11話:勢力整理
雨は止み、廃墟と化した技研の自治区に、冷たい静寂が降りていた。
崩れ落ちたコンクリートの残骸、ひしゃげた鉄骨、焼け焦げた瓦礫の山――かつて最先端最新鋭の科学都市技研の威容は、血と硝煙の記憶に塗り潰され、今はただ、灰色の絶望が漂う。
皇スザクの白亜の翼は、血と灰に塗れ、彼女の傷だらけの身体は、戦いの重みを刻み込んでいた。しかし彼女の瞳に宿る炎は、決して揺らぐことなく燃え続けている。
ヘルリオンの傍らに立ち、彼女は端末に映る情報を睨む。その瞳は、まるで神話の戦神が次の戦場を見据えるかのようだ。
「色々と横槍があったけれど、私達の目標は神々の遺産である『リアス』の破壊よ」
ヘルリオンの声は、氷のように冷たく、その奥には抑えきれぬ決意が滲む。彼女の指が端末を叩き、立体映像が薄暗い部屋に浮かび上がる。
そこに映し出されたのは、黒い髪に血のように紅い瞳を持つ童女――リアスだった。幼い顔立ちに、不釣り合いなほど巨大なレールガンが肩に担がれている。
その姿は、無垢な子供と破壊の化身が共存する異形の存在だ。技研の部活が贈与したというそのレールガンは、宇宙戦艦に搭載されるはずだったもの。
火力は、要塞都市カンタベリーを一撃で灰燼に帰すほどの脅威を秘めている。
「彼女は異世界から異形の機械軍隊を召喚し、使役して、この世界を滅ぼそうとしている。例のフレンチクルーラー兵器もその一つでしょう」
ヘルリオンの声は淡々と、しかし重々しく響く。
彼女の指が端末を操作し、映像が切り替わる。そこには、甲殻類を思わせる異形の兵器が映し出される。ヤドカリや蟹を模した機械は、無数の重火器を搭載し、禍々しい威圧感を放つ。
鋭い爪にはガトリング砲が仕込まれ、装甲にはミサイルランチャーが埋め込まれている。
その姿は、神々の遺産が悪意を持って具現化したかのようだ。
「なるほど。さらにセイント総合学園から遁走した逆十字も関与していると。逆十字の目的はリアスの制御……支配かな。逆十字は自己進化を目的としている様子があるから、リアスを利用して何かすると」
スザクの声は、冷静に状況を分析しながらも、戦いの予感に鋭さを帯びる。
「状況を整理しましょう」
ヘルリオンの言葉に、スザクが頷く。二人は、戦場の盤面を俯瞰するかのように、情報を整理し始めた。
【目標】
『リアスの破壊』
・理由:異世界の機械軍隊を召喚し、世界を滅ぼそうとする存在。我々は世界を守る必要があるのでリアスを破壊する必要がある。
『逆十字の撃破』
・理由:自己進化を目的としたロイヤルブラッドを中心とした生贄の儀式を行い、その過程でセイント総合学園生徒含む無数の犠牲者を出すことを容認できない。
『ヘルリオンの目的に協力し、セイント総合学園と同盟を結ぶに相互利益があることを示す』
・理由:技研勢力とセイント総合学園の同盟は、皇スザクとその上司・ヒカリの目的。機械や電子戦に優れた技研から技術供与を受け、セイント総合学園の旧態依然とした部分を変革する交渉を可能にする。
【勢力図】
『魔王勢力(仮称)』
・人員:リアス、逆十字、鉄血残党、旧ケルベロス魔境学園生徒
・攻性:AAA 防性:A 知略:AAA 結束:B
・一言:戦力は分厚く、手堅い。世界殲滅を企むリアスと自己進化を求める逆十字の協力関係が、唯一の隙。そこを突ければ、勝利の可能性が生まれる。
『独立勢力』
・人員:ヘルリオン、皇スザク
・攻性:AAA 防性:C 知略:D 結束:B
・一言:ヘルリオンの自律兵器と要塞都市カンタベリーの資源、スザクの単騎決戦能力により、破壊力は高い。だが、防御力と知略の不足が課題。
『技研勢力』
・人員:不明
・攻性:D 防性:D 知略:A 結束:B
・一言:一般生徒の避難を担当し、戦力としては期待できないが、人的被害を抑える役割を果たす。戦力差を弁えた動きは評価に値する。
『終末封鎖機構のエージェント勢力』
・人員:エージェント
・攻性:無 防性:A 知略:A 結束:無
・一言:封印されたが、その前に手を打っていたことが救い。影響力はなおも存在感を放つ。
『セイント総合学園』
