第二十三話 冒険者ギルド
遠くの空に、街灯りの反射がうっすらと見え始めてきた頃。
リィナに向き直り、ふと思ったことを口にした。
神「……エステリアには、情報が集まりやすい場所ってあるか?」
その問いに、リィナは小さく首をかしげながらも、すぐに答えた。
リィナ「えっと……そうですね、いちばん確実なのは、やっぱり冒険者ギルドだと思います。依頼の掲示板にもいろんな情報がありますし、受付の人に聞けば、街の動きも教えてくれますよ」
神「冒険者ギルドか……」
俺は冒険者ギルドと聞いて心の中でガッツポーズをした。
この世界に来てから、まともな異世界転生イベントがない。
俺の胸は期待で膨らんでいた。
神「ギルドの場所、分かるか?」
リィナ「はい。駅からちょっと歩きますけど、すぐです。案内しますね!」
リィナは少しだけ胸を張って言った。いつもは控えめな態度の彼女にしては、珍しくはっきりとした口調だった。
神「よろしく頼むよ」
リィナはほんのりと顔を赤くしながら、小さくうなずいた。
リィナ「……私、いつも荷物を預けに行く前に、まずギルドで材料の相場を見てるんです。だから……場所だけは、ちゃんと……」
俺はへぇっと内心関心する。
神「相場を見てるってことは……やっぱり、しっかりしてるな。リィナ」
リィナ「えっ……そ、そんなこと、ないです……! た、ただ、失敗できないだけで……」
彼女は恥ずかしそうに目を伏せたが、その言葉の端々からは、職人としての強い責任感が伝わってきた。
――列車は速度を落とし、やがて終点・中立都市リーヴェラの駅に差しかかろうとしていた。
「終点、中立都市エステリア――にご到着です。お忘れ物のないよう……」
アナウンスとともに、列車がゆっくりと減速し、やがて滑るように駅のホームへと停車した。
俺は席を立ち、荷物を背負い直す。隣ではリィナが大きな背嚢を何度も抱え直しながら、よろよろと立ち上がっていた。
人々がぞろぞろと降りていく中、ふたりもその流れに混じってホームを歩き出す。
改札を抜けた先――
そこには、魔鉱式の街灯が並ぶ石畳の広場が広がっていた。
駅前には露店と旅商人たちの声、魔導通信を叫ぶ少年たち、軽貨車の魔導獣が引く荷車など、騒がしくも活気に満ちた光景があった。
神「……ここが、中立都市か……」
想像以上の巨大都市で俺が唖然といていると、隣のリィナが少しだけ得意げに笑った。
リィナ「広いですけど、駅の東側は商業区なので、冒険者ギルドもすぐなんです。ついてきてください」
神「お願いするよ」
そう言ってリィナの後について歩き始めると、彼女は両手で背嚢の紐を引き締め、前かがみ気味の姿勢でちょこちょこと歩き出した。
舗装された通りを抜け、石造りの橋を渡ると――徐々に建物の雰囲気が変わり、冒険者風の人間たちが目立ち始める。
重装の戦士、ローブ姿の魔術師、獣人や異種族の姿もちらほらと混じる雑多な人々。
掲示板の前で情報を読む者、取引を交わす者、ケンカを始めそうな者もいる。
リィナが立ち止まり、指差す。
リィナ「あそこが、ギルド本部です」
そこに建っていたのは、三階建ての頑丈な石造りの建物。
中央に大きく刻まれた「冒険者ギルド《エステリア本部》」の銘板が、陽光を浴びて鈍く輝いていた。
キタコレ!!と心の中で興奮しながらリィナにお礼をいう。
神「ありがとう、リィナ」
リィナは嬉しそうに笑顔をみせた。
重たい木扉を押して中に入ると、冒険者ギルドの受付ロビーは活気に包まれていた。
依頼の貼り出された巨大な掲示板。成果報告に並ぶ列。カウンターの奥では魔導端末が淡く光り、職員たちが忙しなく動いている。
俺は案内表示に従って「新規登録」の受付に並んだ。
しばらくして順番が回り、ふんわりとした巻き髪に柔らかな色の制服を着た、どこかのんびりした雰囲気の女性職員が顔を上げる。
「はーい、お待たせしましたっ。ご新規のご登録ですね〜?」
ほんわかとした声が、忙しない空気をやわらげる。
神「お願いします」
「かしこまりました〜♪ えっと、今の時期はちょ〜っと混んでましてぇ……次の試験、たしか……あ、はい、二十日後です〜」
神「……二十日?」
その言葉を聞くと、俺の中で四神たちが騒ぎ出す。
青龍『遅すぎる』
白虎『もっと早くできねーのか!』
朱雀『そもそも冒険者になる必要はないですね』
玄武『情報だけもらうことはできぬのか』
好き勝手言う四神たちにため息が漏れる。
「あ、あのっ、ご安心くださいっ」
受付嬢は慌てて両手をぱたぱたと振った。
「もしですね、B級以上の冒険者さんと“パーティー契約”を結んでいる場合〜、その方の保証で即日登録が可能になってるんですよ〜! 責任とかはちょこっと発生しちゃいますけどっ」
神「要は、“実力者の推薦”ってことですか?」
「うんうん、そんな感じでーす♪」
俺は顎に手を当てて考え込む――が、その時、背後から小さな声がした。
リィナ「……あのっ……」
振り返ると、リィナ心配そうに目を伏せ、服の裾をぎゅっと握りながら、遠慮がちに言葉を続ける。
リィナ「……わ、私……実は、B級冒険者で……前に、登録だけは……してあって……」
俺は目を見開く。
神「本当に?」
リィナは小さく頷きながら、腰のホルダーから冒険者証を取り出す。
そこには確かに、“Rank:B”の刻印があった。
受付嬢がぱぁっと目を輝かせた。
「わあ〜、リィナちゃん、ほんとにB級さんだったんですね〜! えらいえらい〜! スゴいなあ〜」
リィナ「えっ……えへ……」
恥ずかしそうに笑うリィナ。
俺はしばし沈黙したのち、ふっと口元を緩めて言った。
神「……じゃあ、リィナ」
リィナ「は、はいっ」
神「俺と、パーティーを組んでくれないか?」
リィナ「……っ! わ、わたしが……で、ですか……!?」
神「むしろリィナだからお願いしてるって感じかな」
リィナは赤面しながら、胸元で両手をぎゅっと握る。
そしてこくんと、大きく頷いた。
リィナ「……わ、私でよければ……!」
「はいはーいっ! それではっ、パーティー契約、確認いたします〜♪」
受付嬢はテンション高めに魔導端末を操作しながら、にこにこと二人を見つめた。
「おふたりとも、魔力署名お願いしますね〜。これで晴れてパーティー結成ですっ。おめでとうございます〜!」
魔力の光が端末に灯り、契約が完了する。
こうして――中立都市エステリアの冒険者ギルドにて。
俺とリィナは正式なパーティーとなった。




