第二十一話 旅立ち、新たな出会い
朝霧がまだ村を包んでいる頃、家の中には、湯気とともに香ばしい香りが漂っていた。
木の食卓には焼きたてのパンと、野菜たっぷりの温かなスープが並べられている。
神「……このパン、うまいな。表面がカリッとしてる」
フィーナ「昨夜のうちに少し火を通しておいたからね。スープに浸すと柔らかくなるよ!」
フィーナはニコッと笑みを浮かべながら俺の前に腰を下ろした。
フィーナ「で、エステリアには行くことにしたの?」
神「そうだな。情報が集まるって言うし、行ってみようと思う」
フィーナ「そっか!でも、ここからだと結構距離があるからな~。まず、村から最寄りの町セイントロアまでキャラヴァン・ギアで向かったほうがいいよ」
神「……キャラヴァン、ギア? 馬車か?」
言い慣れない響きに眉をひそめる俺に、フィーナはくすりと微笑みながら説明を始めた。
フィーナ「キャラヴァン・ギアは、魔鉱石を動力にした移動車両のことで、形は馬車に似てるけど、車輪の軸に風属性と火属性の魔鉱石を組み込んでいて、自走する乗り物のことだよ」
神「……エンジンの代わりに魔力ってわけか。風と火の組み合わせなら推進と加速……なるほど、理にかなってる」
フィーナ「さすがだね!乗り心地は少し揺れるけど、村の人たちの生活や交易には欠かせない乗り物なんだ」
フィーナ「そしてセイントロアからは、アークレイルに乗って行く感じかな。雷属性の魔鉱石を動力源とする高速魔動鉄道だね」
神「……電車みたいなものか?」
フィーナ「電車……?それはよく分からないけど、似た物じゃないかな?線路の上を走る列車で、都市と都市を短時間で繋ぐ交通機関で、浮遊補助術式と短距離転移の術式が使われていて……本来なら一日以上かかる距離でも、数時間で着くんだ」
この世界の文明がずいぶん発達していることに驚いた。
科学技術がない分、魔法という分野で文明が発達していったんだと思うと、少しだけワクワクしてきた。
文明は、すべて魔鉱石を中心に築かれ、交通も、通信も、生活のすべてが“属性”と“魔力”に依存しているのだろう。
フィーナ「君の旅にはついて行けないけど、列車に乗るまでは案内するから安心して!」
親指を立ててニコッと笑顔で言った。
村の外れ、小さな石造りの門のそばに、一台の四輪車両が停まっている。
それはキャラヴァン・ギア――魔鉱石を燃料とする異世界の自走馬車だった。
車体は黒鉄と魔導銅で補強されており、前部の格子窓からは青く輝く風属性魔鉱石がちらりと覗いている。車輪の周囲には浮遊術式の魔方陣が彫り込まれ、まるで走るたびに地面から少し浮かぶような構造になっていた。
「神「これが、キャラヴァン・ギアか」
俺は車体に手を当て、感触を確かめながらつぶやく。
その中二心くすぐるデザインに目を輝かせた。
フィーナ「村にはこの一台しかないけど、しっかり整備されてるから、セイントロアまでなら問題ないよ!」
フィーナがそう答えると、前方の運転席から穏やかな初老の男が顔をのぞかせた。
「フィーナちゃん、準備はいいかい? この車両、今朝ちょうど魔鉱石を補充したばかりでね。風もいい具合に吹いてるよ」
フィーナ「うん、ロイさん。お願いします」
荷物を後方の収納ラックに積み終えると、神は村の方を振り返る。
静かな村の風景が、やがて後ろへと遠ざかっていくのだと、無言で感じていた。
神「……じゃあ、行こうか」
二人は車体の後部にある乗客用の扉を開けて乗り込んだ。
中は意外なほど静かで、革張りの座席が左右に並び、床には滑り止めの魔紋が施されている。微かな風の揺らぎと、石畳を走る軽い振動が伝わってくる。
ゴウン、と低くうなる音とともに、キャラヴァン・ギアが動き出した。
村の坂を下り、霧にけぶる林を抜け、遠くの山並みに向かって車輪が回る。
