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三話:エージェント


 皇スザクは、硬直した肩をほぐすように首を鳴らす。

 聖騎士の威厳を纏う彼女だが、その仕草には一瞬の人間らしい脆さが垣間見えた。セイント総合学園の聖域を護るため、彼女は今、終末封鎖機構のビルへと足を踏み入れる。


 目的は明確だ。

 『再教育部』の監督を終末封鎖機構のエージェントに委ねること。そして、その先にあるセイント総合学園の存亡を賭けた戦いの布石を打つこと。既に用件は伝えてあるが、セイント総合学園の地でヒカリと対面させるのはこれが初めてだった。


 終末封鎖機構。

 それは、学園連合国家・日本にあって異端の存在だ。所属する生徒たちは自らの意志で集い、終末封鎖機構の目的のために団結する。


 その結束は、一つの聖堂を支える柱の如く揺るぎない。もし敵対すれば、セイント総合学園といえども多大な犠牲を払うことになるだろう。


「いや、敵対する前提で思考でどうする」


 スザクは自嘲する。だが、心の奥底で警鐘が鳴る。終末封鎖機構のエージェントは『生徒』を護ることに特化した存在だ。受動的ではあるが、ひとたび守護の意志を固めれば、その力は他の追随を許さない。


 スフィンクス学園を護るため、敵対企業を半壊させた実績はその証左。戦力を持たず、ただ対話と説得で他者を動かす。


 その力は、光と闇を調和させ、相互理解の橋を架ける三界至天の技。

 優しき調停者。


 太陽の如き光で殲滅するスザクとは相容れぬ天敵とも言える存在だった。


「相性最悪かな、私とは」


 皇スザクの使命はセイント総合学園の利益だ。そのために、他学園や生徒を躊躇なく踏み潰し、燃料に変える冷徹さを持つ。だが、終末封鎖機構のエージェントは光と闇の間を取り持ち、落としどころを見出す者。ならば、セイント総合学園の言い分を聞き、妥協点を探ってくれるかもしれない。


 スザクはそう期待をかけ、訪ねるべき時刻を迎える。重厚な扉をノックする。静かな響きが室内に響く。


「どうぞ」

「失礼します」


 部屋に足を踏み入れ、スザクは騎士の礼節を以て敬礼する。背筋は鋼のように伸び、聖騎士の威厳が漂う。終末封鎖機構のエージェントは、覇気のない虚弱そうな男性だった。身なりは整い、不快感はない。だが、その平凡な外見は、嵐の前の静けさを思わせる。

 普通の大人。

 それがスザクの第一印象だった。


「セイント総合学園所属、三大生徒会直属の聖騎士、皇スザクです。本日は事前にお伝えした再教育部の監督の件でお伺いさせてもらいました」

「うん、ありがとう。資料は目を通させてもらった。再教育部の監督役だね。引き受けるよ」

「ありがとうございます。その資料に書かれている内容に嘘偽りはありません。しかしもう一つ思惑があります」

「長い話になりそうだね。どうぞ、座って」

「失礼します」


 スザクは椅子に腰を下ろし、言葉を紡ぎ始める。その声は、聖堂に響く祈りの如く厳かで、しかし内に秘めた情念が滲む。


「まず概要を説明します。セイント総合学園に害をなす存在がいて、それが見つけられないから怪しい人物を再教育部に集めて追放する、という流れがあります」

「それは……なんとも」

「そこまでの強硬姿勢を示すのには、ケルベロス魔境学園とセイント総合学園が結ぶハイペリオン平和条約の破壊、そして既にセイント総合学園の三大生徒会の一角が殺されているからです。すぐにでも外患誘致を行う存在を排除しなければ、その魔の手はどこまで伸びるかわかりません」

「そっか」

「既に指揮を執っているヒカリ様は、死ぬこと前提でセイント総合学園のシステムを再編成していると仰っていました。そして再教育部に怪しい人物を集めて追放する用意も整えています」

「そこで、私を追加するのは超法規的措置が目的かな?」

「お察しのとおりです。この再教育部は突然できて、上層部の意向で集められた人材です。それはつまり贔屓や強権とも取られます。しかし終末封鎖機構が加われば、その責任は終末封鎖機構へ委託されます。だからこそ、貴方が必要なのです」

「セイント総合学園側としては、私がちゃんと監督して生徒達が勉強できるようになって、追放を免れては困るんだね」


 スザクは静かに頷く。彼女の瞳には、使命の重さが宿る。


「だけど、再教育部の生徒達は怪しい人物であるだけで、推定無罪な筈だ。それをセイント総合学園から追放するのは少し厳しような雰囲気は感じるけどね」

「仰る通りです。学籍の剥奪されればまともに生きていくことは難しいです。だからこそ、再教育部の設立です。頭が悪いから追放する。我々が再教育部から抜け出すことを妨害するとしても、そもそも再教育部のテストを超えられなければそれまでです」


 スザクの心の奥底には、別の願いがあった。この理不尽なゲームを、再教育部の生徒たちが乗り越えて欲しいという切なる思い。


 スパイは抹殺すべきだが、無辜の生徒が犠牲になるのは避けたい。それが彼女の本音であり、恐らくはヒカリも同じだろう。ヒカリの友が再教育部に含まれている以上、友情を犠牲にして平和を選ぶ不名誉な結末は避けたいと、スザクは願っていた。


「それにこちらも条約と命を失うリスクを背負っています。セイント総合学園の生徒である以上、セイント総合学園全体には貢献してもらわねば」

「なるほど。前提条件は理解した。その上で、君たちは終末封鎖機構に何を望むの?」


 スザクはエージェントの目を真っ直ぐ見据え、言葉を刻む。


「スパイの発見をお願いします。妨害や追放はスパイが分かれば別にしなくても構わないんです。疑わしいから罰するだけで、全ての問題はスパイに帰結します。スパイさえ消せれば、セイント総合学園は背中を気にせずハイペリオン平和条約へ向かえますから」

「方法の要望はあったりするのかな?」

「いいえ。何度も言いますが、スパイを消せれば他の者達は罪がありません。純粋に勉強して成績を取り戻せばそれで良いんです。私も全面的に協力します」


 スザクの使命はセイント総合学園の利益だ。そのために手段を選ばぬ冷徹さを持つが、不幸を最小限に抑えられるなら、それに越したことはない。彼女は前進を止めないが、賢明な道があるならそれを選ぶ柔軟性もまた、彼女の強さだった。


「私の使命はセイント総合学園の利益です。その為ならば、どのような手段も選びましょう。最終的に妨害するとしても、スパイを見つけて排除することが最優先です」

「そう。わかった。なら私なりのやり方で頑張らせて貰うよ」「はい。よろしくお願いします。これ以上、亡くなる者がいないことを祈ります」


 かくして、聖騎士とエージェントの邂逅は、静かな波紋を残して終わった。スザクの背に宿る白亜の翼は、セイント総合学園の正義を象徴する。だが、その翼の下には、守るべき者への微かな慈悲が隠されていた。彼女は聖騎士として、規範と信念の狭間で戦い続ける。

 スパイを排除し、セイント総合学園を護る。

 その使命は、彼女の存在そのものだ。



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