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第三十話 揺らぐ均衡、迫る決断

中立都市エステリア

中央政庁・宰相執務室――

書類の山を前に、クラヴィス=エステリアは眉間を深く寄せ、重くため息を吐いた。


クラヴィス「……どこから手をつけろってんだ……」


机の上に広がるのは、ただの書類ではない。どれも都市と世界の安定を脅かす、重大な報告書の束だった。

まず一つ目――


《影の王 スカー・ブルート 死亡》


本来なら喜ぶべき“魔王の討伐”という結果。しかし、その内容は不穏極まりなかった。

――正体不明の人物が単独で魔王を討伐。

――ギルド未登録、都市の監視網にも引っかからず。

――死の痕跡のみ確認、目撃証言も曖昧。


クラヴィス「この都市に、そんな“化け物”が自由に出入りしてるのか……?」


次に目を通すのは《村人消失事件》の記録。


フェルスト自治区――数日前、村人全員が行方不明。

その後、ギルドの一部冒険者が現場を調査し、“浄化”が行われた形跡あり。

被害は表向き“集団失踪”で処理されたが、内部資料には別の記述が並んでいる。


《現場に残された融合痕跡、死体の改造跡、アンデッド化の兆候》

《魔力分析結果:高位魔王クラスと酷似》

《“ヴァル=クロノス・ドレイガ”との関連性 濃厚》


クラヴィス「……また、お前か」


クラヴィスは資料の中の一枚――ヴァル=クロノス・ドレイガの顔写真に目を落とす。

黒い外套に身を包み、どこか陰のある微笑を浮かべたその男の目が、不気味なほど冷たい。


そして――アーク=レヴァンティスから届いた《虚界のゲート》に関する報告書。


破壊の王の“幻影体”出現。虚無断裂の使用痕。

ゲート周辺の魔力汚染と、通常空間の歪み。


クラヴィス「虚界が現実に干渉し始めた……それだけで、既に洒落にならん」


最後に、捜査機関から届いた“ある組織”の活動報告書を手に取る。

内容は断片的だが、近年急激に動きが活発化しているという。

裏社会、魔術師連合、商業組織――そのどこにも属さず、だが確実に都市の裏で暗躍する謎の勢力。

そして、その中心人物として浮かび上がったのが、またしても《ヴァル=クロノス・ドレイガ》。


クラヴィス「魔王、虚界、村の惨劇、謎の組織……すべてが繋がっている」


彼は重く目を閉じ、また一つ、胃を押さえた。


机の上に広げられた報告書の束を、クラヴィス=エステリアは指先でゆっくりとめくっていく。

そこには、フェルスト村の消失事件に関する最終調査報告書が載っていた。


クラヴィス「……ふざけた話だ」


村人全員の失踪、調査隊員の精神崩壊、遺留品の異常な魔力反応――

読み進めるごとに、胃の痛みが増していく。

問題は、その“魔力反応”だ。

通常のアンデッドではない。

一般的な蘇生術、死霊術、どれとも異なる――

そして何より、回収された微弱な浄化痕跡。


クラヴィス「……一致した、だと……?」


手元の端末に表示された分析結果を見つめ、クラヴィスは眉をひそめる。

巫女の神聖魔力――

これは国家最高機密だ。

中立都市エステリアが隠し守ってきた“切り札”であり、勇者と並ぶ世界の希望。

その存在を外部に知られることは、絶対にあってはならない。

だが、現場に残された浄化痕跡は、巫女特有の“波長”と完全に一致していた。


クラヴィス「もし、彼女自身がここにいて浄化を行ったとしたら……」


だヴァル=クロノス・ドレイガ――闇人の中心人物が現場に現れたという報告が入っている。


偶然か、必然か。

ヴァルが“浄化の痕跡”を見逃すはずがない。

魔物側に与し、禁術と改造を重ねたその男が、巫女の存在に気づいていないなど――ありえない。


クラヴィス「……最悪だ」


手にした端末を机に投げ出す。

それが硬い音を立て、積み上がった書類を揺らす。

巫女の存在が、闇人に知られた可能性――

それは、世界の“均衡”そのものを揺るがす危機だ。

勇者召喚を巡る各国の駆け引き。

魔王たちの暗躍。

そして、闇人の活動活発化。

その全てが、一本の糸のように絡み合い始めている。

何より恐ろしいのは、ヴァルが動き出した事実。

かつて、一夜にして小国を滅ぼしたという伝説がある男だ。

それが、巫女の存在を“確信”したとすれば――

次は、彼女自身が狙われる。


