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10話:契約

 雨が降っていた。

 廃墟と化した技研は、灰色の涙に濡れそぼっていた。崩れ落ちたコンクリートの残骸が、かつての技術学園の威容を嘲笑うように散らばり、ひしゃげた鉄骨は無残に天を指す。


 焼け焦げた瓦礫の山は、血と硝煙の記憶に塗り潰され、この地に刻まれた絶望の碑文のようだ。


 雨は、皇スザクの白亜の翼にこびりついた血と灰を洗い流し、傷だらけの身体を冷たく撫でる。だが、その冷たさは、彼女の魂に宿る炎を鎮めるには至らない。


 彼女の瞳は、なおも消えぬ決意を湛え、燃え盛る神話の残響を宿していた。彼女はそこに立つ――血と硝煙に塗れた聖騎士、運命を切り開く者、皇スザクそのものとして。


 コツコツと、雨音に混じる異質な足音が近づく。静謐なリズムは、戦場の残響を踏みにじるかのようだ。スザクの反応は迅い。


 二丁のスナイパーライフルが、彼女の意志の延長であるかのように、即座に構えられる。銃口が捉えたのは、黒いスーツに身を包んだ異形の人物だった。


 その姿は、この世の理から逸脱した亡魂を思わせる。雨に濡れぬその佇まいは、不気味なほどに静かで、時間の流れを拒絶するかのようだ。闇霊の瞳は、底知れぬ深淵を湛え、スザクを値踏みするように見つめる。


「凄まじいですね。これほどの規模の影響力があるとは」


 闇霊の声は、雨音を縫うように低く、抑揚なく響く。それは、この戦場の惨劇を遠くから観察する傍観者の呟きのようだ。


「貴方は?」


 スザクの声は鋭く、刃のように空気を切り裂く。銃口は微動だにせず、闇霊の心臓を正確に捉えている。彼女の瞳には、警戒と疲弊が交錯し、だが決して揺らぐことのない意志が宿っていた。


「貴方の味方です。終末封鎖機構のエージェントと契約を交わしたので、安心してください」


 闇霊は、ゆっくりと一枚の紙を差し出す。その動作は、儀式めいた慎重さを帯びていた。雨に濡れても滲まない、特殊な素材のコピー用紙だ。


 そこには、終末封鎖機構のマークと、力強い筆跡のサインが刻まれている。スザクの瞳が紙を一瞥し、わずかに細まる。


 彼女の指は引き金に触れたまま、闇霊の次の言葉を待つ。


「終末封鎖機構のエージェントは、逆十字にとって危険な存在ですからね。先手を打って行動を封じたのですよ。かのエージェントに封印処置を通すとは、逆十字も成長していますね。これも光の影響でしょうか」


 闇霊の言葉には、どこか皮肉めいた響きが混じる。盤面を操る策士が次の手をほのめかすかのようだ。


「妥当ですね。終末封鎖機構のエージェントの影響力は厄介ですし。こちらも人を再起不能にしてしまいましたし、終末封鎖機構の権限を使われて行動を封じられるのも面倒です。こちらとしても都合が良い」


 スザクの声には、冷徹な計算と、戦いの果ての疲弊が滲む。彼女の言葉は、自らを納得させるかのように響く。だが、その瞳に宿る炎は、なおも消えていない。


「なるほど。では、契約に乗っ取り、一つ手助けしましょう。逆十字の目的です」


 闇霊の声は、淡々と、しかしどこか楽しげに続ける。


「それはまた……有り難いですけど」


 スザクの言葉には、警戒と好奇が交錯する。彼女の銃口がわずかに下がるが、目は闇霊を捉えたまま離れない。


「契約は終末封鎖機構のエージェントとなされています。貴方からは取りません。ご安心を。では、逆十字の目的は、ロイヤルブラッドを使った儀式と、忘れられた神々の遺産の制御です」


