第三十一話 軍事国家アルグレア帝国へ、仲間を求める旅
リィナの治療が終わるまで、時間はまだかかりそうだった。
俺はギルドのロビーで軽く伸びをすると、そのまま受付カウンターへと歩く。
さっきと同じ、ふんわりした雰囲気の受付嬢が控えていた。俺が近づくと、彼女は気さくに微笑む。
「リィナちゃん、もうすぐ回復するって聞きましたよ〜。良かったですね!」
神「ああ、ありがとな。それで、ちょっと聞きたいことがあって」
「はいっ? 何でしょう〜?」
神「この世界……っていうか、この国とか街とか、そういう基本的なことを教えてほしい。あと、魔王に関する情報も」
受付嬢は目をぱちくりとさせたあと、笑顔のままコクリと頷いた。
「えっとですね、この街は、中立都市で五国のちょうど境目にあるんです〜。交易と冒険者ギルドの拠点で有名で、争いが少ないのが自慢なんですよ〜」
神「ふむふむ」
「それと、グレムが基本通貨で……」
雑談混じりに、国の位置関係や通貨、ギルドの規模についての情報は割とすんなり教えてもらえた。
だが――
神「じゃあ、魔王についても……」
受付嬢はその瞬間、申し訳なさそうに眉をひそめた。
「あ〜……それはですね、すみません。魔王関連の情報は、S級以上じゃないとアクセスできないんです」
神「……そりゃまた、厳しいな」
「危険すぎるんですよ。中途半端な情報で突っ込んで命を落とす人が多くて……だからギルドの規定で、ある程度の実績と信用が必要なんです〜」
神「なるほどな……」
結局、今の俺じゃ大した情報は得られそうにない。
受付嬢は小声で、少しだけ耳打ちしてくる。
「……でも、もしどうしても知りたいなら、S級の知り合いを作るのが一番早いですよ」
神「知り合い、か……」
アークの顔が脳裏をよぎったが、アイツは今いない。
俺はカウンターに肘をつきながら、思わずため息を漏らした。
神「はぁ……S級の仲間でもいればな」
そんなぼやきに、受付嬢は困ったように首を傾げる。
「S級の冒険者さんですか〜? それは……ギルドからじゃ、なかなか紹介できませんよ〜」
神「どういうことだ?」
受付嬢は少し声を落として説明を続けた。
「S級になると、ほとんどの人がギルドの枠を超えて、各国から《勅命任務》を受けてるんです〜。国レベルで信用と実績がある人しかS級にはなれませんし、自由に動いてる人はごくわずかで……ギルドですら、居場所や詳細を把握できない人が多いんです」
神「つまり、仲間にするどころか、見つけることすら難しいってことか」
受付嬢は申し訳なさそうに眉を下げたまま、何やら端末をいじり始めた。
「でも……あっ、もしかしたら……」
受付嬢は周囲をちらりと見回すと、俺にぐっと顔を近づけてきた。
「これは内緒ですけど……実は、アルグレア帝国に一人、S級の冒険者さんが滞在してるって噂を聞いたことがあるんです」
神「……アルグレア帝国?」
「はい〜。正確な情報は私もわからないんですが、帝国の公式任務を受けてるとかなんとか……。でも、腕は確かだって聞きましたよ」
神「そのS級、名前は?」
受付嬢は端末を操作しながら、声を潜めて答える。
「シグレ=アマカゼ。通称――焔閃姫って呼ばれてる人です」
神「……焔閃姫、ね」
その異名だけで、只者じゃないことは察せられた。
この際、選り好みしてる場合じゃない。リィナを守るためにも、これから先、魔王や謎の脅威に立ち向かうためにも――
神「……決まりだな。アルグレア帝国に行ってみる」
受付嬢は微笑みながら頷く。
「はい〜。お力になれるといいですね」
リィナは明日には動けるとのことだった。
だからこそ、俺は焦る気持ちを抑え、宿に戻ることにした。
宿の部屋に入ると、古びた木の床が軋む。荷物を置き、ベッドに腰を下ろして、懐から魔鉱式携帯端末――《アーカ・ノート》を取り出した。
神「アルグレア帝国の位置は……」
端末にホログラム地図が浮かび上がる。中立都市から、地図の北――そこに、広大な版図を誇る《アルグレア帝国》の名がある。
受付嬢との世間話を思い返す。
アルグレア帝国――
騎士団と魔導師団を二本柱に据え、領土拡大と軍事力を誇る覇道国家。
“覇道の国”とも呼ばれ、他国に常に睨みを利かせていることで有名だ。
それでいて、技術開発も盛んで、魔導兵器や研究施設の数は他国の追随を許さない。