窓の外に、朝焼けに染まる村の景色が広がっていた。
神は、何も言わずにそれを見つめていた。
フィーナもまた、言葉を発さず、ただその横顔を静かに見守っていた。
昼を少し過ぎた頃、キャラヴァン・ギアは最後の坂道をゆっくりと登りきり、やがて舗装された石畳の道へと滑り込んだ。
そこは、山間の小さな町――セイントロア。魔鉱交通の中継拠点として栄えた地方都市であり、周囲を囲む森林と風の魔脈の影響で、町全体に澄んだ空気が流れていた。
「……着いたぞ。ここが、セイントロア駅です」
ロイ老人の声に、俺は車窓から身を乗り出して外を見た。
――視界に入ったのは、鉄と魔導合金で組まれた重厚なアーチの駅舎だった。
大きな時計塔が駅の中心にそびえ、時間ごとに魔石の音鐘が鳴り響く。建物の壁面には発光するルーンが刻まれており、魔力による案内表示が空中に浮かんでいる。
神「ここが……セイントロア駅か」
フィーナ「うん。地方都市とはいえ、アークレイルの主要停車駅だから、魔鉱炉を併設した機関区も隣接しれるんだ」
フィーナの説明に、俺は「へー」とうなずいた。
駅前広場では旅人や商人たちが行き交い、魔導音声による案内放送が響いている。
『次のアークレイル《南行・エステリア行き》は、第一魔導ホームより発車いたします。乗車には身分証、または転移認証票をご提示ください……』
「列車の発車時刻までは、まだ少しあるから、チケットを買いに行こっか」
二人がキャラヴァン・ギアを降りると、ロイ老人が笑顔で手を振って見送ってくれた。
セイントロア駅の構内は、まるで生きた魔導装置の内部のようだった。
石と鉄で組まれた床面には、淡く発光するルーンが網の目のように広がっており、通る者の足元に反応して微かな軌跡を描く。
神「……魔力を感知してるのか?」
フィーナ「そうだね。乗客の魔力波形を読み取って、転移防御や追跡防止の術式も働いているんだって」
フィーナは慣れた足取りで改札へと進む。
係員の傍らに立つ魔導検知装置が光り、彼女の手に持つ認証票が反応音を鳴らした。
『認証確認……セイントロア発、エステリア行き乗車許可を確認』
「ジンの登録は済ませてあるから、ただ通るだけでいいよ」
スカーヴェルも促されるままに装置の前に立つと、自動的に認証が行われた。
異世界の魔力システムにまだ慣れない彼だが、警告なく通過を許した。
改札を抜けた先、石造りの階段を下ると――
そこには、魔導列車が静かに待っていた。
漆黒の車体は金属というよりも、魔石そのものを削り出したような艶を持ち、車両の側面には雷属性の光紋が脈打っている。
車輪の代わりに据えられた浮遊術式が、車体全体を数センチ宙に浮かせ、まるで生き物のような存在感を放っていた。
「……これが、アークレイル……すげぇ」
「速さ、安定性、そして……抑止力。都市国家同士の衝突を防ぐ意味もあって重要なんだ」
ホームにはすでに数人の乗客が並んでいたが、まだ出発には少し時間があるようだった。
風が吹き抜けるその場に、汽笛の代わりに魔力の共鳴音――ヴィィィン……と低い旋律が響く。
列車の魔導共鳴音が、ホームの空気を震わせる。
発車時刻まで、あとわずか。
乗客たちはそれぞれの車両へと向かい、魔導扉が次々と開いては閉じていく。
俺は、最後にもう一度、振り返った。
そこに、白き衣をまとったフィーナが、静かに立っていた。
風が吹く。彼女の銀糸のような髪が舞い、淡い光がその瞳に宿る。
フィーナ「ジン」
彼女は、真っ直ぐに俺の名を呼ぶ。
フィーナ「本当はこういうのは、話さない方がいいんだけど、君は知っていた方がいいと思って」
そう言って真っすぐ俺を見て話し始める。
フィーナ「君の未来を少しだけ視たんだ。君はこの先、大きな決断のしなければならない時が来る――」
神「……大きな決断?」
