第三十八話 S級冒険者の拠点はS級の宿
リィナはすぐに駆け寄ってきて回復魔法で傷を癒してくれた。
リィナ「大丈夫ですか…?」
心配そうに目を潤ませてこちらを見てくる。
神「ああ。このくらいどうってことないさ!」
そう言って俺は笑って見せる。
実際は、初撃の顎を撃ち抜かれたので、まだ頭がクラクラするが、それは内緒にしておいた。
神「そういば、シグレはなんでアルグレア帝国にいるんだ?何かの任務とかか?」
シグレ「……言えぬ」
神「え?」
シグレ「……その理由は、国家の勅令によるもの。詳しくは、話せぬ」
神「せっかく仲間になったんだし、話してくれよ。一人よりみんなでやったほうがいいだろ」
リィナ「でも…勅令ってことは、国家機密に関わることかもしれませんよ…」
不安そうな顔をするリィナ。
そりゃそうだ、S級が動くほどの任務となると、どれ程の危険があるか。
前回のアークの依頼でも幻影体とはいえ、魔王と対峙することとなった。
普通の任務じゃないことは分かってる。
でも―――。
神「俺は、仲間のために動きたいんだ」
俺は真剣な眼でシグレを見る。
シグレ「…………ふぅ」
シグレはわずかにため息をつく、そして、少しの沈黙ののち、静かに口を開く。
シグレ「…ここでは話すことはできない。場所を移そう」
シグレは周りに視線をやる。
ふと周囲を見れば、大通りの両脇には野次馬の山。店主も通行人も冒険者も、誰もかれもが俺たちを見ていた。
リィナ「……見られてますね……だいぶ」
神「うん……見られてるな……というか、囲まれてないかこれ」
ひゅう、と冷や汗が頬を伝った。
このままだとギルドどころか、通報されかねない。
そんな中、シグレは振り返りもせず、大通りを外れる小道へと足を向ける。
神「あ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
慌てて後を追うと、数分後には通りの裏手にある石畳の小広場に出た。
そこには一台の乗り物――魔鉱動力で動く四輪のキャラバン・ギアが停車していた。
フィーナと乗ったものともリィナと乗ったものとも違い、明らかに高級そうなキャラバン・ギアだ。
黒塗りの外装、飾り気のない造形ながら、どこか威圧感を放つ特注車両。
シグレ「乗れ」
神「え、これ……乗っていいの?」
シグレ「私のだ」
リィナ「わ、わたし初めて見ました……本物の専用キャラバン・ギア……!」
リィナが思わず小声で呟く。
俺たちは促されるままに乗り込み――ギアはゆるやかに動き出した。
キャラバン・ギアは、アルグレア帝国、西方都市バルグロスを抜け、帝国中心都市である帝都に向かった。
着いた場所は、シグレが拠点として使っている宿で白銀の鷹亭。
帝都中心部の大通りから少し奥まった位置に立つその建物は、一目見ただけで“別格”と分かる佇まいだった。
門構えは白銀に磨き上げられた大理石。
門の中央には鷹を象った魔導彫像が翼を広げており、来客が近づくたびに翼がゆっくりと動く仕組みになっている。
これは視覚だけでなく、侵入者への警戒機能も備えており、ある一定以上の魔力量を持つ者でなければ自動で警告を発する。
門を抜けると広がるのは魔石を敷き詰めた庭園の遊歩道。
足を踏み入れるたびに淡い光が花びらのように舞い、魔導ランプが道の輪郭を照らしている。
建物そのものは七階建ての高層塔屋型の建築。
外壁は白銀と漆黒の石材が交互に組まれており、昼間は眩しく、夜は月光を反射して幻想的な輝きを放つ。
塔の屋上には《白銀の鷹亭》の象徴たる鷹の彫像がそびえ立ち、遠くからでも一目でそれと分かる。
神「すっげええええええ!!」
リィナ「ひ、広い……!こ、こんなお城みたいな……!」
俺もリィナも目が飛び出るほど驚いた。
S級になるとこんなところに泊まれるのかよ…。
シグレ「行くぞ」
隣で感嘆の声を上げる俺達を意に介さず、シグレは中に入っていく。
それに遅れまいと俺とリィナもついて行く。
玄関ホールを抜けた先は、まるで王宮の一室を思わせる豪奢さだった。
