絶大なる力―――玄武(暴走)―②
――嫌な気配だ。
ジンの体からあふれ出す魔力は、明らかに常軌を逸していた。
ただの魔力ではない。怒り、憎しみ、そして悲しみ――。
幾重にも積み重なった“負の感情”が混ざり合い、黒き輝きを放つ神聖さ携えながらも黒く淀んだ魔力へと変質していた。
シグレ「……ジン」
胸の奥がざらついた。
これは、ただの魔力暴走ではない。
何かが――彼の中で、壊れてしまったのだ。
――まずい。
私の足元を絡めとっていた束縛魔法を解くため、腹の底から息を吸い込む。
そして――一気に、爆ぜるように魔力を解放した。
シグレ「破ッ!」
全身を走る圧縮された魔力が、一瞬で周囲の空気を震わせ、拘束を粉砕する。
自由を得た身体で振り返ると、目に映ったのは――変貌を遂げようとしている、ジンの姿。
その周囲の空間すら歪んで見える。
触れればただでは済まぬほどの禍々しさ。
それでも――
リィナ「ジンさんっ……!!」
悲痛な叫びとともに、リィナが駆け寄ろうとする。
シグレ「下がれ、リィナ!」
鋭く制止する私の声に、リィナは足を止めるが、それでも瞳は揺れていた。
リィナ「でもっ……! ジンさんが……っ!」
シグレ「安心しろ」
私は、リィナに背を向けながら言った。
背中越しにも、彼女の不安は痛いほど伝わってくる。
だからこそ――言葉に、力を込めた。
シグレ「――あいつは、私が叩き直してやる」
この拳は、護るためにある。
己を見失った仲間すら、例外ではない。
黒き魔力が、神の体から溢れ出す。
それはまるで生き物のように蠢き、ねじれ、周囲を喰らう。怒り、憎しみ、悲しみ――その全てが凝縮された負の波動は、神という器からあふれ出し、もはや人のものとは思えぬ“気配”を放っていた。
魔物……いや、それ以上。
魔王と呼ぶにふさわしい禍々しき威圧感が周囲を圧倒する。
シグレ「――来るか」
シグレは静かに、だが確実に構えを取った。
次の瞬間、全方位から黒き触手が爆発的に迫る。
空間を裂き、時間を喰らうかの如きその猛威に、シグレは一歩も退かずに拳を構える。
襲ってくる触手、その数―――3,5本。
足元が沈み、魔力が拳に集束してゆく。
シグレ「肆ノ拳――崩撃」
踏み込みと共に放たれた拳は、風を切り裂き、大地を叩き潰した。
襲い来る触手一つ一つを薙ぎ払う。
しかし、さらに数を増やし襲い来る触手を瞬華の跳躍で避ける。
避けた先にも触手はすぐさま反応し、私を囲うように襲い来る。
シグレ「参ノ拳――閃鎚」
拳が放たれた瞬間、空気が裂ける。
閃光のように見えぬ打撃、数える間もない拳圧により触手を弾き飛ばす。
なおも襲ってくる触手を身を翻し避け、それを足場に瞬華で一気に間合いを詰める。
シグレ「弐ノ拳――裂穿!」
拳を、まるで杭のように引き絞られる。
魔力が拳に集まり、螺旋状の風が巻いた一撃。
鋭い突きが闇の核を貫こうとした――が、黒き触手が一斉に集まり、球体を形成しその一撃を防ぐ。
ガンッ!!
鈍く重い音とともに、球体の防壁が軋む。
攻撃は通る。だが、届かない。
刹那、全方向から襲い掛かる触手の暴風。
腕を交差させ、爆風のような攻撃を受け止める。
全身に衝撃が走り、後方へ吹き飛ばされ距離が開く。
シグレ「やはり、単発では拉致が開かないな―――」
禍々しく蠢く触手に鋭い視線を送る。
そして、息をスゥーと吸い魔力を練り上げる。
シグレ「見せてやろう。私の―――十拳の神髄を」
焔の意匠が刻まれた魔鉱銀の籠手と肩宛が、紅蓮のような輝きを放つ。
シグレは静かに息を整え、両足をしっかりと地に据えると――
シグレ「……燃え尽きろ」
そして、次の瞬間。
シグレ「漆ノ拳――輪舞!!」
爆ぜるように魔力が解放された。
体が疾風のごとく前へと踏み出す。
その動きは、ただの突撃ではない。
その拳は舞うように、旋律のように連なり、斬撃の如き閃きが空を刻む。
それに呼応するように、神の全触手も今まで以上の猛攻を仕掛けてくる。
その攻撃を打ち払い、捌き、円を描くように連撃に繋げる。
それは次第に、襲い来る触手すらも巻き込み、赤く燃え上がる焔の渦となり激しさを増していく。
―――焔閃姫。
紅い閃光が舞うように、敵すらも巻き込んで戦うその姿に誰かが言った言葉だ―――。
その姿は美しく、人を魅了するかのような焔閃の姫―――S級冒険者 シグレ・アマカゼ。
焔の渦を描く連撃が中心に集約されたとき、神の触手はすべて弾き飛ばされる。
まるで華開くようにだ―――。
シグレ「はあああ!!」
無防備になった神の懐に渾身の一撃を叩きこむ。
刹那、紅蓮の閃光が弾け飛び、一瞬の間の後に神は壁へと吹き飛ばされる。
静寂の中、ゆっくりと起き上がる神は、まだ戦おうというのか。
ゆっくりと歩を進める。