・人員:ヒカリ、影、グリフィン、三大生徒会、グリフィン、再教育部、旧ケルベロス魔境学園生徒
・攻性:AAA 防性:AAA 知略:AAA 結束:C
・一言:リソースが充実し、ヒカリの統率力と影の破壊力、グリフィンの懲罰部隊が強力。結束に課題はあるが、総合力は圧倒的。
「やはりリアスと逆十字の魔王勢力に対して、私達の独立勢力は戦力差があると言わざる得ないわ」
ヘルリオンの声は、冷静だが、どこか苦々しい響きを帯びる。
「そうですね……かなり差があります」
スザクの瞳は、勢力図の評価を睨みながら、戦いの重みを噛み締める。
『魔王勢力』
・攻性:AAA 防性:A 知略:AAA 結束:B
『独立勢力』
・攻性:AAA 防性:C 知略:D 結束:B
「攻撃性能、破壊性能は同じくらいなのは確かでしょう。けど防御性能に差がある。私達は人で、相手は人外。短期決戦以外に勝ち筋がありません」
スザクの声は、刃のように鋭い。彼女の分析は、戦場を俯瞰する戦士のそれだ。
「そうね。知略に関しても、大人の知能と人外の演算能力があるから、こちらの予想を上回るのは当然の流れね」
ヘルリオンの言葉には、わずかな苛立ちが滲む。彼女の指が端末を叩くリズムは、戦場の鼓動を刻むかのようだ。
「技研の生徒会である会長権限でセイント総合学園へ同盟を申し込むから、戦力を支援してもらう事は出来ないのかしら?」
ヘルリオンの提案に、スザクが即座に応じる。
「大丈夫です。同盟の要請をヒカリ様へお伝えしても大丈夫ですか?」
「ええ。貴方の戦力も行動力も信頼に値するわ」
ヘルリオンの紅い瞳が、スザクを見つめる。その視線には、戦友としての信頼が宿っていた。
「分かりました。少し失礼します」
スザクは端末を取り出し、セイント総合学園のヒカリに連絡を取る。彼女は一連の事件――リアスと逆十字の脅威、魔王勢力の台頭、ヘルリオンの立場と同盟申請――を簡潔かつ的確に伝える。
『ありがとうございます、スザクさん。同盟相手を守るべく、そして世界を守るべく、魔王を討伐できる戦力を送ります。貴方の部下として上手く運用してください。応援してます』
ヒカリの声は、冷静で、しかし力強い信頼に満ちていた。
「ありがとうございます、ヒカリ様」
『戦力のほかに必要なものはありますか? 例えば食料とか』
「いえ、魔王勢力が世界を滅ぼす前に討つ短期決戦なので、戦力で充分です。セイント総合学園のため、最善を尽くします。勝利の美酒を貴方に」
『応援してます』
連絡を終え、スザクはヘルリオンのもとへ戻る。だが、その瞬間、ヘルリオンの表情が一変していた。彼女の端末のモニターが、赤く点滅し、緊急事態を告げている。
「これは?」
スザクの声に、ヘルリオンが即座に応じる。
「わからないわ。光学カメラで確認しましょう」
モニターに映し出されたのは、紅い瞳の童女――リアスだった。彼女の背後には、巨大な黒い機械が浮かんでいる。
土星とその輪を思わせる、禍々しい円環を帯びた機械だ。その無機質な塊は、宇宙の深淵から召喚されたかのように異質な威圧感を放つ。
リアスの無垢な美しさと、機械の冷酷な存在感が、戦慄すべき対比を生み出していた。
周囲の地盤が、目に見えぬエネルギーによって粉砕され、ビルが音もなく崩れ落ちる。その光景は、宇宙からの来訪者が、この世界を蹂躙するかのようだった。
リアスの小さな手が、巨大なレールガンを軽々と握り、その銃口が冷たく光る。彼女の紅い瞳は、感情を欠いたまま、ただ破壊の意志を宿していた。
「リアス……これが、神々の遺産か」
スザクの声は、低く、しかし燃えるような決意に満ちていた。
彼女の白亜の翼が、微かに震え、次の戦いを予感させる。
「そうよ。彼女を止めるには、私達の全てを賭ける必要があるわ」
ヘルリオンの声は鋭い。二人の視線が交錯し、互いの意志が共鳴する。 雨は止み、要塞都市カンタベリーの空に新たな嵐が迫っていた。
皇スザクとヘルリオンは、魔王勢力との最終決戦へと突き進む。彼女たちの道は、血と涙に塗れていようとも、その魂は決して折れない。
光に魅入られた者たちは、ただひたすらに、運命を切り開くために進み続けるのだった。




