第四十二話 小さな灯りに導かれて
――俺は、ただの高校生だった。
平和な日常の中で、戦いとも、魔物とも、無縁の世界で暮らしていた。
それが突然、すべてを失った。気づけば異世界で、力を与えられ、戦いの渦に巻き込まれ、そして――魔王を倒した。
ヴァル=クロノス・ドレイガ―――。
スカーを魔王へと誘い、村人をアンデッドに変えキメラ・アンデッドにした男。
そして今は、黒涙を蔓延させようとしている。
こいつだけは許せない―――。
だけど、俺はあの村の人たちを救えなかった。
自分がいかに無力かを。
誰も守れないくせに、背負った気でいた愚かさを。
……だから、俺は――力を、欲した。
けれどそれは、俺の中に眠る玄武の力が反応したのだろう。
暴走した力。黒い怒りと憎しみ。すべてを焼き尽くす渇望。
俺は、暗闇の中にいた。
足元さえ見えない漆黒の空間。
どこに向かっているのかも分からない。ただ、前へ、前へと歩いている。
怖い――そんな感情が心の底から湧き上がる。
怖い。暗い。寒い。孤独だ。俺は――どこへ行くんだ。
そのときだった。
胸の奥、心臓のあたりが――ふわりと、淡く、光った。
ぼんやりとした小さな光が、まるで迷子の子どもに差し出される灯りのように、俺の目の前に現れる。
温かい、これは……なんだ……?
その光は、道しるべのように確かに“道”を示していた。
俺は、光に向かい足を歩み始める。
そして、光はある地点で止まる―――まるでここに目的地だと言わんばかりに。
光に、俺は手を伸ばした。
そして――
「ジンさんっ……!」
誰かが、俺の手を握った。
それは――あたたかくて、やわらかくて、優しい力だった。
顔を上げると、そこには――リィナがいた。
震える瞳で、それでも強く、俺の手を握ってくれていた。
胸元には、光り輝く《灯りの種》。
彼女からもらった、あの小さな小さな飾り具が――俺を、また導いたのだ。
闇が、晴れていく。
怒りも、憎しみも、悲しみも――すべてが、溶けていく。
世界が、色を取り戻す。
そして、俺は――ようやく、自分を取り戻した。
白く淡い光に包まれた神の体から、黒い魔力がすうっと引いていく。
シグレはじっとその様子を見つめていたが、やがて静かに拳を下ろし、戦闘態勢を解いた。
シグレ「……戻ったか」
リィナ「ジンさんっ……! 本当に……よかった……っ!」
震える声とともに、リィナの目から大粒の涙が零れ落ちた。
その瞳には、恐れや戸惑いではなく、ただ――心の底からの安堵の光があった。
俺は、ようやく自分の手を見つめる。
そして周囲を見渡した。崩れた足場、焦げた痕跡、舞い散る黒い残滓――
……俺が……やったのか
記憶はあいまいだが、確かに見覚えがある。触手のように暴れた“何か”――
あれは、紛れもなく自分の力だった。
俺は……守るどころか……。
口に出す余裕もなく、意識が急速に遠のいていく。
全身から力が抜け、膝が崩れたその瞬間――
神「……ごめ……ん、な……」
最後に呟いたのは、誰に対してだったのか。
そのまま、神の体は静かに倒れた。
リィナが慌てて抱きとめ、その体をそっと支える。
リィナ「ジンさん……!」
シグレも近づき、神の脈と呼吸を確かめる。
シグレ「……気絶しているだけだ。命に別状はない」
そう告げると、シグレは静かに目を伏せた。
エステリア公国――中立都市エステリア
クラヴィス宰相は、魔導端末の画面を前に、額を押さえていた。
そこには、昨日の倉庫街での出来事をまとめた報告が届いていた。
送信者はシグレ=アマカゼ。内容は淡々と、簡潔に、しかし明確に「取引現場にて想定外の戦闘が発生。対象の確保に失敗」と記されている。
クラヴィス「……想定外、か。ふぅ……」
クラヴィスはため息を漏らし、机の引き出しからいつもの薬瓶を取り出す。
クラヴィス「コロシテZ……なぜ名前がこれなんだ……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、慣れた手つきで薬を水とともに流し込む。
その胃を抉るような痛みは、ここ数日の間にすっかり日常となっていた。
報告に添えられていた情報には、黒涙の流通が帝国にまで波及しつつある可能性と、闇人なる組織の関与が強く示唆されていた。
しかも、昨日の件で現場は無傷ではなく、事態は既に裏社会だけで収まる範囲を超え始めている。
そして――。
クラヴィス「五国会議……勇者召喚……これ以上問題が増えるなという方が無理か」
クラヴィスは眉間を押さえながら、立ち上がった。
クラヴィス「せめて、真っ当な勇者が来てくれればいいが……今の状況じゃ、どうなることか」
静かにため息を漏らす宰相の背に、報告書の文字が再び点滅を始める。