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第二十八話 信じた背中に、任せた刃を

得体の知れない圧に身を固める二人の前――空間が、ねじれた。

ビキィ、と音を立てて、裂けるように視界が歪む。

その裂け目の中心に、“何か”が、立っていた。


 黒。


深い、深い漆黒。光を一切反射しない闇のようなローブ。

その長衣は裂け目の瘴気と溶け合い、足元から霧のようにほどけていく。

ローブの裾が風もないのに揺らめき、漆黒のマントが影のように広がる。

その内側に滲む、紫の微光と、禍々しい魔力の波――。


神「……っ、なんだ、あれ……」


全身から汗が吹き出した。息が詰まる。立っているだけで、意識が沈んでいく感覚。

――いや、沈められている。重力だ。

重力そのものが、魔力として放たれている。

知っている感覚だ。

この感覚は、そう――――魔王と対峙した時と似てる。


玄武『あれは魔王だ』


朱雀『本体ではなく、幻影体のようでね』


マジか――。

なんでこう次々と幻影体とはいえ魔王が出てくるんだ。

展開が早すぎるだろ!


アーク「……嘘だろ……」


アークの声に、いつもの余裕がなかった。

その額には冷や汗がにじみ、震えるように呼吸している。


アーク「……“破壊の王”……? ……本物じゃ、ない……はず、だよな……?」


がりがりの痩身。顔は隠れていないのに、輪郭が曖昧で、影のように揺れている。

ローブの襟元が高く立ち、眼光だけが、真っ直ぐこちらを見つめていた。

そして、呻くように、声が漏れる。



「……チッ……さい……あ……が……また……クソッ……」


神「何を言って――」


「……な……ス……壊して……コロ……排除……」


言葉の意味は分からない。だが、“敵意”だけは伝わった。

まるで存在そのものが災厄――そんな異常なプレッシャー。


白虎『呆けてるじゃねー!』


青龍『来るぞ』


四神の叫びで我に返る。


アーク「構えろ、スカーヴェル……!」


アークが咄嗟に槍を構える。


アーク「これは――冗談じゃ済まないぞ……!」


破壊の王――その禍々しき存在が、ゆっくりと腕を上げた瞬間。

空間が、軋んだ。

“何か”が来る。

二人は、限界まで研ぎ澄まされた神経で、その一撃に備えた。


禍々しい気配とともに、破壊の王が振りかざした右腕――次の瞬間、凄まじい破壊の波動が空間ごと押し寄せた。


ドゥン――ッ!!


空気が震え、視界が歪む。その場にいたスカーヴェルとアークは、とっさに身を翻し、爆風のような圧に地を滑るようにして飛び退いた。


アーク「――危ないっ!」


神「くっ……っ、今の……“ただの一撃”かよ……!」


着地と同時に背筋が粟立つ。まともに食らっていたら、間違いなく身体ごと砕かれていた。

だが、俺は構え直すと、重心を低く取り、白虎、朱雀の力を同時に開放。

相手が魔王だっていうのなら手加減はしない―――。


神「行くぞっ――ッ!!」


砂煙を切り裂き、スカーヴェルが疾駆する。その瞳には迷いがなかった。

だが――


ズゥ……ッ!


空間が軋み、黒い裂け目が開いた。そこから現れたのは、まるで死神の象徴のような、禍々しい黒鉄の鎌。


アーク「――待て、ジン!!」


破壊王がその細い腕を振りかざすと、鎌が深淵の力を引き裂くように振り下ろされる。

そして、禍々しい囁きとともに――魔王はスキルを放った。


「……裂けろ……て……果てに……ゼロ・バニッシュ(虚無断裂)……ッ」


 ゴオオオオッ!!!


