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転生者よ~其の眼を以って異世界の魔を払え~  作者: まりあんぬさま


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第二十七話 意外と息合う二人

午後の陽射しが石畳に落ちる中、俺はアークと並んで南通りを歩いていた。人通りの多い繁華街を抜けて、街の外れにある乗降エリアへ向かう途中、すれ違う冒険者たちの反応がやけに静かで――どこか、妙だった。


「……あの人……」


「目、合わせるな。下手に関わるとまずい」


鎧を着た屈強な連中がひそひそと話して、アークの姿を避けるように通り過ぎていく。見たところ、中堅以上の実力者っぽい連中ばかりなのに、みんな一様に強張った顔をして、明らかに距離を取っていた。中には、遠くからアークを見ただけで道を変えるやつまでいた。


神「……おい、あんた……ほんとに、ただの旅人か?」


アーク「ん? そうだよ。……ただ、ちょっとだけ人に覚えられやすい顔みたいでね」


アークは肩をすくめながら、どこまでも軽い調子で返してきた。でも、その無害そうな雰囲気もどこか“作られた”ものに感じた。やっぱりこの男、ただ者じゃない。そう確信しながらも、俺はリィナのために、この人と行くと決めた以上、もう引き返すつもりはなかった。


乗降広場に着いたとき、真っ先に目に入ったのは――馬車。いや、馬車ってレベルじゃない。魔動式装甲馬車(キャラヴァン・ギア)だ。黒鉄と銀で装甲された車体に、蒸気が美しく吹き上がってて、内部では魔鉱石のエンジンが規則的に脈動していた。高級品だってことは、素人の俺でもすぐわかった。


神「まさか……これ、お前のか?」


アーク「うん。さすがに自前の方が動きやすいからね。機構はちょっとだけ弄ってるけど……乗ってみる?」


アークが手招きしながら助手席に向かって歩いていく。俺もなんとなく後に続いて、荷台を覗き込んだ瞬間、言葉を失った。休憩用のソファに、簡易キッチン、さらに魔力バリア発生装置まで――移動する拠点そのものだった。


