第三十五話 技と技、誇りの激突
一瞬、視線が交錯した。
さっきまでの少年とは、何かが違う――。
……目つきが変わった
何が変わったかは確かなことは言えない、だが―――。
私の中にわずかな警戒が芽生える。
手足の力を抜き、十拳の構えへと自然に重心を移そうとした、その時だった。
――消えた。
「……っ!」
視界から、完全に気配が消える。
刹那、直感が背後を告げる。
振り返りざま、肩をひねり受け流す。拳がかすめた風が頬をなで、布が小さくはためいた。
即座に距離を取る。視線の先には――神。確かにそこにいる。だが。
今のは――まさか―――!?
私の技、《瞬華》。
あの足さばき、間の取り方、力の抜き方――それは、確かに“それ”だった。
「……冗談だろう。あれを、もう使えるようになったというのか?」
たった三度。
私の瞬華を見ただけで、動きの理を掴み、己の体に刻んだのか。
ありえない。
必死に否定するがその身に受けたものに偽りはない。
……なるほど、“魔王を倒した”というのも、まるっきりの嘘ではなさそうだな。
瞬間的に認めかけたその感情を――私は、すぐに打ち消した。
確かに、私の技を模倣した。
だが、それは―――。
次の一手。
再び《瞬華》で詰めてくる神。だが――
違う……雑だ。
最初の一撃こそ、私の背後を取るほど鋭かった。
だが、二撃目、三撃目と続くそれには、確実に洗練さが欠けている。
リズムも崩れ、呼吸も合っていない。
まるで真似事。所詮は模倣。
「……付け焼き刃で、私を倒せると思うな」
長きにわたる鍛錬と研鑽により会得した瞬華。
見よう見まねの技などに劣ることなどない!
瞬華――
足に魔力を込めて、気配を断ち、風のように間合いを詰める技。
今や、あの少年――神は、それを私と同じように扱っている。
まだ荒削り……だが―――。
技の根幹には、確かに近づきつつある。
数手先を読まねば、いつか本当に一撃をもらう――そんな予感さえあった。
それでも、同じ技を使っている限り私に敗北などありえない。
幾多様な戦闘において模倣ほど無意味なものはない。
所詮は模倣は模倣、必要なのはそれを超える―――。
刹那、神が飛び出した。
また来るか……瞬華。
こちらも踏み込む。高速の応酬。
互いの身体が視界の端でちらつくように交錯し、打突と回避が一拍ごとに繰り返される。
そのときだった。
……なんだ!?
神の動きが、一瞬――ふらついた。
崩れ落ちるように膝が落ちる。
何の変哲もない自身の限界がきたのだろう。
甘い……。
私は即座に拳を構え、ふらついた彼の懐へ踏み込む――その瞬間。
「――っ!?」
そこにいたはずの神の姿が、ぼやけて消えた。
残像――いや、違う。
“ふらついた動き”そのものが、疾走の中で奇妙な軌跡を描き、まるで幻影のように私の目を欺いたのだ。
……なに!? 今のは――。
戸惑いが生まれた一瞬を、私は拳で制した。
くっ……!
読み切れぬなら、叩くしかない。
「十拳――壱ノ拳《幻霞》ッ!」
打ち込む。
拳は神の肩を捉え、打ち抜くような衝撃を与えた。
神は呻き声を漏らしながら後退した。
私は距離を取りながら、小さく息を吐く。
……あれは一体、何だったのだ?
肉体のふらつきが、まるで“技巧”のように錯覚を生む――そんな芸当、意図してできるものではない。
それともあれは――偶然ではない、とでも?
「……」
神が、血を吐きながらも笑っていた。
神「――次で、終わらせる!」
そう言う神の目は確信似た光が差す。
それは同時に私の技を超えることを意味する。
私はこの技に誇りがある、どれだけの鍛錬と月日とをかけて来たのかを。
だが、それとは裏腹に好奇の心も芽生える。
戦いの中で進化するこの少年に、私は興味を持っているのだ。
その言葉に、私は静かに目を閉じた。
雑念を捨てる。
ただ、“相手の全て”を受け止める覚悟だけを胸に。
一呼吸。
目を開ける。
視界は澄み、風の流れが肌を撫でるように感じられる。
「……よかろう。受けてやる」
そう告げると、私は再び構えを取った。
来い。
“本物”かどうか――その拳で、示してみせろ。