斬撃と同時に、地面に黒紫の亀裂が走る。それはただの“斬撃”ではなかった。物理でも、魔法でもない。世界そのものを“否定”するかのような、絶対の破壊。

地面が、空気が、魔力の壁すらも断ち裂かれていく。魔鉱の破片が爆ぜ、岩盤が崩れ、空間がひしゃげるように歪んだ。

この一撃――ゼロ・バニッシュ(虚無断裂)は、防御を意味すら持たせない。

劣化とはいえ、魔王の一閃。回避が遅れれば即死。

アークとスカーヴェルは反射で退避するが、その刃先はギリギリまで迫っていた。


アーク「はぁ……はぁ……くそ、なんて威力……!」


額に冷たい汗が伝う。あの余裕の笑みは消えていた。


玄武『こやつは幻影体、本体ではない』


青龍『あのゲートの中から魔力の流れが感じる』


四神の話を聞き、刃をかわしながら、たしかに幻影体は――あの空間の裂け目、ゲートのハザマから、投影されてる。

まるで映写機のように、何かの術式で投げ込まれた偽物。

でも、斬撃の一つ一つが、こっちの肉体をえぐってくる程度には現実だった。

足元の破片を蹴って飛び退きながら、俺は横目でアークの位置を確認する。


神「アーク、あれは投影だ。あのゲートの向こうから出てきてる。つまり――本体はあっち側だ」


一瞬だけ視線が合ったアークの目が鋭く細まる。あいつも、気づいてはいたらしい。


神「俺が囮になる。お前はあのゲートを何とかしてくれ。閉じるなり、破壊するなり、止められるならそれでいい」


一閃。幻影体の大鎌が俺の左肩を掠める。痛みとともに、焼けつくような魔力が皮膚を裂いた。だけど、こんなもんで止まるわけにはいかない。


神「時間は稼ぐ。お前に任せたぞ――相棒」


アーク「わかった。任せてくれ、ジン。君が繋いでくれるなら、僕は必ず応えるよ」


踏み込む。大地を蹴り砕くように、全力で。

奴の視線が、俺に完全に向いた。その瞬間、背後のアークがわずかに動いたのがわかった。よし、こっちに集中してる。――狙い通りだ。


幻影体は、顔がない。だというのに、その鎌を振りかざす動きからは、はっきりとした「殺意」が読み取れた。

振り下ろされる漆黒の鎌は、重力をねじ曲げるような異質さを持ち、空間ごと“斬る”。


紙一重でかわした。空気が裂ける音と同時に、頬を冷たい何かが掠める。気づけば俺の後ろの建物が音もなく崩れ落ちていた。やっぱり、あれはただの刃じゃない。空間ごと、抉ってる。