クラヴィス=エステリアは、重くなった胃のあたりを押さえながら、無言で追加の胃薬を手に取った。


クラヴィス「……このペースだと、胃薬の備蓄も底を突くな」


ボソリと自嘲めいた声を漏らした瞬間、控えめなノック音が響く。


クラヴィス「……入れ」


扉が開き、ギルド情報部の管理官――カリナ=ドレミアが姿を現した。

端末と書類を手にした彼女は、いつも通りの冷静な面持ちだが、どこか気まずそうな空気をまとっている。


カリナ「失礼します、宰相。定例の“新規冒険者登録リスト”が届きました。確認を……」


クラヴィスは顔をしかめ、即座に手を振る。


クラヴィス「今、それどころじゃない。新規登録者の確認は後回しだ。……胃がもたん」


カリナは一瞬だけ困ったように目を伏せたが、素直に資料をデスクの隅へと置いた。


カリナ「かしこまりました。ですが、登録者の中には多少、気になる人物もおりますので――お時間が取れるときに目を通していただければ」


そう言い残し、カリナは足早に部屋を後にした。

クラヴィスは深くため息をつき、机の上の胃薬に再び手を伸ばす。

「……これが、今日最後の一粒だ」とぼやきながら、小瓶を傾ける。


しかし、薬が唇に届くより早く――机上の通信魔石が、けたたましい振動音を発した。


それは、特別回線の着信。

魔導通話石に浮かび上がったのは――帝国宰相局、特級チャンネル。


クラヴィス「……このタイミングで、あいつか」


魔力を流し、通話を繋ぐ。

通信魔石から現れた立体映像――

そこに映っていたのは、帝国軍の黒鷲を纏い、鋭い眼光を宿した男。


アルグレア帝国皇帝――レオン=アルグレア。


レオン(映像)「久しいな、クラヴィス宰相。……今日こそ、君に返答を求めに来た」


クラヴィス「……ああ、やっぱりお前か。帝国直通の高位チャンネルとは、相当せっかちだな」


レオン(映像)「貴国が、我が帝国の“勇者召喚申請”に沈黙を貫いているからな。もはや待つ必要はない。返答を寄越せ、クラヴィス」


クラヴィスはこめかみを押さえ、

喉まで届いた胃薬を結局飲み込めず、そっと机に戻した。

魔導通話石からは、レオン=アルグレア皇帝の苛立ちを隠さぬ声が聞こえてきた。


レオン(映像)「クラヴィス、我々はもう“待つ”余裕などない。影の王の死、それだけで十分な騒ぎだが……それだけじゃないだろう」


クラヴィスは小さく肩を竦めた。


クラヴィス「……落ち着け、レオン。状況は把握している。だからこうして――」


レオン(映像)「“虚界”のゲートが開いた。破壊の王とやらの影が現れた。そして、“闇人”の活動が目に見えて活発化している」


クラヴィスの指が、机の端を無意識に叩く。その一言一言が、胃を抉るように響いてくる。


クラヴィス「それらも踏まえて、こちらも動いている。アーク=レヴァンティスの報告は共有したはずだ。虚界のゲートは既に閉じ、監視を――」


レオン(映像)「監視で何が変わる? 対策が遅れれば、次に消えるのは村や都市だけじゃ済まないかもしれん」


クラヴィスは言葉を飲み込んだ。レオンの苛立ちは正しい。だが、“巫女”の情報――それだけは、まだ伏せている。


巫女。世界を救う存在とされる“鍵”。

それが、よりによって“闇人”の手に情報が渡った可能性がある。

だが、確証はない。今ここで出すべき話ではなかった。


レオン(映像)「勇者を呼ぶべきだ。異界から、今こそ――」


クラヴィス「勇者召喚は、世界律に歪みをもたらす。その判断を拙速に下せば、より大きな災厄を招くぞ」


レオン(映像)「だから、五国会議を開く。次回の会議で、正式に“召喚の是非”を決める」


クラヴィスは目を細めた。その余裕ある物言い、強気な態度。

(――すでに根回しは済んでいるな)

五国の間で、裏交渉と取り引きが進んでいるのだろう。勇者召喚を既成事実にするつもりだ。


レオン(映像)「君の胃を気遣う時間はない、クラヴィス。各国の合意を得て、決断する。それだけだ」


通話が切れる。

その瞬間、クラヴィスは机の引き出しを乱暴に開き、わずかに残った胃薬を手に取る。


クラヴィス「……このペースじゃ、胃よりも薬のほうが先に尽きるな」


自嘲気味な声が、薄暗い執務室に虚しく響く。

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