、下がって構いませんよ」
スザクは一つの疑問を投げる。彼女の使命は揺るがないが、再教育部の運命が気にかかる。
「再教育部はどうしますか?」
「ああ、ちゃんと、合格点を取れば追放はしません。妨害もする必要はありませんし、終末封鎖機構のエージェントが人を導く姿を見るのは、貴方にとっても良い機会かもしれませんね」
「わかりました。引き続き、再教育部の監督の役割を全うします」
スザクは静かに上半身を上げ、テラスを後にする。彼女の背に宿る白亜の翼は、セイント総合学園の正義を背負う重さを映す。