神「皇帝……たしか、若かったよな」
レオン=アルグレア。
わずか21歳にして帝国を率いる若き皇帝。冷静沈着、即断即決、そして民を想う改革者でもある――と、聞く。
表向きの話がどこまで本当かは知らないが、力と実行力があるのは確かだ。
そんな場所に、今――S級冒険者が滞在している。
受付嬢が、内緒話のように教えてくれた情報だ。
神「シグレ=アマカゼ……か」
焔閃姫――そう呼ばれるS級、つまり、ギルドの枠を超え、国の勅命任務すら請け負う存在。
実績も信頼も、規格外だ。
神「S級の仲間がいれば、魔王相手にも……」
俺の拳が自然と握られる。
魔王を相手に、いつまでも今のままじゃ、足りない。
力も、情報も、仲間も――すべて必要だ。
神「リィナが回復したら、すぐ帝国に向かう」
今の俺に、ためらっている暇はない。
翌朝。エステリアの空は薄曇りだった。湿った風が石畳をなでて、遠くから市場のざわめきが聞こえてくる。
ギルドの医療室を訪れると、リィナはもう自分でベッドから立ち上がっていた。
リィナ「……ジンさん、おはようございます」
まだ少し顔色は悪いけど、昨日よりずっと元気そうだ。
神「無理すんなって言ったのに」
リィナ「だ、だいじょうぶです。もう歩けますから」
リィナはそう言って、胸を張るけど、足元はちょっとふらついてる。
神「ほら、危なっかしい」
そう言いながら、俺はリィナの荷物を肩にかけた。
リィナ「わ、わたし、それ……自分で持ちますよ……」
神
「リィナはまだ完治してないし、大丈夫だ」
リィナは少し顔を赤らめて、素直に頷いた。
ギルドを出た俺たちは、宿に戻って帝国へ行く準備を始める。
荷物は最低限、必要なものだけ。長距離移動になるし、余計なものは置いていく。
神「今回の目的地はアルグレア帝国。目当ては、S級冒険者――焔閃姫シグレ=アマカゼ」
その名前を聞いた瞬間、リィナがピタリと手を止めた。
リィナ「え……ええっ!? シグレ=アマカゼって……S級の、あの……!」
神「ああ。受付の子が言ってた。今、帝国にいるらしい」
リィナは明らかに慌てて、目を丸くする。
リィナ「そんな……すごい人が……でも、仲間にって……無理じゃないですか?」
神「……正直、簡単ないと思う。でも、今のままじゃ俺一人じゃ無理だ。リィナがいてくれるのは心強いけど、戦える仲間も必要だ」
リィナは、昨日の戦いを思い出したのか、不安そうに視線を落とした。
神「だから、力のある奴を探す。そういう話」
リィナは小さく頷いて、再び荷物をまとめ始めた。
準備が終わり、俺たちは乗降区画へ向かう。
移動手段は、キャラバン・ギアの乗り合い便。距離もあるし、料金もそれなりにかかる。
神「昨日の出費でだいぶ厳しいけどな……」
安めの便を見つけ、俺たちは北方行きの乗り場に並ぶ。
やがて、目的のギアが到着する。
重厚な魔動式の馬車、荷台と座席を兼ねたキャラバン・ギア。
運賃を払い、俺とリィナは座席に腰を下ろした。
神「じゃ、行くか。帝国まで!」
リィナ
「はいっ!」
ギアが動き出し、エステリアの街並みが遠ざかっていく。
次の目的地――アルグレア帝国。
乗り合いのキャラバン・ギアは、思った以上に混んでいた。
安い便だから覚悟はしてたけど、まさかここまでとは……。
神「……リィナ、大丈夫か?」
リィナ
「だ、だいじょうぶ、です……!」
そう言いながら、リィナの顔は真っ赤だ。
俺の腕と彼女の体がくっついて、完全に密着している。まわりの乗客が押してくるせいで、どうしようもない。
リィナは俯いて、耳まで真っ赤に染まっていた。
神「無理するなよ」
リィナ「だ、だいじょうぶですから……っ!」
必死に目をそらしてそう言うリィナを見て、俺はこれ以上言うのはやめた。
ぎゅうぎゅう詰めのまま、キャラバン・ギアは走り続ける。
途中、何度か休憩ポイントで止まり、そのたびにリィナはホッとした表情で深呼吸していた。
そして、夕刻には――
キャラバン・ギアはアルグレア帝国の外縁部、都市区画に到着した。
重厚な城壁、厳重な警備、軍事国家らしい圧迫感。
リィナは少し緊張した面持ちで辺りを見回している。
神「着いたな、アルグレア帝国」
リィナ「……うわぁ……なんだか、すごい雰囲気ですね……」
俺も軽く頷いた。
ここから先、S級冒険者《焔閃姫》シグレ=アマカゼを探す旅が、本格的に始まる――。