二話:現状確認
皇スザクは、セイント総合学園の生徒会長ヒカリの私室に呼び出されていた。ノックをして、ヒカリが部屋の鍵を解除して、招き入れる。
「どうぞ」
「失礼します」
ヒカリの部屋は質素な部屋だった。三大生徒会というセイント総合学園の最高権力の一角にいるのだから、贅沢な暮らしをすることは可能である。しかし彼女はそのようなことはせず、あるのは唯一の趣味である紅茶の茶葉が置いてある棚だけだった。
無論、三大生徒会として威厳を示すために、わざと豪華絢爛な一面を披露することはあるが、それは仕事であり、ヒカリが望んでやっていることではない。
スザクもそれを理解しているので、特に何も言わず、部屋の中央にある簡素な椅子に座った。ヒカリは無言のまま紅茶を用意し、テーブルに二人分のカップを置いた。ヒカリはスザクの対面に座ると、ゆっくりと語り始めた。
「久しぶりですね、スザク。聖騎士としての任務を忠実に果たしてくれているようで、貴方の活躍を聞かない日はありません。ありがとうございます」
「ヒカリ様に褒めて頂き、嬉しいです。それで、今日はどのようなご要件で?」
「……セイント総合学園は今、ケルベロス魔境学園との和平条約であるハイペリオン平和条約を控えています。しかしそれを妨害する勢力が、我が三大生徒会の一角であるラジエル生徒会長を暗殺しました」
暗殺。
それは大きな意味があった。
単純に三大生徒会という三人の派閥の代表が選出され、三位一体となりセイント総合学園の舵取りをする最高責任者の一角が欠けた、という政治的な意味合い。
それに加えて暗殺……つまり人殺しが行われた事実は、皇スザクにとっても重い情報だった。そもそも人を殺すのは物理的にハードルが高い。
火力の高い大口径の銃弾や、高出力のエネルギー照射を数時間浴びせない限り、人は死なないのである。人体の神秘は、大きな致命傷も数秒で完治する者も存在するし、体が弱いものでも、殺すのは時間がかかる。
ラジエルを殺した者は、殺害に特化した特殊なアイテムを運用しているのが予想できる。それは社会秩序を尊重するスザクにとって、危険視するには十分なものだった。
「そして、その犯人をまだ特定できずにいます。セイント総合学園の警備は厳重です。外部の犯行は不可能。それはつまりセイント総合学園内部に犯人がいることを示しています。セイント総合学園の裏切り者。それを見つけるために消去法で、犯人を四人まで絞り込み、セイント総合学園から追放する用意を整えました」
「……はい」
スザクはヒカリの消去法で犯人の候補を絞った事に対して、危うさを感じ取った。
消去法は、正解が含まれていない可能性のある手段なのだ。
犯人ではない者をセイント総合学園から追放するリスク。それはセイント総合学園の裏切り者に利するだけではなく、禍根となり、将来的なリスクを生み出すことにも繋がる。
一言で言えば、怨恨。冤罪でセイント総合学園から追放された者たちによる逆襲である。セイント総合学園や三大生徒会、ヒカリへの復讐が行われる可能性を示唆していた。
ヒカリは言う。
「私はセイント総合学園を守らなければなりません。それにラジエルさんが狙われたということは、同じ立場がある私やグリフィンさんも狙われる危険性があります。絶対にそんなことをさせてはいけない。裏切り者は確実に処分しておく必要があります」
「ご自分の命を危険に晒しても、ですか?」
「はい。私が死んだあともセイント総合学園が回るようにシステムを組み直しています。中枢を担っているのは私ですから、確率として次に殺されるのは私の可能性が高いです。精一杯抵抗しますが、生き残れる保証はありません。絶対はありませんから」
「私が貴方をお守りすると言ってもですか?」
「ふふ、ありがとうございます。でも貴方には別の任務を与えたいと思っています」
ヒカリは苦しそうに顔を歪め、泣きそうな顔で告げる。
「再教育部の監督官と、試験の妨害です」
「再教育部というのは、追放する予定の生徒達ですよね。その子達が真面目に勉強するように監督しつつ、最後は試験を突破できないように妨害する任務、ということであっていますか?」
「はい、その通りです。再教育部には追放されてもらいますが、その中に裏切り者がいる確証が欲しいです。終末封鎖機構のエージェントを招き、様子を見てもらうつもりですが……貴方にもお願いしたいのです」
「その任務、拝命します。ヒカリ様。この皇スザクの全力を持って、セイント総合学園に平和をもたらしましょう」
真っ直ぐにヒカリを見つめながら言うスザクに、任務を与えたヒカリの方が動揺する。それは残酷な任務だからだ。しかしスザクは、それを予期しているかのように言う。
「私は再教育部に恨まれることになるでしょう。もっと言えば、素直に勉強を頑張る者達に情が生まれるかもしれない。しかし、それはそれ、これはこれ、です。好意や尊敬をする者達だからといって、手を抜く理由にはなりません」
皇スザクの行動理念は、セイント総合学園に所属する者達が健やかに生きられるようにすること。
その過程で、尊敬したり、好意を持つ存在を殺さなければならないのなら、躊躇いなく断頭の刃を振るうだろう。
無実でも善意でも関係ない。セイント総合学園に対して損害を与える要素があるのなら、皇スザクは処刑する。無実の者や、敵対者の涙を踏みつけて轢殺しながら、それを輝く希望の未来を目指して、進み続ける。
前へ。前へ。前へ。
障害となるものは全て粉砕して。
皇スザクは、光に取り憑かれた奴隷だ。人間として欠陥がある。万人に倣えるような精神の在り方をしていない。人間として破綻している塵屑だと、自覚している。しかし止まらない。
セイント総合学園の未来のために、どれだけ地面に叩き落されて、泥水を啜ることになったとしても立ち上がって、太陽のように光を放つ。
「……スザクさん」
ヒカリは、皇スザクの特性を知っている。
『敬意は払おう、だが殺す』結局最後は相手を殺す悲しい宿命だ。
セイント総合学園の為に尽くす彼女の歪さを知っている。それ故に使いやすい駒だと認識する部分もあった。ヒカリが三大生徒会として、セイント総合学園を守るために動く限り、彼女は絶対に味方になってくれるのだ。
そして、汚れ仕事も厭わない。皇スザクのようにセイント総合学園を尽くす者はそれなりにいる。しかし、汚れ仕事を任せるとなると途端に嫌がる者も多い。
自分の守るべき組織が汚れている事実を認識するのがストレスなのだ。しかし現実問題として、ルールの穴をついたり、ルールを守りながらセイント総合学園に害をなす存在がいる以上、統治者は『例外的な超法規的措置』を実行しなければならない瞬間は必ずある。
皇スザクは、セイント総合学園の生徒たちに健やかに生きていてほしいと願いながらも、ヒカリが下す汚れた仕事を文句を言わず引き受けて、完璧に達成する。もしその闇が暴かれた時に、守ってきた者たちから石を投げられると知りながら、それでも皆のために憎しみを請け負う。
ヒカリは言う。
「貴方には、苦労をかけますね」
「お互い様です。ハイペリオン平和条約を成功させましょう」
「はい、必ず。生きて、終わらせましょう」
「ハイペリオン条約が締結されて、時間ができたら2人でパーティーでもしましょうね。ヒカリ様」
皇スザクのユーモアに、ヒカリは救われる。だからこそ、スザクに過酷な運命を背負わせてしまうことが苦しくて苦しくて泣きそうになってしまうのだ




