あゝ、貴方様。愛おしい愛おしい貴方様。
少し恋愛モノを書きたくなってしまいました。
「貴方様、貴方様。後生のお願いです。残り少ない私の後生のお願いなのです。どうか、馬鹿だと笑わずに聞いていただけますでしょうか。」
その言葉に私は首を一生懸命に縦に振り、白く透き通った硝子細工の手を自身の骨ばった石の両の手で優しく包み込む。
「あゝ、お優しい貴方様。私の我儘な女の願いはたった一つでございます。きっと、きっと今度は丈夫な体に生まれますから今生よりもずっと長く、来世で私と共に居てはくれませんか。」
今にも壊れてしまいそうな繊細な声に涙を流し、「勿論、勿論だとも、来世でも、来世でも。」と噛みしめるように言葉を絞り出す。眼前に迫る別れを前に彼女は困った表情を見せ風鈴の音のように笑った。
「私は今日限りの命ですが、貴方様はあんまり早く彼方に来てはなりませんよ。貴方様の今生を再び遭う時にはお聞かせください。」
最後の方は明けの夜空を内包した水晶玉に涙を湛え、宝石に変えながら震えた声で凛と言う彼女に私は抱擁をした。氷の彫像のような彼女の温もりを確かに腕に胸に感じた。私は死にゆく彼女を見たくはないと思ったが、彼女の死に際が寂しいものであってはならぬと、立ち替わり入れ替わりする来訪者の中ずっと手を握っていた。
頬を突く冷気が鼻腔をくすぐる朝焼けの中、彼女の手がするりと抜け落ちた。医者が来るわずか1分前のことだった。その先の事はあまり覚えていない。あの約束まるで彼女は来世、生まれ変わることを知っているかのような物言いだった。どうにも引っかかることがあるが思い出せぬ、思い出せぬが彼女にあんまり早く来るなと言われてしまったもんだから、とかく生きねばならぬ。そうして生業の本屋を久々に開けた。趣味の延長線上で始めた職ではあったが、彼女との出会いの初めての場所だった。
物思いに耽っていると不意にパサリと本が落ちた。そうだった、あの本を書庫に置きに行こうとしていたのだったな。書庫の鍵を手に取りかちゃりと錠を解くと涼しく湿気の無い本棚が整然と並んでいる。管理が行き届いており埃の一つも付着していない。本を棚に収めると書庫の奥に目が吸い込まれる。私が禁庫として何重にも錠を掛けてある倉庫。前に掃除したのはもう三年ほど前になるだろうか、本来なら埃を被っているはずの扉がまだ薄っすらとしか汚れていない。まるで一度誰かが開けたように見える。誰か入っているのか、いや、しかし、鍵は閉まっているように見える。だが確認しないことには分からない。それにどうしても抗えない誘いを感じる。
開錠して中に入る。本来、禁庫には禁書を適切に管理していて普段から人の目に触れることは無いようにしているはずだ。中に入るとやはり埃っぽい。順に通路を歩いて何かおかしいところは無いか確認する。ある通路の途中に置いてある机にふと違和感を感じる。ランプを近づけるとやはりまだ新しい煤が机にある。ここにランプを置いたのなら、きっとここに入った人はこの近くに用があったはず。近くの棚を隈なく見ると埃が払われたのか綺麗な本が一冊、存在感を一際強く放っている。本の名は「契結の禁書」。本のあるページに紙切れが挟まっている。栞代わりにしようとしたのかその頁を開くとその紙片が落ちた。紙片には綺麗な文字が書かれている。
「貴方様。御容赦下さい。私は命が風前の灯となって何も心残りはないと思っていました。ですがどうも貴方様だけは忘れられそうにも御座いません。ですから、私は禁忌を犯します。愚かな私を嫌いになっても構いません。ただ私は貴方様を、心からお慕い申していただけなのです。」
そう書かれた文字は終わりに近づくほど震え涙に滲んだような跡がある。この文字の主は勿論、誰かを私は知っている。そして恐らく彼女の私に向けた最後の言葉も書置きもこの禁書に答えがあるはずだ。栞が挟まっていたその頁の内容は「輪廻・久遠の契り」。来世でも想い人と一緒になりたいと願った恋人同士が生み出した術、血の契りと縁の結びによって一度、儀式が成立すれば必ず成功するからこそ彼女は死の間際に彼女自身の分を既に済ませているのだろう。私がするべきことはこの儀式を成立させること、彼女との約束だから。愛した、いや、愛する女の為になら、私は鬼にでも妖にでも魂を売ってやる。
目が覚める。また前世の夢を見たようだ。懐かしい懐かしい夢、忘れるはずもない彼女の夢。私は例の契りによって一部の前世の記憶を引き継いでいるようだ。私は今世では教職に就いた。高校生を見ているとあの頃を思い出すようで、いや、まだ今は齢二十二なのだから年寄りみたいなことを言うのは可笑しいか。
物理の準備室の椅子から立ち上がり、珈琲を淹れようとする。珈琲の豆を手に取ったところでノックが聞こえた。どうぞと来訪者を招くとそれは確か私が受け持ったクラスの副担任の女性だった。その女性の容姿は墨染の艶やかな髪、透き通るような硝子細工の肌、遠い夜空を内包した水晶玉の目、鮮血より鮮やかな赤い唇。所作は優雅で穏やかなそれでいて儚げなものだ。そして何よりもあの彼女を思い出させる。彼女と違うことと言えば体が丈夫な事だけだろう。
「もしも、貴方が願わくば死して尚、貴方に尽くしましょう。もしも、貴方が契るなら私は鬼にも喜んでなりましょう。」
私はこの文言を知っている。忘れるはずもない。だって、儀式を完了させるために必要な言葉、私が使った言葉。私は彼女を知っている。
「やはり、やはり、貴方様なのですね。一目お会いした時より私は貴方様だと感じておりました。貴方様、貴方様は今でも私を馬鹿で我儘な女を愛してくれますか?」
やはり、彼女だ。私の愛した。今でも夢にまで見た愛おしい女性。
「君を私は一度たりとも忘れたことは無い。あの時からずっと、今に至るまで君以外を愛したことは無い。きっと君と会えるならと願い続けてきた。」
彼女の顔がパァァと輝き喜びを表現する。
「それでは、貴方様、愛おしい貴方様。後生のお願いです。今度こそ、いえ、今度もずっとお傍で添い遂げてくださいますか?」
私の答えは既に決まっている。
「あゝ、勿論、勿論だとも。」
こんな深い深い恋を愛を経験してみたいと思ったのです。
私は恋愛経験自体は皆無でどうしても描写が劣ってしまうのが難点だと感じております。
ご精読ありがとうございます。それではまたごきげんよう。