畜生、なんて物騒な投影だ。


「喰らえ、煌牙朱烈脚(こうがしゅれつきゃく)!」


破壊の王めがけて飛びだすと同時に脚が紅白に輝き空中回転からの連撃。

破壊の王は炎に包まれながら吹き飛びぶが――手応えは、薄い。

煙の中から、奴の体が黒煙とともに再構成されていく。やっぱり、“肉体”がない以上、どんな攻撃も決定打にはならねぇ。

でも、こっちに意識が向いてる今がチャンスなんだ。

斜めから迫る影。再構築を終えた幻影体が、また鎌を振り上げる。

今度は――速い。

風圧が先に来た。咄嗟に朱雀の翼で防御するが、ぎりぎり受け止めた瞬間、鎌の一撃が俺を弾き飛ばした。

背中から地面に叩きつけられ、肺から空気が抜ける。


神「ぐ、っ……くそ……!」


それでも立ち上がる。目の前の敵から、絶対に目を逸らさない。

“引きつけろ”。それが俺の役目だ。あいつが――アークが動いてる間だけでも。

息を整える間もなく、幻影体が再び接近してくる。脚の筋肉を強化し、間合いを詰めさせないよう真正面から突っ込む。

刃と拳が交錯する。弾き、避け、滑り込み、反撃の攻撃を叩き込む。


神「……っ、何度でも来いよ、“幻”が……!」


それが本体じゃなくてもいい。

俺は、お前を“現実”としてぶっ飛ばしてやる。


死角からの一撃を紙一重で弾き、俺は奴の懐に踏み込む。

拳を叩きつけても、奴の体は霧のように歪んで再構成される。

それでもいい、これで十分だ。俺の役目は“止める”ことじゃない。“引きつける”ことだ。

チラリと視界の端、崩れかけた地面の向こうで、アークの魔力が膨れ上がるのを感じた。

あいつは、動いてる。


ゲート――《ハザマ》は、渦巻く闇と光の層が幾重にも折り重なった裂け目だった。

物理的な穴じゃない。存在と法則の境界をねじ曲げて穿たれた、言葉の通じない“異界”そのもの。

そこに手を伸ばすなど、正気の沙汰じゃない。

けど、アークは迷わず踏み込んだ。


神「――アークッ!」


振り向いた一瞬、鎌の風圧が俺の首元を撫でる。危ねぇって……!

奴の集中が一瞬、アークへと逸れる。

その瞬間、俺はとっさに朱雀の火球を叩きこむ。


神「豪炎弾ッ!!」


奴の進行方向を斜めに押し流すように歪曲させる。動きがズレた、今だ。

アークがゲートの縁へと手を伸ばす。魔力の奔流が彼の周囲を灼くように渦巻いた。


アーク「この構造……強制召喚術か……いや、“それ”以上……!」


指先が裂け目に触れた瞬間、風景がねじれる。空間が悲鳴を上げる。

大地が震え、幻影体が異様な反応を示した。目も口もない顔が、まるで苦悶するようにのたうつ。


神「効いてるのか……!? アーク、何をした……!」


アーク「術式の根幹に干渉した……“あれ”は、こっちの理を踏み台にしてる……なら、理そのものを崩せばいい!」


神「っ……そんな芸当、普通できねぇだろ……!」


アーク「僕は普通じゃないんでね」


その言葉と同時、裂け目の輝きが激しく脈動した。

まるで呼吸のように、いや、鼓動のように。

ゲートが、何かを“送り出そう”としている――!

幻影体の全身が一瞬、光を孕んで崩れ、そして――膨張する。

影の幻が、何か“異質なモノ”に変質しようとしていた。


空間が、軋んでいる。

幻影体が膨れ上がるたびに、地面が割れ、空が悲鳴を上げ、空気が重力のない泥のように捻じれる。

その中心にいるのは、俺じゃない。

ゲートの縁に手を突っ込み、強引に魔術構造へ干渉するアークだ。

狂ってやがる。だけど、信じてる。

だからこそ――俺はこの場を離れない。


神「俺が止める。お前が終わらせろ!」


アーク「ああ……!ジン、これを使え!!」


そう言ってアークは背中の槍を投げてきた。

俺はそれを受け取り構える。

幻影体が膨張と収縮を繰り返す。

それは呼吸にも似た律動。

次の瞬間には、何かが“こちら側”に完全に出てきてしまう。

もう時間がない。



神「行くぞ!蒼焔雷穿(そうえんらいせん)!」


アークの受け取った槍を青龍を模した槍へと変化。

槍に炎を纏わせ朱雀の羽が舞う。

白雷が奔るかの如く破壊の王に槍の一閃をブチかます。

幻影体はそれを体をくの字にしながら受け止める。


アーク「――閉鎖完了ゲート・ラッチッ!」


耳鳴りが一瞬で止んだ。

その瞬間、俺は一層神聖魔力を槍に注ぎ込み、威力をあげる。


神「うおおおおおお!!」


そして――

浮かんでいた影が、輪郭を崩し、音もなく霧散していく。

消えた。まるで最初から存在しなかったかのように。

空間に漂っていた魔力の重圧が、まるで吸い込まれるように消える。

ゲートの裂け目が、光の幕を巻き込みながら“音もなく”閉じた。

崩れ落ちた地面に、俺は膝をついた。


神「……終わった、か……?」


アーク「ギリギリだった」


神「十分早かったよ……さすがだな」


アーク「はは、君こそすごかったよ」


軽口を叩きながらも、アークの額から汗が滝のように流れていた。

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