神「……これは……そうとういいやつなんじゃないか……?」


思わず漏れた声に、アークはおどけたように笑って席に腰を下ろした。


アーク「じゃ、出発しようか。目的地は……虚界の波動が観測された“南方第七断層帯”だ」


神「虚界……」


その言葉を聞いた瞬間、ぞくりと背筋に寒気が走った。

アークが手元の魔導盤に魔力を流し込むと、馬車が静かに震えて、ふわりと浮かび上がった。魔動浮走と滑走が合わさった独特の音が、耳に心地よく響く。


アーク

「安心していい。無茶はさせないよ」


その言葉は優しかった。でも、どこかで“警告”にも聞こえた。

日は沈み、周囲が蒼く染まりはじめた頃――

俺たちは断層帯へ向かう道の途中、小高い岩場に停車した。

夜道の移動は危険すぎる。魔物も盗賊も、闇を好む連中ばかりだ。

アークの判断で、今日はここで野営することになった。

馬車――いや、キャラヴァン・ギアは完全自律型の結界を展開していて、外の音も風も驚くほど静かだった。

アークは魔導キッチンに火を入れ、鍋をゆっくりかき混ぜている。香ばしい香りが漂い始めた。


アーク「今夜は簡単に、野菜と乾燥肉のポトフ。ちょっとだけ香草を加えてある。胃に優しいよ」


神「……あんた、戦えて料理もできて……器用すぎだろ」


アーク「君が不器用すぎるだけかもしれないよ?」


肩をすくめて笑うアークは、どこか旅慣れた風だった。

背筋が伸びていて、無駄のない手の動き。こういうのを“余裕がある”っていうんだろうな。

俺は魔導ランタンを灯して、荷台のソファに腰を下ろす。

少し疲れが残っていて、体が重い。

まだ、魔王とのダメージが残っているのか、本調子とは言い難い。


アーク「君の目つき、さっきより少し落ち着いたね」


神「……悪い。少し、気が張りすぎてたかも」


アーク「それは分かる。でも、野営の夜ぐらいは“力を抜く訓練”も必要だよ。じゃないと……いつか折れる」


静かな声だった。

焚き火の代わりに、魔導ランタンの淡い光が揺れて、アークの表情をほんのり照らしていた。

俺は黙って、鍋からよそわれたスープをすする。あったかい塩味が、内臓の奥にまで染みわたっていく感じだった。


神「……うまいな、これ」


アーク「ありがと。君、案外素直だね」


神「いちいち煽るなっての……」


二人の会話は、風に乗って静かに流れていく。

辺りには虫の声と、魔動コアのわずかな脈動音だけ。

星が、街では見られないほどくっきりと瞬いていた。


アーク「ねえ、スカーヴェルくん。君は……どうしてそこまでして、あの子を助けたの?」


神「……理由なんて、ちゃんと考えたことなかった。けど、見てられなかった。あんな目を、あんな小さい子が……するのはおかしい」


そう言ってから、自分でも少し驚いた。

こんなふうに人に話すのは、久しぶりだった。


アーク「……いい答えだ」


アークはそれ以上、何も言わなかった。

ただ、魔導盤の脇に置かれたカップに、自分の分のスープを注ぎながら――

夜は、穏やかに更けていく。


断層帯に到着した直後だった。空気がひりつくような重圧に包まれる。

地鳴りとともに、巨体が木々を押し分けて姿を現す。

ギガンテス――三メートルを優に超える巨躯の魔獣。岩石のような皮膚、常識外れの腕力。

見るからに、ただの魔物じゃなかった。


アーク「ふむ、出迎えがいるとは思わなかったけど……歓迎はされてないみたいだね」


神「チッ……上等だよ」


俺は白虎の形態になり戦闘態勢をとった。だけど、体が重い。腕のキレも鈍い。

まだ、ダメージが抜けていないのか。

ギガンテスが咆哮とともに突っ込んでくる。

咄嗟に両腕をクロスさせ防御する。


神「くっ……!」


ドンッ――!

次の瞬間、ギガンテスの突進が弾き返された。

その前に立っていたのは――アークだった。


アーク「君、体調でも悪いのかい?」


神「……別に。ちょっと体が……重いだけだ」


アーク「ふふ、なるほど。じゃあ、僕が代わるよ」


そう言うと、アークは背中に背負っていた槍をゆっくりと引き抜いた。

黒銀に光る双刃の穂先が、月光のように滑らかに輝く。


アーク「じゃあ、ちょっと失礼」


彼は無駄のない動きで地を蹴った。風がうなる。

ギガンテスが雄叫びを上げ、両腕を振りかぶるが――


その前にアークの姿が掻き消えた。

まるで瞬間移動でもしたかのようだった。


神「……っ、速……!」


次に見えた瞬間、アークはギガンテスの胸元にいた。

そして――


アーク「――“フィニス・ランス(貫穿・終点槍)”」


ズドンッ!!


閃光のような突きが、ギガンテスの胸を貫いた。岩の皮膚ごと、魔核を串刺しにして。

ギガンテスが、のけぞったまま、音もなく崩れ落ちる。

その槍は一切の血を吸わず、まるで触れてすらいないように静かだった。

俺が声も出せずに固まっていると、アークはいつもの調子で近づいてくる。


アーク「まったく……本当は調子が悪いんじゃないのかい?」


神「……言ったろ、ただちょっと、体が重いだけだって」


アーク「ふふっ、君は嘘をつくのが下手だな」


そう言って、懐から細長い瓶を取り出し、俺の手に押しつける。


アーク「はい、上級回復薬。飲めばしばらくはマシになるはずだよ」


神「……あんた、何者なんだよ」


アーク「ただの冒険者さ。……ちょっとだけ、面倒事に首を突っ込むのが好きなね」


アークの笑みは、どこか達観したものだった。

断層帯の地形は、進むほどに険しさを増していた。

削れた岩壁、熱を孕んだ瘴気、地鳴りのような音が時折、地の底から響いてくる。

俺とアークは、幾度か高ランクの魔物に遭遇した。

巨大なバサルト・コーア(岩甲獣)、群れで襲いかかってきたシルヴァ・クロウズ(空牙鳥)、地中から飛び出すアクシス・ファング(双頭蛇)

だが、今の俺は――戦えた。

アークから受け取った上級回復薬のおかげで、体の重さが嘘みたいに消えていた。


神「……ありがとな、あの薬。マジで効いた」


アーク「ふふ、礼はいいよ。君が動けなきゃ、僕も面倒だからね」


軽口を叩くアークは、戦闘でもまるで無駄がなかった。

鋭く放たれる槍は、一撃ごとに魔物の急所を穿ち、敵が反応する間も与えず仕留めていく。

気づけば、俺は背中を預けて戦っていた。

そして、断層帯のさらに奥――

道なき道を踏み進んだ先、そこに“それ”はあった。

大地がざらついた金属音を響かせる中、視界の先に、不気味な“裂け目”のようなものが現れた。

空間がねじれ、黒と紫が混ざり合った膜が、脈動するように鼓動している。

辺りの空気は異様に冷たく、湿り気を帯びて、空間そのものが歪んで見えた。


神「……あれが、“ゲート”か……?」


アーク「ああ。観測された波動の中心……おそらく、虚界と繋がろうとしてる通路だ」


近づこうとした、その瞬間――

ぞわっ、と背筋をなぞるような圧力が襲いかかってきた。

呼吸が詰まる。

空気が重い。違う、“空間”そのものが沈んでいくような感覚。

心臓が冷えたような錯覚に、俺は一歩後ずさった。


神「……なんだ……これ……!」


汗が噴き出す。

肌を撫でる風が急に止まり、周囲から音が消える。

吐いた息すら重く感じるような、圧倒的な“気”が二人を包み込んだ。

それは、ただの魔物の気配ではなかった。

重く、禍々しく、得体が知れない――まるで空間そのものがこちらを睨んでいるかのような圧力。

無意識に、体が動く。

神もアークも、瞬時に構えを取っていた。

武器を手に、視線を一点に集中させる。わずかな気配の乱れすら逃すまいと、全神経を研ぎ澄ませた。

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