第三十二話 探せ、焔閃姫と呼ばれし者を
俺はたちは、アルグレア帝国の西方に位置するバルグロスについた。
鉄と石の街が目の前に広がり、灰色の岩山が連なる山脈のふもとに築かれた要塞都市。
街の上空には煙突から立ち上る煙が漂い、武装した兵士と、筋骨隆々の冒険者たちが行き交う荒々しい雰囲気が漂っている。
俺はリィナの隣で、入国審査の列に並びながら周囲を見渡した。
神「ここが、アルグレア帝国……」
そう呟くと、リィナが少し緊張した表情で頷く。
リィナ「はい、ここが西方都市バルグロス……帝国でも一番、鉱山資源と武器製造が盛んな街です。だから、ちょっと治安は荒いけど……」
確かに、列の後ろでは、いかにも荒くれ者風の冒険者同士が揉めている声が聞こえる。
……まあ、絡まれたくはないな。
しばらく待つと、入国ゲートに辿り着いた。
帝国の兵士が立っていて、鉄製の巨大なゲートの隣には、魔鉱で造られた端末装置が設置されている。
「冒険者か。なら、アーカ・ノートをかざせ」
そう言われ、俺はアーカ・ノートを取り出す。
端末の上にアーカ・ノートをかざすと、淡い青白い光が走った。
【冒険者認証完了】
低く機械的な声が響き、ゲートのランプが緑に変わる。
「よし、通っていい」
まるで自分の元いた世界のような便利さに関心する。
簡単に終わったな……と思いつつ、リィナも同じようにアーカ・ノートをかざし入国を終える。
ゲートを抜けた瞬間、鼻を突く鉄と油の匂いが広がった。
まず目に飛び込んでくるのは、灰色の岩を積み上げた頑丈な建物群。
石造りの家々はどれも無骨で、装飾よりも耐久性を重視した造りが目立つ。
そこかしこに鍛冶屋の煙突が並び、白い煙が空へと昇っていた。
リィナ「うわぁ……すごい、ごつごつしてる……」
リィナがぽつりと呟く。
確かに、この街は全体が要塞のような印象を受ける。
大通りの石畳はしっかり整備されているが、路地裏へ入れば入り組んだ迷路のように見える。
行き交う人々も、一目で冒険者だとわかる連中ばかりだ。
大剣を背負った男、槍を肩にかけた女、魔法使い風のフード姿──。
エステリアとはまた違った印象を受ける街並みだ。
神「なんていうか荒々しい雰囲気だな……」
俺が呟くと、リィナは小さく笑った。
リィナ「うん。でも、その分、腕の立つ人も多いんだよ。装備とか武器も安くて質がいいし……」
確かに、道沿いには露店が並び、剣や鎧、魔鉱石を売る店が軒を連ねている。
中には、怪しげな黒いマントの商人が、密かに何かを取引している場面も見かけた。
そして──
「ゴォォォォン……」
低く響く鐘の音が街全体に鳴り渡る。
見上げれば、遠くの崖上に巨大な鐘楼が見えた。
どうやら、時間の合図らしい。
街の奥には、巨大な岩山が聳えており、その麓には採掘場らしき施設が見える。
そこから鉱石を運ぶトロッコが線路を走り、荷車が往来していた。
俺は再びアーカノートの取り出し、ギルドの位置を確認した。
エステリアでもギルドの世話になったし、色々と教えてくれた。
ここでもギルドで情報を収集しようと思った。
神「ギルド、ギルド……っと」
アーカ・ノートの表面を軽く撫でると、薄い光が走り、地図表示が浮かび上がった。
この街の簡易地図だ。
俺の現在位置は赤い点で示され、目的地を入力すれば、ルート案内もしてくれる。
もはやスマホだなと思いながら操作する。
リィナも同じようにアーカ・ノートを取り出し、二人で地図を確認する。
ギルドの位置は街の中央、鉱山へ続く道の途中にあるらしい。