フィーナ「そう。それが何かは言えないけど、心に留めといてほしいの」
俺は少し間をおいて頷いた。
神「……また、会えるかな?」
フィーナ「大丈夫。君との出会いは必然だから、きっとまたどこかで会えるよ!」
魔導扉がひとつ、開いた。
列車から、低く優しい音が流れ始める。乗車を促す案内音だ。
俺は息をつき、背負った荷物の紐を握り直す。
神「じゃあ、また会おう!」
フィーナ「うん!またね!」
静かに、手を差し出すフィーナ。
俺はその手をしっかりと握り返した。
魔導扉が静かに閉じ、列車が軽く震えた。
車体を包む魔力が、ぶわりと一度膨らみ、次の瞬間――
ヴィィィン……という低い共鳴音とともに、アークレイルは滑るようにホームを離れた。
その動きはあまりにも滑らかで、揺れすらほとんど感じさせなかった。
外の景色がゆっくりと、やがて目にも止まらぬ速度で流れていく。
俺は座席に身を沈めながら、魔導ガラス越しにセイントロアの町並みを眺めていた。
まるで時間そのものを飛び越えるような、不思議な感覚だった。
車内は思いのほか静かで、ほかの乗客もまばらだった。
座席は二人掛けが並び、魔導灯が頭上に柔らかく灯っている。どこか近未来的でありながら、魔術的な荘厳さも残されていた。
「……っしょ……う、重い……」
つぶやき混じりの小声とともに、ひとりの少女が座席の横に現れた。
年の頃は十四、五歳。だが、その体格はあまりにも小柄で、細い肩に背負った荷物はまるで彼女を潰してしまいそうなほどの大きさだった。
荷物は、彼女の体格の倍以上はあろうかという布巻きの背嚢。金属の工具や筒状のケース、魔鉱の入った封筒が無造作に詰め込まれている。背負ったまま座席の隙間を通るには無理があり、彼女はよろよろと荷物を降ろしながら、スカーヴェルの隣に座った。
「……ここ、いいですか?」
控えめで緊張した声。だが、その瞳の奥には、何かを守ろうとする決意がうっすらと宿っていた。
朝霧がまだ村を包んでいる頃、家の中には、湯気とともに香ばしい香りが漂っていた。
木の食卓には焼きたてのパンと、野菜たっぷりの温かなスープが並べられている。
神「……このパン、うまいな。表面がカリッとしてる」
フィーナ「昨夜のうちに少し火を通しておいたからね。スープに浸すと柔らかくなるよ!」
フィーナはニコッと笑みを浮かべながら俺の前に腰を下ろした。
フィーナ「で、エステリアには行くことにしたの?」
神「そうだな。情報が集まるって言うし、行ってみようと思う」
フィーナ「そっか!でも、ここからだと結構距離があるからな~。まず、村から最寄りの町セイントロアまでキャラヴァン・ギアで向かったほうがいいよ」
神「……キャラヴァン、ギア? 馬車か?」
言い慣れない響きに眉をひそめる俺に、フィーナはくすりと微笑みながら説明を始めた。
フィーナ「キャラヴァン・ギアは、魔鉱石を動力にした移動車両のことで、形は馬車に似てるけど、車輪の軸に風属性と火属性の魔鉱石を組み込んでいて、自走する乗り物のことだよ」
神「……エンジンの代わりに魔力ってわけか。風と火の組み合わせなら推進と加速……なるほど、理にかなってる」
フィーナ「さすがだね!乗り心地は少し揺れるけど、村の人たちの生活や交易には欠かせない乗り物なんだ」
フィーナ「そしてセイントロアからは、アークレイルに乗って行く感じかな。雷属性の魔鉱石を動力源とする高速魔動鉄道だね」
神「……電車みたいなものか?」
フィーナ「電車……?それはよく分からないけど、似た物じゃないかな?線路の上を走る列車で、都市と都市を短時間で繋ぐ交通機関で、浮遊補助術式と短距離転移の術式が使われていて……本来なら一日以上かかる距離でも、数時間で着くんだ」
この世界の文明がずいぶん発達していることに驚いた。
科学技術がない分、魔法という分野で文明が発達していったんだと思うと、少しだけワクワクしてきた。