床は白金混合の光沢石、光に反応して淡い波紋を描く特殊加工が施されており、歩くだけで光の絨毯を歩いているような錯覚に陥る。
壁面には高位魔導師による結界装飾が組み込まれており、魔物避けや音の遮断、魔力感知の妨害など、万全のセキュリティが敷かれている。
天井は四階分はありそうな吹き抜け構造で、そこには巨大な水晶のシャンデリアが吊るされている。
シャンデリアには魔力触媒が埋め込まれており、光の強さや色調を自由に調節可能。
夜には星空を模した演出も可能だ。
神「あれ…シャンデリアか…?どんだけ豪華なんだよ……」
リィナ「うぅ…どこを見てもキラキラです……」
スイートルームへ続く廊下は赤絨毯と金糸の刺繍が張り巡らされ、所々に無人案内魔像が立ち並ぶ。
宿泊者の好みに応じて案内を行い、室内の調整までこなす高級宿の証だ。
扉ひとつ開けるにも三重の魔力認証と魔紋パネルが必要で、下手な貴族の邸宅よりも厳重なんじゃないか。
神「す、すげぇ……」
俺はスイートルームの扉を開けた瞬間、思わず声を漏らしていた。
眼前に広がるのは、まるで貴族の謁見室か、王族の離宮かってレベルの豪華空間。
金の縁取りが施された調度品、天井から吊るされた魔水晶のシャンデリア、壁際に並ぶのは、たぶん帝国の美術館にあってもおかしくないレベルの絵画。
神「ちょ、ちょっと、これ……高そうどころじゃなくない!? オレ、歩くだけで何か壊しそうなんだけど!?」
リィナ「すごい……! あっ、神さん、見てくださいっ、このテーブル! 細工が全部手彫りですよっ、しかも魔鉱銀使ってる……!」
キラキラと目を輝かせながら、リィナが部屋のあちこちを駆け回る。
普段は大人しめな彼女が、ここまでテンション上がってるのは珍しい。
というか――
神「なぁリィナ、そこ! 椅子の肘掛けに乗るな! 壊れたらどうすんだ!?」
リィナ「だ、だって、ふわっふわなんですもん! これ、座るための椅子じゃなくて、寝る用の椅子ですよきっと!」
神「そんなわけあるか! ……いや、でもたしかに寝れそうなクッションだな……。あれ、なんか甘い匂いしない?」
リィナ「すごい、すごいですぅ〜……! 天井、あんなに高いんですね……シャンデリアが……! あっ、お風呂見てきてもいいですか!?」
神「あ、ちょ、リィナ待て! オレも見る!」
二人して脱衣所まで駆けていき、案内されたバスルームを見た瞬間――
神&リィナ「「うっわぁぁぁぁ!!」」
大理石の湯船に、魔導式の加温・泡風呂・香気調整まで完備。スチームミストまである。
神「えっ、これ風呂!? 湯屋じゃなくて!?」
リィナ「う、うそっ、これ全部、自由に使っていいんですかぁ……!? えっ、神さん、私ここ住んでもいいですか……?」
神「住んでもオレが家賃払えないけどな!!」
あまりの豪華さに、しばらく部屋中をうろうろしながら、俺とリィナは二人してはしゃぎ続けた。
一方で――
シグレ「……子供か、貴様らは」
部屋の片隅、書類を広げていたシグレが、呆れたように肩をすくめた。
神「いやいや、これは仕方ないだろ……! 貴族でもこんなとこ泊まれないぞ!?」
シグレ「……S級の任務には、それなりの“部屋”が必要だからな」
あくまで当然といった顔のシグレ。
やっぱ、この人、格が違ぇや……。
シグレ「……話す前に、念のためだ」
そう言うと、シグレは腰元のポーチから小さな黒い金属板を取り出した。薄く、手のひらに収まるサイズだが、中央には魔紋が刻まれている。
神「それ、なに?」
リィナ「魔道具……ですか?」
シグレ「《干渉障壁式・魔封盤》……要は、外部への魔力や音声の漏洩を防ぐ装置だ」
ぴ、と音を立てて魔封盤に魔力を流し込むと、それはふわりと宙に浮かび、光の輪を描いた。輪が広がるように空間が波打ち、一瞬、耳鳴りのような感覚が走る。
シグレ「これから私が受けている任務について話す。くれぐれもここで聞いたことは口外するな」
部屋に、一瞬だけ静寂が落ちた。
やがて、琥珀の瞳がこちらを射抜くように向けられる。