神「よし、行くか」
リィナ「はい!」
俺たちは人混みを避けながら、大通りを進んだ。
途中、道端の露店では鍛冶屋が剣を打ち、商人が魔鉱石を並べて客を呼び込んでいる。
武器屋、鎧屋、回復薬の店──とにかく、冒険者向けの設備が充実している街だ。
リィナ「やっぱりバルグロスってすごいな……」
リィナは興味深そうに周りを見ている。
神「リィナは、バルグロスに来たことないの?」
リィナ「は、はい。私、国境を超えるような旅はしたことなくて…」
神「そうなんだ。冒険者ランクが高いから結構色々と行っているのかと思った」
リィナ「本当は、魔鉱細工の勉強のために色々と行った方がいいんですが。私、怖がりなので…」
てへっと恥ずかしそうに笑うリィナ。
そのあまりに可愛い笑顔に、マジ天使!と心のなかで叫ぶ俺――。
そうして歩いているうちに、巨大な看板が掲げられた石造りの建物についた。
《冒険者ギルド バルグロス支部》
頑丈そうな扉と、賑やかな人の声。
どうやら、ここが帝国の西方都市・バルグロスのギルドらしい。
神「よし……行くぞ」
俺はリィナと並んで、ギルドの扉を押し開けた。
重い扉を押し開けた瞬間、熱気と喧騒が俺たちを包んだ。
神「……賑やかだな」
思わずそう漏らしてしまう。
ギルドの中は広い石造りのホールになっていて、分厚い柱と高い天井が印象的だ。
木製のテーブルと椅子が並ぶ休憩スペースには、武装した冒険者たちが酒を飲み、談笑し、時には口論している。
壁際には掲示板が設置され、そこにはびっしりと依頼書が貼られていた。
エステリアのギルドは、もう少し綺麗な印象を受けたが、こっちは無骨で荒々しい印象だ。
リィナ「うわぁ……人、多いね」
リィナが少し気後れしながら俺の背後に隠れる。
俺とリィナは受付カウンターへと歩み寄った。
この街のギルドは、建物の無骨さに似合わず、受付カウンターはしっかりと整備されている。
魔鉱端末が設置され、職員たちがテキパキと対応していた。
カウンターの奥、対応しているのは、若い女性職員だ。
肩までの赤茶色の髪を後ろでまとめ、黒い制服に身を包んでいる。
表情はやや硬いが、冒険者たちの雑な態度にも怯まず、淡々と仕事をこなしていた。
神「すみません。シグレ=アマカゼっていう冒険者について聞きたいんだけど」
俺は、シグレについての情報を少しでも貰えないかと聞いてみる。
「申し訳ありません。通常、S級冒険者に関する情報は一般公開されていません。特例許可、または国の勅命がなければ開示できません」
しかし、返って来る答えはエステリアの時と同じだ。
リィナも隣で残念という顔で目を伏せている。
リィナ「やっぱり、S級冒険者の情報は教えてもらえませんでしたね…」
神「そうだな」
帝国全部をしらみつぶしに探すとなると、さすがに時間がかかりすぎる。
俺は、アーカノートで地図を開いて考える。
アルグレア帝国は、東西南北でそれぞの都市があり、その中央に帝都がある広大な国家だ。
神「せめて、バルグロスにいるかだけでも聞けたらよかったのに」
考えていると、きゅ~~~というかわいらしい音が聞こえる。
音の方に目をやると、リィナが恥ずかしそうに顔を赤らめてお腹に手をやっている。
神「そういば、腹減ったな」
俺は優しく微笑んで言った。
リィナ「うぅ…すみません…」
神「とりあえず、飯と宿を探すか」
リィナ「…はい!」
ぱぁっとリィナの顔が明るくなる。
シグレを探し出せるか不安はあるが、焦っても仕方ないと思いながらギルドを後にする。