文明は、すべて魔鉱石を中心に築かれ、交通も、通信も、生活のすべてが“属性”と“魔力”に依存しているのだろう。
フィーナ「君の旅にはついて行けないけど、列車に乗るまでは案内するから安心して!」
親指を立ててニコッと笑顔で言った。
村の外れ、小さな石造りの門のそばに、一台の四輪車両が停まっている。
それはキャラヴァン・ギア――魔鉱石を燃料とする異世界の自走馬車だった。
車体は黒鉄と魔導銅で補強されており、前部の格子窓からは青く輝く風属性魔鉱石がちらりと覗いている。車輪の周囲には浮遊術式の魔方陣が彫り込まれ、まるで走るたびに地面から少し浮かぶような構造になっていた。
「神「これが、キャラヴァン・ギアか」
俺は車体に手を当て、感触を確かめながらつぶやく。
その中二心くすぐるデザインに目を輝かせた。
フィーナ「村にはこの一台しかないけど、しっかり整備されてるから、セイントロアまでなら問題ないよ!」
フィーナがそう答えると、前方の運転席から穏やかな初老の男が顔をのぞかせた。
「フィーナちゃん、準備はいいかい? この車両、今朝ちょうど魔鉱石を補充したばかりでね。風もいい具合に吹いてるよ」
フィーナ「うん、ロイさん。お願いします」
荷物を後方の収納ラックに積み終えると、神は村の方を振り返る。
静かな村の風景が、やがて後ろへと遠ざかっていくのだと、無言で感じていた。
神「……じゃあ、行こうか」
二人は車体の後部にある乗客用の扉を開けて乗り込んだ。
中は意外なほど静かで、革張りの座席が左右に並び、床には滑り止めの魔紋が施されている。微かな風の揺らぎと、石畳を走る軽い振動が伝わってくる。
ゴウン、と低くうなる音とともに、キャラヴァン・ギアが動き出した。
村の坂を下り、霧にけぶる林を抜け、遠くの山並みに向かって車輪が回る。
窓の外に、朝焼けに染まる村の景色が広がっていた。
神は、何も言わずにそれを見つめていた。
フィーナもまた、言葉を発さず、ただその横顔を静かに見守っていた。
昼を少し過ぎた頃、キャラヴァン・ギアは最後の坂道をゆっくりと登りきり、やがて舗装された石畳の道へと滑り込んだ。
そこは、山間の小さな町――セイントロア。魔鉱交通の中継拠点として栄えた地方都市であり、周囲を囲む森林と風の魔脈の影響で、町全体に澄んだ空気が流れていた。
「……着いたぞ。ここが、セイントロア駅です」
ロイ老人の声に、俺は車窓から身を乗り出して外を見た。
――視界に入ったのは、鉄と魔導合金で組まれた重厚なアーチの駅舎だった。
大きな時計塔が駅の中心にそびえ、時間ごとに魔石の音鐘が鳴り響く。建物の壁面には発光するルーンが刻まれており、魔力による案内表示が空中に浮かんでいる。
神「ここが……セイントロア駅か」
フィーナ「うん。地方都市とはいえ、アークレイルの主要停車駅だから、魔鉱炉を併設した機関区も隣接しれるんだ」
フィーナの説明に、俺は「へー」とうなずいた。
駅前広場では旅人や商人たちが行き交い、魔導音声による案内放送が響いている。
『次のアークレイル《南行・エステリア行き》は、第一魔導ホームより発車いたします。乗車には身分証、または転移認証票をご提示ください……』
「列車の発車時刻までは、まだ少しあるから、チケットを買いに行こっか」
二人がキャラヴァン・ギアを降りると、ロイ老人が笑顔で手を振って見送ってくれた。
セイントロア駅の構内は、まるで生きた魔導装置の内部のようだった。
石と鉄で組まれた床面には、淡く発光するルーンが網の目のように広がっており、通る者の足元に反応して微かな軌跡を描く。
神「……魔力を感知してるのか?」
フィーナ「そうだね。乗客の魔力波形を読み取って、転移防御や追跡防止の術式も働いているんだって」