 闇霊の言葉は、運命の糸を紡ぐかのように重い。スザクの眉がわずかに動く。


「…………なるほど。面倒なことだ」


 彼女の声は、低く、自らに言い聞かせるように響く。ロイヤルブラッド、神々の遺産――その言葉は、彼女の心に新たな重圧を刻む。


「それでは頑張ってください。貴方方と逆十字の戦争、どちらが勝利するのか楽しみにしてます」


 闇霊は、薄い笑みを浮かべると、雨の中に溶けるように姿を消した。

 その存在は、幻だったかのように跡形もなく消え去る。スザクは深いため息を吐き、スナイパーライフルを下ろす。


 疲労が彼女の身体を蝕み、指一本動かすのも億劫だった。血と硝煙に塗れた身体は、まるで鉛のように重い。彼女は要塞都市カンタベリーへと帰還し、ヘルリオンに情報を伝えた後、休息を取る。


 雨はなおも降り続き、彼女の傷を冷たく洗い流していた。 翌日、薄暗い部屋で、ヘルリオンと対峙する。


 漆黒の長髪が、夜の帳のように彼女の肩に流れ、血のように紅い瞳が、静かな炎を宿す。


 端末を手に、彼女は淡々と、しかしどこか重々しく語る。その姿は、知略を紡ぐ戦場の女神のようだ。


「それで、どうですか? ヘルリオンさん」


 スザクの声は、疲労を隠しながらも、なおも鋭さを失わない。


「そうね、終末封鎖機構のエージェントが封印されたのは事実のようね。各所で不具合が噴出しているわ。ケルベロスがセイントへ吸収されたことで、その歪みが全体に波及している」


 ヘルリオンの声は、機械のように冷たく、しかしその奥には、抑えきれぬ焦りが滲む。彼女の指が端末を叩くリズムは、戦場の鼓動を思わせる。


「……極端な状態で決めた方針が、まともに機能するはずはない……でも、一度やると決めたらやる。初志貫徹と行きましょう」


 スザクの言葉は、自らの魂に刻む誓いのようだ。彼女の瞳は、ヘルリオンの紅い瞳と交錯し、互いに共鳴する不屈の意志を映し出す。


「そうね。逆十字が世界を滅ぼす可能性があるのなら、その可能性を剪定しなければならない。貴方は優秀なパートナーになりそうね」


 ヘルリオンの声には、微かな信頼と、冷徹な決意が混じる。彼女の唇が、わずかに弧を描く。それは、戦友を認める微笑か、それとも破局を予感するものか。


 二人の視線は、運命の糸で結ばれたかのように交錯する。

 その瞳に宿るのは、互いに共鳴する不屈の意志だ。やると決めたらやる。


 初志貫徹。他の人間の涙や犠牲を顧みず、ただひたすらに目的へ突き進む。その道程でどれだけの血が流れようとも、それを踏み締め、自ら背負い、必ず光に至ると信じて進み続ける。二人の属性は、極めて同種のものだった。


  終末封鎖機構のエージェントがここにいれば、話し合いや減速、停止の提案で被害を抑えられたかもしれない。


 彼女の言葉は、きっとこの血塗られた戦場に一筋の理性をもたらしただろう。だが、逆十字にとってその存在は邪魔でしかなかった。


 超法規的措置を封じ、物理的に動けなくすることで、彼女の影響力を削ぐ。あわよくば、殺害すら可能かもしれない。


 今この場に求められるのは、受動的な存在ではない。

 純粋で、攻撃的なまでの暴力が必要だった。逆十字は自らを上昇させるために、ロイヤルブラッドの儀式と神々の遺産を求める。

スザクは、セイントの理想のために、周囲を損壊し、人々を轢殺しながら、暴力の戦争を加速させる。


 その果てにあるのは、破局だ。だが、光に魅入られた者たちは、止まることを知らない。彼女たちは、ただひたすらに、自らの信じる光へと突き進む。


 その道は、血と涙に塗れていようとも、彼女たちの魂は決して折れない。


  スザクは、部屋の窓から雨に濡れたカンタベリーの廃墟を見下ろす。彼女の瞳には、燃え盛る決意と、どこか遠い神話の記憶が宿っている。

 雨音が、彼女の心臓の鼓動のように響く。


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