フィーナは慣れた足取りで改札へと進む。
係員の傍らに立つ魔導検知装置が光り、彼女の手に持つ認証票が反応音を鳴らした。
『認証確認……セイントロア発、エステリア行き乗車許可を確認』
「ジンの登録は済ませてあるから、ただ通るだけでいいよ」
スカーヴェルも促されるままに装置の前に立つと、自動的に認証が行われた。
異世界の魔力システムにまだ慣れない彼だが、警告なく通過を許した。
改札を抜けた先、石造りの階段を下ると――
そこには、魔導列車が静かに待っていた。
漆黒の車体は金属というよりも、魔石そのものを削り出したような艶を持ち、車両の側面には雷属性の光紋が脈打っている。
車輪の代わりに据えられた浮遊術式が、車体全体を数センチ宙に浮かせ、まるで生き物のような存在感を放っていた。
「……これが、アークレイル……すげぇ」
「速さ、安定性、そして……抑止力。都市国家同士の衝突を防ぐ意味もあって重要なんだ」
ホームにはすでに数人の乗客が並んでいたが、まだ出発には少し時間があるようだった。
風が吹き抜けるその場に、汽笛の代わりに魔力の共鳴音――ヴィィィン……と低い旋律が響く。
列車の魔導共鳴音が、ホームの空気を震わせる。
発車時刻まで、あとわずか。
乗客たちはそれぞれの車両へと向かい、魔導扉が次々と開いては閉じていく。
俺は、最後にもう一度、振り返った。
そこに、白き衣をまとったフィーナが、静かに立っていた。
風が吹く。彼女の銀糸のような髪が舞い、淡い光がその瞳に宿る。
フィーナ「ジン」
彼女は、真っ直ぐに俺の名を呼ぶ。
フィーナ「本当はこういうのは、話さない方がいいんだけど、君は知っていた方がいいと思って」
そう言って真っすぐ俺を見て話し始める。
フィーナ「君の未来を少しだけ視たんだ。君はこの先、大きな決断のしなければならない時が来る――」
神「……大きな決断?」
フィーナ「そう。それが何かは言えないけど、心に留めといてほしいの」
俺は少し間をおいて頷いた。
神「……また、会えるかな?」
フィーナ「大丈夫。君との出会いは必然だから、きっとまたどこかで会えるよ!」
魔導扉がひとつ、開いた。
列車から、低く優しい音が流れ始める。乗車を促す案内音だ。
俺は息をつき、背負った荷物の紐を握り直す。
神「じゃあ、また会おう!」
フィーナ「うん!またね!」
静かに、手を差し出すフィーナ。
俺はその手をしっかりと握り返した。
魔導扉が静かに閉じ、列車が軽く震えた。
車体を包む魔力が、ぶわりと一度膨らみ、次の瞬間――
ヴィィィン……という低い共鳴音とともに、アークレイルは滑るようにホームを離れた。
その動きはあまりにも滑らかで、揺れすらほとんど感じさせなかった。
外の景色がゆっくりと、やがて目にも止まらぬ速度で流れていく。
俺は座席に身を沈めながら、魔導ガラス越しにセイントロアの町並みを眺めていた。
まるで時間そのものを飛び越えるような、不思議な感覚だった。
車内は思いのほか静かで、ほかの乗客もまばらだった。
座席は二人掛けが並び、魔導灯が頭上に柔らかく灯っている。どこか近未来的でありながら、魔術的な荘厳さも残されていた。
「……っしょ……う、重い……」
つぶやき混じりの小声とともに、ひとりの少女が座席の横に現れた。
年の頃は十四、五歳。だが、その体格はあまりにも小柄で、細い肩に背負った荷物はまるで彼女を潰してしまいそうなほどの大きさだった。
荷物は、彼女の体格の倍以上はあろうかという布巻きの背嚢。金属の工具や筒状のケース、魔鉱の入った封筒が無造作に詰め込まれている。背負ったまま座席の隙間を通るには無理があり、彼女はよろよろと荷物を降ろしながら、スカーヴェルの隣に座った。
「……ここ、いいですか?」
控えめで緊張した声。だが、その瞳の奥には、何かを守ろうとする決意がうっすらと宿っていた。